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「つ、疲れた……」
クレイは足を引きずるように歩きながら、寮へと帰った。
子供たちは、元気いっぱいだった。
魔力も満タンだったのだろう。
雪だるまの後も、ボール投げや、空中鬼ごっこをして、たっぷりと遊んだ。
普通に遊ぶだけならば、クレイもついて行けたかもしれないが、魔法が絡むと、もうダメだ。
遊び感覚で魔法を使う子供たちと、魔法を使うには集中しなければならないクレイとでは、勝負にもならない。
今日半日、とにかく魔法を使い続けた。
こんなことは初めてだった。
(魔法って、疲れるんだなあ……)
もう、杖をふる力も残ってはいない。
食堂で晩御飯を食べて、寮に帰ると、メーラとジャムが談話室でクレイを待っていた。
「あ、クレイ!お前、大丈夫だったか?」
「イゴー先生、何だって?お前も罰くらったんだろう?」
「あ、そういえば……」
クレイの罰は、今夜手紙が来ることになっている。二人にそう伝えると、ジャムは身を震わせた。
「うええ、なんだろう?わざわざ手紙で伝えるなんて……」
「うーん……たぶん、そんなに厳しいものじゃないと思う。それより、二人も大変だったんじゃない?掃除」
「平気だよ。魔法使って、ちゃちゃっと終わらせた」
「お前、ほとんど何もしてないじゃないか。オレにやらせて」
メーラがジャムを睨む。
「それで?授業出ずに、どこにいたんだ?」
「ベーベクラス。イゴー先生も、行った方が良いって……」
笑われるのは嫌だったが、誤魔化せるわけもないので、クレイは正直に言った。
「ベーベクラスか。まあ、頑張れよ。お前、吸血鬼の弟子なんだろう?それだったら、そのうち何とかなるよ」
ジャムが励ましてくれた。
「できれば、今度の魔法陣基礎学までに、何とかしてくれるとありがたい」
「ん?」
「こいつ、魔法陣書くのが苦手で、お前に助けてもらおうって腹なんだよ」
メーラが教えてくれた。
「え、助けるって、オレも初心者だよ?」
「初心者でもいいんだよ。人間は手先が器用って聞いてるからさあ。オレ、不器用なんだよー。丸もうまく描けねえの!獣人は手がこれだから、書くことが苦手なんだよ」
そう言って、両手をみせる。
獣の手だった。イヌの手に似てる。
指が短く、爪が太く、手のひらには肉球がある。
「そんな手のままだからだろう!それじゃあ、鉛筆も握れねえ」
「手、人間みたいにできないの?」
「……できるけど、なんか上手くいかねえんだよ……頼むよー、助けてくれよー」
ジャムにお願いされて、クレイは「できる事なら、助けるよ」と約束した。
「やったー!それじゃあ、また明日な!ばいばーい!」
ジャムは帰って行った。
「お前、ケビンに会ったか?」
メーラがそう聞いてきた。
そう言えば、会っていない。ステアにもだ。
学校の敷地内にいるはずなのに、一度も顔を合わせなかった。
「メーラは会った?」
「ああ、昼休みに。お前の事、心配してたぞ。明日、会いに行けよ」
「うん。わかった」
メーラも帰って行った。ケビンの事を伝えに来てくれたようだ。
(あれ?でも、ケビンてどこにいるんだ?)
クレイは部屋へ行き、地図を広げた。
地図には、先生たちの私室も書かれていた。
「ケビンの部屋」
地図に向かってそう言うと、地図が動きだし、城の外を示しだした。
「んん?」
森へ向かう途中の建物に、ケビンの名前が書かれていた。
「……ここ?うわあ、困ったなあ……」
ケビンの家に行くには、黄色ゾーンを三か所も突破しなければならない。
(メーラはどこでケビンと会ったんだろう?ここまで行ったのかなあ?)
そんな事を考えていると、突然、ギーギー、キーキーという甲高い声が聞こえてきた。
驚いて振り向くと、コーテャーとコウモリが喧嘩していた。
「え!?師匠の使い魔!?」
見覚えのあるコウモリは、ステアの使い魔だった。コーテャーがコウモリに向かって爪をふるっている。
「止めてよ!止めてよ!」
クレイはコーテャーを捕まえようとするが、コーテャーはひらりと避けた。そして、コウモリに噛みつき、頭からぼりぼりと食べてしまった。
「……た、食べた……」
クレイが呆然と見ていると、コーテャーの口の中で、ステアの使い魔が煙になって消えた。
コーテャーは不味そうに、ぺっぺっと煙を吐きだす。
たぶん死んでは無いはずだ。使い魔も、魔法の使い手なのだ。
「……なにするんだよ!師匠からの手紙を持ってきてくれたのかもしれないのに!馬鹿!馬鹿!」
クレイが怒るも、コーテャーは知らん顔で毛づくろいし始めた。
「ううう……言葉を理解してるって言っていたけど、ウソなんじゃないの?」
コーテャーは毛づくろいを済ませると、クレイのベッドの上に行き、丸くなる。今夜はそこで眠るつもりのようだ。
コーテャーには腹が立ったが、少しだけほっとした。
ステアはきっと、今日、クレイがどんな魔法を勉強したのかを聞いてくるに違いない。
せっかく入学した学校で、授業にも行けず、ベーベクラスで半日過ごしたなんて、言いにくい。
小人の事を話せば、ステアならば、解決方法を教えてくれるかもしれないが……
(情報かあ……明日図書館にでも行ってみようかな……)
クレイは悩む。
図書館へ行って情報を集めるのは、一番最初に思いついたことだ。
しかし、そう簡単にはいかないのだ。
地図を見ると、図書館の周りは青色で、安全地帯だ。しかし、二つだけ危険な黄色と赤の点がある。しかも、なぜか、その黄色と赤色は常に動いているのだ。
(いったい、何がいるんだろう?)
クレイは地図とにらめっこして考えた。
しかし、答えは出るはずもない。