表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/77

36

 クレイは食堂でお昼ご飯を食べながら、三時間目の魔法基礎学の教室に、どうやって行くかを考えていた。

 魔法基礎学の教室も二階にある。

 どうにかして、あの階段を上るか、別のルートを探さなければならない。

 しかし、道はあるものの、黄色や赤色の地帯を通らなければならない。

 (うううう、箒さえあれば……)

 箒でなくてもいいのだ。魔法をかけやすい何かがあれば、それを浮かせてクレイはそれにつかまればいい。

 朝使った桶は、持ち出し禁止と書かれていた。他に何かないだろうか?

 地図とにらめっこしながら考えていると、誰かがクレイが座っていたテーブルに来た。

 「お前、なんで午前中来なかったんだよ」

 メーラだった。

 一緒に、赤い髪の獣人の男の子もいた。彼の顔には見覚えがあった。入学式で、一番元気よく返事をしていた子だ。

 「よ。オレ、ジャム。よっろしく」

 「よろしく、オレ、クレイ」

 「おう、ベーベクラスのクレイだな」

 ジャムはにやりと笑ってそう言った。

 クレイはむっとする。

 「お前本気でベーベクラスに行ってたのか?」

 メーラが席に着きながら、聞いてきた。

 「違うよ。授業には出るつもりだったんだ。でも……アカキノコの胞子を浴びちゃって……」

 メーラとジャムは目を丸くして、笑いだした。

 「キノコまみれ第一号はお前かよ!」

 「あははは!絶対オレら獣人の誰かだと思ってたのに!」

 ジャムは腹を抱えて笑っている。

 「き、キノコまみれになんかなってないよ!ちゃんと洗い落としたもん!」

 「え、なんだよ、つまんねえな。うちの兄ちゃんなんて、ここに、こうやってキノコが生えて角みたいになったって言ってたぜ」

 ジャムは額から指をにょきっと伸ばしてみせた。二本角だった。

 その顔が面白くて、クレイはむっとしたことも忘れて、吹きだす。

 「な?笑えるだろう?」

 「ぷぷぷ……うん、面白い。でも、さっき上級生たちがそんなふうになってたよ。実験で失敗したって言ってたよ」

 「え!?マジか!うわははは!」

 ジャムは大笑いして、涙まで浮かべていた。

 クレイは気を取り直して、ご飯を食べる事にしたが、メーラの皿が気になった。

 「ねえ、それって花?メーラは花も食べられるの?」

 メーラの皿には赤いユリのような花が乗っている。

 「おう。食べるっていうか、蜜を吸うんだけどな。血の代わりになるんだよ。あんまり美味しくねえけど」

 そう言って、花びらを一枚取り、口にくわえてちゅうちゅう吸いだした。

 花びらの色が、だんだん薄くなっていく。

 「吸血鬼の食べ物は変わってるよな~」

 ジャムはそう言って、自分の皿の料理を食べ始めた。

 ジャムの食べ物も、クレイから見れば変わっていた。

 「……それって、目玉?」

 おそらく煮物と思われる料理の中に、目玉そっくりの何かがあった。

 「おう、沼魚の目玉。美味いぞ」

 「そっちの方がグロいぞ」

 「見た目はアレだけど、美味いんだぞー!」

 ジャムは美味しそうに、目玉をパクリと食べる。

 (魚の目玉は美味しいけど……アレは大きい……)

 周りを見回すと、他の学生たちも色んな種類の料理を食べている。メーラと同じ花びらを吸っているのは、吸血鬼なのだろう。ジャムと同じ、目玉入りの煮込み料理を食べている者もいる。

 クレイの今日のお昼ごはんは、パンとオムレツと、朝と同じカボチャのサラダ、それに牛乳だった。

 牛乳はどの種族の子にも人気なのか、みんな飲んでいる。

 「なあ、その黄色いの、なに?」

 ジャムがクレイの皿を指さして、聞いてきた。

 「これ、カボチャだよ。オレの友達が畑で作ってくれたんだ。美味しいよ」

 「へえ、食べたことないなあ。一口くれよ」

 「いいよ」

 クレイは皿ごと差し出した。

 ジャムは遠慮なくスプーンで大盛りすくい、ぱくりと食べる。

 「お!美味いな、これ。甘い!オレも貰ってくる!」

 ジャムがそう言って立ち上がった時、タコのおばちゃんが来た。

 「今日はやめときな、一口だけにしておくんだ」

 真剣な顔でそう言った。

 「え?なんで?美味しいのに!」

 「あんたたち、食物アレルギーって言葉は知っているかい?」

 クレイとジャムは顔を見合わせる。二人とも知らないようだった。

 「食べると蕁麻疹が出たり、呼吸ができなくなるアレでしょう?」

 メーラが答えた。

 「そうだよ。食べ物の中には体に毒になってしまうものがあるんだよ。だから、初めての食べ物を口にする時は、気をつけなきゃいけない。今日は一口で止めときな。あんたの体に問題が無いようなら、いっぱい作ってやるからさ」

 「ちぇー……はーい」

 ジャムは残念そうにカボチャのサラダを見て、返事した。

 「あんたもだよ、クレイ。魔界の食べ物を口にしたことが無いだろう?食べたくなったら、一口ずつにするんだ。それなら、もし、体に悪いものでも、お腹を痛めるくらいで済むからね」

 「わかりました」

 タコのおばちゃんは、真剣な顔で頷くと、調理場に帰っていった。

 クレイは自分のトレーに乗った料理を見下ろす。

 「……もしかして、これってオレのために作られた料理?」

 「そうだよ。こういう料理は、こっちにはあんまりない。特にパンは人間特有だな」

 メーラがそう教えてくれた。

 「そうなんだ!?」

 「そうだよ、だから師匠が珍しがってるんだよ」

 一時期、世界のパン巡りをしていたステアのことを思いだし、あれは、ただ単に美味しいパンを求めていたわけではなかったのかと、驚く。

 「それも、美味そうだなあ……」

 ジャムが欲しそうな目でパンを見る。

 「ううう、でも、我慢だ。おばちゃんの言う事聞かないと、美味しい飯を食わせてもらえない」

 そう言って、自分の皿の料理を食べる。

 調理場で働くおばちゃんやおじちゃんたちは、忙しそうに手を動かしていた。

 獣人、魚人、吸血鬼もいるようだ。

 「あれ?あれって、マデアさんじゃない?」

 その中に見知った顔を見つけて、クレイは驚く。

 「ああ、そうだよ。マデア先生はここの責任者でもあるからな」

 メーラが教えてくれた。

 「え!?理事じゃないの?」

 「理事だよ。だからここの責任者なんだよ」

 クレイはメーラの言葉の意味が分からず、首を傾げる。

 理事という仕事に就く人は、調理場のような場所で働くというイメージが無い。

 メーラは少し考えて、口を開く、

 「人間の世界だとさ、コックってあんまり重要な仕事じゃないだろう?」

 「う、うん、そうだね」

 「でも、魔界じゃあ、すっごく専門的な仕事なんだよ。あそこで働いている人たちは、全員食事と健康、毒と薬の研究者だ」

 「え!?そうなの!?」

 クレイはびっくりする。

 「マデア先生は、特に毒物の研究が専門だ。マーリークサークル内で、あの人の知識にかなう人はいないだろう。だから、ここの責任者なんだよ。これだけたくさんの種族が入り乱れる場所で、食べ物の管理ができる人は、あの人しかいない」

 「……へえ……」

 「ただ、まあ、吸血鬼によくある事なんだが、オレ達は味覚をあんまり重要視しないんだ。師匠は別だけど。だから、マデア先生は調理には加わらない」

 たしかに、メーラの言ったとおりだった。マデア先生は包丁を振るってはいるが、その他の工程には加わっていない。

 「マデア先生やタコのおばちゃん達がいるから、オレやジャムの親は安心して、マーリークサークルに子供を預けていられるんだ。魔族が入り乱れる場所で、一番多い事故や病気の原因は、食べ物だからな」

 「そうなの?」

 「そうだよ。どんな生き物も、必ず水と食べ物は口に入れるだろう?」

 「……たしかに……」

 クレイは頷いた。

 「調理師免許取るには、すっげー難しいテストを受からないと成れないんだぜ。すごいよなあ」

 ジャムが、最後の目玉をパクリと食べて言った。

 クレイの経験では、コックにはどんな人間でもなれるものだった。もちろん、美味しくなければ店は繁盛しない。しかし、味に目をつぶっても、安くて量のある店には、大勢のお客が来る。

 (でも、魔界だとそうはいかないんだな。マデアさんがコックって……驚いた)

 クレイは最後のカボチャを口に入れる。

 このカボチャは、クレイを安心させるためではなく、クレイの健康と安全を考えて仕入れてくれたものなのだ。

 (すごいなあ……こういうことができるって)

 これまでと違う食材を使うには、当然、新しい場所から食材を仕入れる必要がある。お金だって余分にかかるだろうし、手間だって増えるはずだ。

 今年から入学した、一人の人間のために、それをやってくれる。

 一年ぽっきりで辞めてしまうかもしれないのに……

 (ここはすごいな……)

 マーリークサークルが、自分という人間を受け入れるために、沢山の事をしてくれるのだと、クレイは実感した。

 (それなら、オレも頑張って勉強しなきゃ!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ