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クレイは食堂でお昼ご飯を食べながら、三時間目の魔法基礎学の教室に、どうやって行くかを考えていた。
魔法基礎学の教室も二階にある。
どうにかして、あの階段を上るか、別のルートを探さなければならない。
しかし、道はあるものの、黄色や赤色の地帯を通らなければならない。
(うううう、箒さえあれば……)
箒でなくてもいいのだ。魔法をかけやすい何かがあれば、それを浮かせてクレイはそれにつかまればいい。
朝使った桶は、持ち出し禁止と書かれていた。他に何かないだろうか?
地図とにらめっこしながら考えていると、誰かがクレイが座っていたテーブルに来た。
「お前、なんで午前中来なかったんだよ」
メーラだった。
一緒に、赤い髪の獣人の男の子もいた。彼の顔には見覚えがあった。入学式で、一番元気よく返事をしていた子だ。
「よ。オレ、ジャム。よっろしく」
「よろしく、オレ、クレイ」
「おう、ベーベクラスのクレイだな」
ジャムはにやりと笑ってそう言った。
クレイはむっとする。
「お前本気でベーベクラスに行ってたのか?」
メーラが席に着きながら、聞いてきた。
「違うよ。授業には出るつもりだったんだ。でも……アカキノコの胞子を浴びちゃって……」
メーラとジャムは目を丸くして、笑いだした。
「キノコまみれ第一号はお前かよ!」
「あははは!絶対オレら獣人の誰かだと思ってたのに!」
ジャムは腹を抱えて笑っている。
「き、キノコまみれになんかなってないよ!ちゃんと洗い落としたもん!」
「え、なんだよ、つまんねえな。うちの兄ちゃんなんて、ここに、こうやってキノコが生えて角みたいになったって言ってたぜ」
ジャムは額から指をにょきっと伸ばしてみせた。二本角だった。
その顔が面白くて、クレイはむっとしたことも忘れて、吹きだす。
「な?笑えるだろう?」
「ぷぷぷ……うん、面白い。でも、さっき上級生たちがそんなふうになってたよ。実験で失敗したって言ってたよ」
「え!?マジか!うわははは!」
ジャムは大笑いして、涙まで浮かべていた。
クレイは気を取り直して、ご飯を食べる事にしたが、メーラの皿が気になった。
「ねえ、それって花?メーラは花も食べられるの?」
メーラの皿には赤いユリのような花が乗っている。
「おう。食べるっていうか、蜜を吸うんだけどな。血の代わりになるんだよ。あんまり美味しくねえけど」
そう言って、花びらを一枚取り、口にくわえてちゅうちゅう吸いだした。
花びらの色が、だんだん薄くなっていく。
「吸血鬼の食べ物は変わってるよな~」
ジャムはそう言って、自分の皿の料理を食べ始めた。
ジャムの食べ物も、クレイから見れば変わっていた。
「……それって、目玉?」
おそらく煮物と思われる料理の中に、目玉そっくりの何かがあった。
「おう、沼魚の目玉。美味いぞ」
「そっちの方がグロいぞ」
「見た目はアレだけど、美味いんだぞー!」
ジャムは美味しそうに、目玉をパクリと食べる。
(魚の目玉は美味しいけど……アレは大きい……)
周りを見回すと、他の学生たちも色んな種類の料理を食べている。メーラと同じ花びらを吸っているのは、吸血鬼なのだろう。ジャムと同じ、目玉入りの煮込み料理を食べている者もいる。
クレイの今日のお昼ごはんは、パンとオムレツと、朝と同じカボチャのサラダ、それに牛乳だった。
牛乳はどの種族の子にも人気なのか、みんな飲んでいる。
「なあ、その黄色いの、なに?」
ジャムがクレイの皿を指さして、聞いてきた。
「これ、カボチャだよ。オレの友達が畑で作ってくれたんだ。美味しいよ」
「へえ、食べたことないなあ。一口くれよ」
「いいよ」
クレイは皿ごと差し出した。
ジャムは遠慮なくスプーンで大盛りすくい、ぱくりと食べる。
「お!美味いな、これ。甘い!オレも貰ってくる!」
ジャムがそう言って立ち上がった時、タコのおばちゃんが来た。
「今日はやめときな、一口だけにしておくんだ」
真剣な顔でそう言った。
「え?なんで?美味しいのに!」
「あんたたち、食物アレルギーって言葉は知っているかい?」
クレイとジャムは顔を見合わせる。二人とも知らないようだった。
「食べると蕁麻疹が出たり、呼吸ができなくなるアレでしょう?」
メーラが答えた。
「そうだよ。食べ物の中には体に毒になってしまうものがあるんだよ。だから、初めての食べ物を口にする時は、気をつけなきゃいけない。今日は一口で止めときな。あんたの体に問題が無いようなら、いっぱい作ってやるからさ」
「ちぇー……はーい」
ジャムは残念そうにカボチャのサラダを見て、返事した。
「あんたもだよ、クレイ。魔界の食べ物を口にしたことが無いだろう?食べたくなったら、一口ずつにするんだ。それなら、もし、体に悪いものでも、お腹を痛めるくらいで済むからね」
「わかりました」
タコのおばちゃんは、真剣な顔で頷くと、調理場に帰っていった。
クレイは自分のトレーに乗った料理を見下ろす。
「……もしかして、これってオレのために作られた料理?」
「そうだよ。こういう料理は、こっちにはあんまりない。特にパンは人間特有だな」
メーラがそう教えてくれた。
「そうなんだ!?」
「そうだよ、だから師匠が珍しがってるんだよ」
一時期、世界のパン巡りをしていたステアのことを思いだし、あれは、ただ単に美味しいパンを求めていたわけではなかったのかと、驚く。
「それも、美味そうだなあ……」
ジャムが欲しそうな目でパンを見る。
「ううう、でも、我慢だ。おばちゃんの言う事聞かないと、美味しい飯を食わせてもらえない」
そう言って、自分の皿の料理を食べる。
調理場で働くおばちゃんやおじちゃんたちは、忙しそうに手を動かしていた。
獣人、魚人、吸血鬼もいるようだ。
「あれ?あれって、マデアさんじゃない?」
その中に見知った顔を見つけて、クレイは驚く。
「ああ、そうだよ。マデア先生はここの責任者でもあるからな」
メーラが教えてくれた。
「え!?理事じゃないの?」
「理事だよ。だからここの責任者なんだよ」
クレイはメーラの言葉の意味が分からず、首を傾げる。
理事という仕事に就く人は、調理場のような場所で働くというイメージが無い。
メーラは少し考えて、口を開く、
「人間の世界だとさ、コックってあんまり重要な仕事じゃないだろう?」
「う、うん、そうだね」
「でも、魔界じゃあ、すっごく専門的な仕事なんだよ。あそこで働いている人たちは、全員食事と健康、毒と薬の研究者だ」
「え!?そうなの!?」
クレイはびっくりする。
「マデア先生は、特に毒物の研究が専門だ。マーリークサークル内で、あの人の知識にかなう人はいないだろう。だから、ここの責任者なんだよ。これだけたくさんの種族が入り乱れる場所で、食べ物の管理ができる人は、あの人しかいない」
「……へえ……」
「ただ、まあ、吸血鬼によくある事なんだが、オレ達は味覚をあんまり重要視しないんだ。師匠は別だけど。だから、マデア先生は調理には加わらない」
たしかに、メーラの言ったとおりだった。マデア先生は包丁を振るってはいるが、その他の工程には加わっていない。
「マデア先生やタコのおばちゃん達がいるから、オレやジャムの親は安心して、マーリークサークルに子供を預けていられるんだ。魔族が入り乱れる場所で、一番多い事故や病気の原因は、食べ物だからな」
「そうなの?」
「そうだよ。どんな生き物も、必ず水と食べ物は口に入れるだろう?」
「……たしかに……」
クレイは頷いた。
「調理師免許取るには、すっげー難しいテストを受からないと成れないんだぜ。すごいよなあ」
ジャムが、最後の目玉をパクリと食べて言った。
クレイの経験では、コックにはどんな人間でもなれるものだった。もちろん、美味しくなければ店は繁盛しない。しかし、味に目をつぶっても、安くて量のある店には、大勢のお客が来る。
(でも、魔界だとそうはいかないんだな。マデアさんがコックって……驚いた)
クレイは最後のカボチャを口に入れる。
このカボチャは、クレイを安心させるためではなく、クレイの健康と安全を考えて仕入れてくれたものなのだ。
(すごいなあ……こういうことができるって)
これまでと違う食材を使うには、当然、新しい場所から食材を仕入れる必要がある。お金だって余分にかかるだろうし、手間だって増えるはずだ。
今年から入学した、一人の人間のために、それをやってくれる。
一年ぽっきりで辞めてしまうかもしれないのに……
(ここはすごいな……)
マーリークサークルが、自分という人間を受け入れるために、沢山の事をしてくれるのだと、クレイは実感した。
(それなら、オレも頑張って勉強しなきゃ!)