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 ひんやりとした何かを感じて、クレイは起き上がった。

 「あ、あれ?」

 「お、目覚めた?」

 目の前に知らない人がいた。ローブを羽織っているところを見ると、学生だろう。たぶん、上級生。

 クレイは城の入り口付近にいた。

 何故か倒れていたようだ。頭がぼんやりとしている。

 「気分はどうだ?」

 「この指、何本?」

 先輩たちが、心配そうにクレイの顔を覗き込んでくる。

 鉤爪のついた指が三本立っている。

 「三本……オレ、どうしてここで寝てるんですか?」

 「覚えてない?アカキノコの胞子を吸いこんじゃったのよ。向こうの群生地で寝てたのよ、君」

 「アカキノコ?」

 「そう、これ」

 先輩の一人が、クレイのローブを示す。そこに、小さな、赤っぽいキノコが生えていた。

 「ええ!?気持ち悪い!」

 「ははは、そのキノコ、どこにでも生えるから気をつけろよ。体から生えてきたら、アウトだからな」

 何でもない事のように笑うが、クレイには笑えない。

 ふと、空を見ると、太陽が真上にあった。

 「え!?今何時ですか?」

 「もうすぐお昼ご飯だよ」

 「ウソお!?」

 クレイは叫ぶ。

 遅刻どころか、授業をさぼってしまった。

  「あははは。授業に出られなかった?よくあるよ。一年生だろう?」

 先輩たちは、これまた、何でもないかのように笑う。

 「裏の階段付近には、まだ、行かない方が良いぞ。危ないから」

 「服と体をよく洗った方が良いわよ、じゃないとキノコが生えてきちゃう」

 先輩たちはそう言うと、「それじゃあね」と言って、どこかへ行ってしまった。

 クレイは呆然とその場に座り込む。

 (ええと、何があったんだ?キノコの胞子にやられた?)

 ぼんやりとした頭で考えると、だんだんと思いだしてきた。

 小人のせいで階段を登れなかったので、もう一つの階段の方へ行こうとしたのだ。

 しかし、その道の途中で、キノコが群生している場所があった。

 そう、真っ赤なキノコだった。

 (あれか!!)

 初めて見るキノコだったので、近くで見てみようと近づいたのだ。

 それ以降の記憶が無い。

 (何があったんだろう……)

 ふと、ローブを見下ろすと、生えていたアカキノコがふるふると震えていた。そして、枝が伸びるように、更に小さなキノコが生えてきた。

 「気持ち悪い!」

 クレイはむしり取って、キノコを投げ捨てる。

 その動作で、クレイの体中から赤い粉が散った。

 「え?もしかして、これが胞子?」

 髪にもたっぷり付いていた。頭をぶんぶん降ってみると、赤い粉がぱっと舞う。

 「体から生えてきたら、アウト……」

 さっきの先輩の言葉が蘇り、クレイは慌てて寮に駆け戻った。

 井戸の傍で、エーテ先生が洗濯物を干していた。

 「あら、クレイ君、おかえり……どうしたの?泣いているの?」

 「せ、先生、キノコが……生えてきちゃう……」

 クレイは怖さのあまり、泣きながらエーテ先生に何があったかを訴えた。

 体中からキノコが生えてきたらどうしようという恐怖でいっぱいだった。

 エーテ先生もクレイの話を聞くと、大慌てでクレイの服を脱がせた。

 「後ろむいて。よし、大丈夫、このローブが守ってくれたんだわ。危ないのは顔と頭ね。ローブは先生が洗濯しておくから、お風呂に行きなさい。しっかり洗うのよ」

 エーテ先生にそう言われ、クレイは洗い立てのタオルを体に巻いてもらい、お風呂場に走った。

 まだ浴槽にお湯は無かったが、かけ湯用のお湯が溜まっていた。

 それをじゃぶじゃぶ使って、クレイは体を洗った。

 「クレイ君、耳の後ろを忘れずに洗うのよ」

 エーテ先生がやって来て、扉の向こうからそう教えてくれた。

 石鹸で二回、体中を洗い終えると、ようやく安心することができた。

 エーテ先生が用意してくれたタオルで体を拭き、服を着て外に出ると、エーテ先生が待っていた。

 髪の毛をチェックして、エーテ先生も安心したようだ。

 「アカキノコって、危ないんですか?」

 「弱いけど、毒性があるの。胞子を吸い込んだ生き物は、眠くなってキノコの群生地で寝ちゃうのよね。寝てる間に胞子をくっつけられて、下手したら寝てる間に、体中にキノコが生えてきちゃうわ。クレイ君は、どうしたの?誰かに助けてもらった?」

 「知らない先輩たちが、助けてくれたみたいで……気づいたらお昼になってました」

 「それじゃあ、朝から気絶してたのね。助けてもらえてよかったわね。後でお礼言っておきなさい」

 エーテ先生はそう言って微笑んだ。

 エーテ先生も、クレイを助けてくれた先輩たちも、心配はしてくれたが、クレイが感じているほどの恐怖はまるで無いようだった。

 「あ、あの、オレ、死にかけたんですか?」

 クレイの言葉を聞いて、エーテ先生は目を丸くする。

 「あら、そんな事ないわ。そりゃあ、そのまま誰にも見つからずにいたら死んでたけど……でも、学校の中なら、絶対に誰かが気づくから、死ぬ心配はないのよ」

 「で、でも、体からキノコが生えてきたら、アウトだったって、助けてくれた人が……」

 「ああ、それは死ぬって意味じゃないわ」

 エーテ先生はクスクスと笑いながら、言った。

 「体からキノコが生えてしまうくらい時間が立っちゃうと、今度は洗ったくらいじゃ落ちないのよ。全部落とし切るのに、一カ月くらいかかるの。その間、顔や手からキノコが生えた状態になるから、そうなっちゃうと恥ずかしいでしょう?」

 「……それだけ?」

 「そう、それだけよ。毎年、必ず、誰かそうなるの。クレイ君はすぐに落としたから、全然問題ないわ。中には洗わなくてもいいなんて言う子もいるから……」 

 「…………そっか」

 エーテ先生はクレイを安心させるように、笑顔を浮かべ「大丈夫よ」と言ってくれた。

 「もうお昼ご飯の時間ね。クレイ君、良かったら一緒に……」

 エーテ先生がそう言いかけた時、他の学生たちが寮に帰って来た。

 全員、体中からキノコが生えていた。

 「きゃー!どうしたの?あなたたち!」

 「先生、助けて……」

 「実験中に胞子が大増殖しちゃって……」

 「もう!信じらんない!あんたが試験管落っことすから!」

 「ひとまず、全員井戸で体洗い流してらっしゃい!そのまま中に入っちゃダメよ!私はお風呂用意してくるから!」

 エーテ先生は大忙しになった。

 赤や黄色のキノコを全身に生やした先輩たちを見て、クレイは

 (オレは全然危なくなかったんだな……)

 と、再確認した。

 

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