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昼食を終えたクレイは、森へと向かった。
「おい、本気か?森は危ないって知ってるだろう?」
「すっげーなクレイ。お前、やるなあ!」
メーラは心配そうな顔で、ジャムは興奮した顔でついてきた。
「これしかないんだ。あの小人達を突破しないと、オレは教室にすら入れない!」
クレイはずんずんと森に向かって歩き進めた。
手には真っ赤に明滅する地図を持っている。
「まだ大丈夫だ。ここは青色」
クレイは地図を睨みながら、少しスピードを落とした。
今、クレイの持つ地図には、クレイの現在位置が示され、もうすぐ危険ゾーンに入る事の警告文が浮き出ていた。
城の周りは青色ゾーンだ。それが、とある場所から、突然赤色ゾーンに切り替わる。
クレイはそのギリギリの場所で、足を止めた。
目の前には静かな森が広がっている。そして、クレイの目的の木の枝が、あちこちに落ちている。
ここにある木は、すべて魔力を帯びている。あの枝ならば、箒の代わりになる。
ステアが言っていたが、箒や杖、その他魔法道具に使う木や枝は、伐採してから数年放置した方が良いらしい。生きていた頃の魔力が消えた頃が、使い時なのだそうだ。
地面に落ちている枝が、どれくらいの年数立っているかはわからないが、試してみる価値はある。
「許可なく危険ゾーンに入れば、叱られるだけじゃ済まないぞ」
メーラが腕を組んで言った。しかし、こちらを責めている様子は無い。むしろ、これから何が起きるのか、楽しみにしているようだ。
「オレも行く!森には入ってみたかった!」
ジャムはそう言うと、獣人の姿になった。
赤銅色の毛並みをした、狼に近い獣だった。
「行くって言っても、あの枝を取って来るだけだよ。ちょっとしか入らないよ」
「わかってる。うひひひ。他の奴らに自慢できるぞ。一番乗りしたってな」
ジャムは楽しそうだ。
「よし、オレも手伝う」
メーラもそう言って、背中から翼を生やす。
この二人が、クレイを抱えて、小人達を躱してくれることができればよかったのだが、無理だった。
クレイを抱えると、メーラは飛べないし、ジャムはよろよろとしか動けない。
「オレら子供だからな!」
二人は胸を張って、そう言った。
クレイは、手に持っていた荷物を地面に置き、靴紐をしっかり結びなおす。
今のところ、森の中に獣の姿は無く、植物たちもいたって静かに立っている。
虫一匹飛んでいない。
「大丈夫、だよね?」
「っぽくね?」
「何もいない、よな?」
三人は周りを見て、頷きあうと、狙いを定めた。
「いっせーの、で行くぞ。いっせーの……」
三人は同時に、枝に向かってダッシュした。
森は静かだった。
うまくいくかと、思われた。
しかし、静かすぎる事を、疑問に思うべきだった。
狩りをする獲物は、チャンスがあるとわかれば、息をひそめて、静かに待つ。
猫のように。
もうあと少しで、枝に手が届くところで、一番にジャムが気づいた。
枝の落ちている場所のすぐ近くの繁みに、涎を垂らした獣が潜んでいることに。
「!?逃げ」
獣は動かなかった。
しかし、ジャムたちを見て、にやりと笑う。
反対側の繁みに、仲間がいる事に気付いたのはメーラだった。
「クレイ!」
メーラは防御魔法を唱えようとした。
クレイと協力し合えれば、身を守れると踏んだからだ。
しかし、如何せん、クレイは全く状況が把握できていなかった。
「え?」
ぽかんとしたまま、メーラを見る。
静かな獣の足音に気付くことができず、ようやく獣に気付いた時は、すでに目の前に巨大な爪が迫っていた。
メーラの防御魔法は間に合わない。
ジャムは逃げるか戦うかを迷い、時間だけを浪費した。
クレイは、何もできなかった。
そして、三人を囲むように、防御の魔法陣が現れた。
「メーラ、クレイ、ジャム!死にたいのですか!?」
上空を見ると、一年生の担任である、女性の先生がいた。腰に手を当てて、怒った顔でこちらを見降ろしている。
獣たちは既に、森の奥へと逃げていた。
クレイには、最後まで、紫色の毛皮しか視認することはできなかった。