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マーリークサークル、二日目。
クレイはいつも通りの時間に目を覚ました。しかし、元気いっぱいとはいかなかった。
「か、体が、いたい……」
昨日、子供たちと遊んで疲れたとは思っていたが、ここまで筋肉痛になるとは、思わなかった。
クレイが痛む体を引きずりながら、ベッドから降りると、机の上にキラキラと光る手紙が置かれていた。
「?……あ!イゴー先生からだ!」
クレイの声に反応するように、手紙がひとりでに開かれた。
「クレイへ。今日の罰についての連絡です。今週の土曜日と日曜日に、エーテ先生のお手伝いをする事。先生にはもう伝えてあります。イゴー」
イゴー先生の声が、手紙を読み上げてくれた。
クレイは罰の内容を聞いて、ほっとした。
エーテ先生の手伝いという事は、寮の仕事のはずだ。家事は得意だ。
服を着替えて、廊下に出る。
一瞬、ここがどこだかわからなくなった。
「……キノコの森?」
廊下がキノコだらけになっていたのだ。
壁から床から、天井から、キノコが生えまくっている。キノコの隙間を埋めるように、苔も生えていた。
「びっくりだよねー」
「わ!ああ、おはよう、サマーン君」
後ろに、霧の人であるサマーンがいた。
今日は靴も、手も、足も、全身見えている。
「今朝起きたら、こんなでさー。一瞬、寝ている間に森に入ったのかって、焦ったよー」
サマーンの口調は、のんびりしている。
「……もしかして、また、廊下で寝たの?」
「談話室だったと思うんだけど……寝てる間にふわふわ浮いちゃうからねー」
サマーンは「あははは」と笑う。
そして、そのままくるりと踵を返して、歩き出す。
(……なんか、自由な人だな……)
おそらく、食堂へ行くはずだ。クレイも一緒に歩き出した。
「ご飯食べに行く?おれも一緒に行っていい?」
「うん、いいよー」
二人は苔を踏みながら、一階へと下りる。
寮の入り口では、エーテ先生が腕組みをして、巨大なキノコを睨んでいた。
「おはようございます、エーテ先生。いい天気ですね」
サマーンが、のんびりとあいさつする。
「おはよう、サマーン君、クレイ君。びっくりしたでしょう?三年生の実験の失敗が、ここまでなっちゃったみたい」
昨日、体中からキノコを生やして帰って来た先輩たちの事を思いだす。
あれが原因らしい。
「部屋は無事でした」
「良かったわ。急いで結界を張ったの。でも、廊下と外壁はダメだったわ。今週はこれで我慢してね。お休みの日に、なんとかするから。クレイ君が手伝ってくれるって聞いてるわ。頑張りましょうね」
エーテ先生は悪戯っぽい笑顔で、そう言った。
クレイの罰は、キノコの除去という事だ。
「頑張ります!」
「ええ、お願い。さあ、ご飯食べてきなさい」
エーテ先生に見送られて、食堂へ行く。
今日も、昨日の獣人の先輩二人がいて、大盛のご飯を幸せそうに食べていた。
タコのおばちゃんは、クレイの体調はどうか?お腹が痛くはなっていないか?と聞いてきた。全然問題ないと答えると、嬉しそうににっこりと笑った。
「あ、あれ?どこ行くの?」
朝食を載せたトレーを持ち、サマーンがテーブルの方ではなく、外へと向かいだしたのだ。
「お天気が良いから、外で食べるー」
一人で、すたすたと歩き始める。
クレイも追いかけた。
キッチンの中から「こぼすなよー」と声をかけられ、クレイは慎重にトレーを運んだ。今朝のメニューはスクランブルエッグと、野菜のスープと、柔らかそうなパンだ。すごく美味しそうだ。落っことしたら、泣いてしまう。
食堂から出て、すぐの草地に、サマーンは座り込んでいた。
「ここねー、気持ちがいいんだー」
そう言って、平べったいパンのようなものをもぐもぐと食べている。
サマーンの朝食はとても少なかった。
パンのようなものが一個と、果物っぽいものは一切れ。
「……サマーン君はあんまり食べないの?」
「うん。これでも多いかなって思うんだけど、ここの料理はおいしいから好き」
パンのようなものを、一口サイズにちぎりながら、ちびちびと食べている。
クレイも隣に座り、食べ始める。
サマーンの言う通り、気持ちの良い場所だった。お日様の光が降り注ぎ、ポカポカと暖かかった。良い匂いの風が吹く。
「ああ、気持ちいいなあ……」
サマーンが呟き、彼の方を見ると、足が消えかかっていた。
「あ、足が消えてるよ?」
「うん、どうしよう、寝ちゃいそう……」
眠そうな顔で、しかし、ちゃんと咀嚼しながら、サマーンの体はどんどん浮き上がる。
「二度寝すると、授業に間に合わないなあ……どうしようかなあ……」
お腹にトレーを載せたまま、クレイの目の高さまで浮かび上がっている。既に両足は綺麗に消えていた。靴だけが見えている。
「ほら、起きて!水飲む?」
クレイは、サマーンを地面に引き戻す。
「授業はでなきゃだめだよ!そのためにここに来たんでしょう?」
「うーん……」
「寝ちゃダメだよ!」
「ダメじゃないよ……寝るのも大事だよ……」
その言葉を最後に、サマーンの体は綺麗に消えてしまった。トレーも見えなくなる。
「ええ!?どこ!?」
クレイは必死に手を伸ばし探すが、サマーンは見つからない。
しばらくあちこちに手を伸ばし、探して見たが、サマーンは見つからなかった。
クレイは諦め、自分の食事を済ませて、トレーを返しに行った。
「おや?あの、霧の坊やはまた寝たのかい?」
タコのおばちゃんが、一人で戻って来たクレイを見て、言った。
「トレーごと消えちゃったんです」
「霧の人ってのは、やっぱり自由人だねえ」
そう言って笑う。
サマーンは授業に出ない気なのだろうか?昨日はどうしたのだろう?彼は小人を突破できたのだろうか?できなくて、諦めたのだろうか?
「クレイ君、霧の人に怒っちゃいけないよ。彼らは、自分のやりたいことしかやらないんだ。学校に来て、寮生活しているだけで、あの子は偉いよ。ほとんどの霧の人は、故郷に引きこもって、日がな一日浮いてばかりって言うからねえ」
タコのおばちゃんが、そう教えてくれた。
「で、でも、ここに来るにはお金もかかるし、せっかく魔法が勉強できるのに……」
タコのおばちゃんは、クレイの言葉に頷く。
「わかるよ。でもねえ、ここに来る理由は、人によって違うもんさ。クレイ君みたいに、頑張って勉強したい子からすると、サマーン君みたいな子は、怠けているように見えるけど、一概にそうとは言えないんだよ」
「……そうなんですか?」
「これは、文化の問題だよ。沢山の種族と過ごすここだからこそ、その違いに戸惑うもんさ。魔界は広い。色々勉強することになるよ」
クレイは納得できぬまま、食堂を出た。