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ベーベクラスからは、子供たちの笑い声が聞こえていた。
先日、見学に来ていた時とは違い、今日は大勢の子供たちがいるようだ。
どすん、ばたんという音も聞こえる。
「こんにちは……」
クレイが扉を開くと、目の前に何かが飛んできた。
慌ててよけると、それはクッションである事がわかった。
「あら、クレイ君。いらっしゃい。ちょうどいいわ、ゲームに参加して頂戴」
ピッティー先生がそう言って、楽しそうにクレイを手招きする。
今日は10人ほどの子供がいた。赤ちゃんではなさそうだ。全員、人型を取り、手に杖を持っている。
「さあさあ、このお兄さんに向かって、クッションを投げてみなさい。クレイ君、あなたものを操る魔法は使えたわよね?」
「は、はい。使えます」
「あの子たちがクッションを投げてくるから、それを返してあげて」
ピッティー先生が「はい、始め!」と言うと、子供たちが一斉に呪文を唱えだした。
クレイも良く知る、操作呪文だ。
しかし、まだ、慣れていないのか、クレイの所へは飛んでこなかった。
「えい!えい!」
一番近くにいる、黒髪の女の子が、一生懸命杖を振っているが、クッションはその場で跳ねるだけだった。
「力任せにやっちゃだめよ。手首は柔らかく。こんなふうに」
ピッティー先生が手本を見せてくれる。
それを真似して、数人の子が成功した。
クッションが三つ飛んできた。
二つほど、正反対の方へ飛んでいってしまった。
「難しいよー!」
「私、成功した!」
「やったー!」
その時、一つのクッションが爆発した。
ボンという大きな音と共に、綿が飛び出す。
クッションに魔法をかけようとしていた子供は、びっくりして泣きだした。
「あらあら、ドーリー。泣かなくていいのよ。大丈夫よ」
ピッティー先生が、泣いている女の子の元へ飛んで行って、慰める。
「す、すごいね……」
ドーリーの魔力はとても強い。クレイにはそれがわかった。
ドーリーだけではない。ここにいることも達は皆、とても、大きな魔力を持っているようだ。
「オレにもできるよ!」
緑の髪をした男の子が、クレイにそう笑いかけてきた。
そして、杖をクッションに向かって振る。
またもや、クッションが爆発した。
「おれも、おれもー」
「わたしもー」
ボン、ボンとクッションが破裂する。
「こら!わざと破裂させるんじゃありません!」
ピッティー先生に怒られるも、いたずら小僧たちは満面の笑みを浮かべている。
「すごいって言ったもん!」
「わたしたち、すごいんだよ!」
「す、すごくない!すごくないよ!そんなことしちゃダメだよ!」
クレイは慌てて、子供たちを止めに入る。
しかし、子供たちは止まらない。
近くにあるクッションを、片っ端から破裂させていく。
部屋中に綿と羽毛が舞い散り、真っ白になる。視界が悪くなると、子供たちも静かになった。
「……まったく……」
ピッティー先生の声が聞こえ、クレイはびくりと震える。
絶対に怒られる。
煽ってしまったクレイも、怒られるかもしれない。
「みんな、すごいわ。部屋中、真っ白になっちゃった」
ピッティー先生の言葉に、子供たちは「俺達、すごーい!」「あはははは!」と笑いだす。
「さあさあ、すごい子たちは、お片付けもできますよ。綿と羽毛をここに集めて」
ピッティー先生は、大きな籠を魔法で出した。
「よーし、集めるぞー!」
「ねえ、これで雪だるまつくろー」
「それ良い!」
子供たちは、魔法を使って、綿と羽毛を一か所に集め始める。
「クレイ君、隅っこに行っちゃった綿を集めてくれる?」
ピッティー先生に頼まれ、クレイは家具の隙間に入り込んだ綿を集めた。
子供たちは本気で雪だるまを作るつもりらしく、どんどん形が整っていく。
(ええと、固定の魔法を使ってるのかな?ってことは、綿と羽毛一つ一つに魔力を通して……やっぱり、この子たちすごい)
クレイは、遊び感覚で途方もない事をする子供たちを見て、呆然とした。
クッションを遠くへ投げる魔法は、操作魔法と言い、これには杖の降り方にコツがいる。
しかし、爆発させる魔法や、今のように物体を一つ一つ固定させる魔法に必要なのは、魔力だけだ。
沢山の魔力があれば、できる。
紙を糊で張り付けるように、魔力を綿や羽毛につけて、それを維持するのだ。
こんなに沢山の綿と羽毛をくっつけるには、とても沢山の魔力が必要になる。
クレイにはできない。
「こういう、力任せの魔法は得意なのよ、この子たち」
ピッティー先生が、笑いながら言った。
「繊細な技術が必要な魔法は、まだ駄目なの。魔力が大きい分、操作が難しいのね」
「……どうして、こんなに……」
すごいんですか?と聞こうとして、口を閉じた。それ言うと、また、大爆発が起こりそうだ。
「この子たちは、生まれつき、魔力が桁外れに大きいの。でも、その使い方までは、知らないのよ」
以前、ステアがベーベクラスに通う子達について、話してくれたことを思いだした。
早くから魔法を使えるがために、とても危なっかしい子供がいると、言っていた。
彼らがそうなのだ。
「だから、この子たちは、早めに魔法の使い方を勉強するの。クレイ君が来てくれて助かったわ。これからも、一緒に遊んであげてね」
ピッティー先生にそう言われ、クレイは頷いた。
本当は、子供たちと遊ぶよりも、授業に出たかったが、小人を躱す方法がわからないうちは、どうしようもない。
イゴー先生は、ベーベクラスに行けば、「情報」が手に入ると教えてくれたが、今のところ、それらしきものは無い。
(この子たちが知ってるとか?まさかね)
子供たちは、綿と羽毛で、大きな雪だるまを作り上げていた。