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お腹もいっぱいになり、クレイはやる気満々で一時間目の授業へ向かった。
迷って遅れると嫌なので、早めに教室へ向かう事にした。
今日は天気が良く、空は晴れ渡っている。
秋晴れのもと、気持ちの良い風が吹いていた。
(コッコメット先生の授業って、どんなだろうな。楽しみだなあ)
ウキウキしながら城の入口へ向かう。
しかし、そんな気分はすぐに吹っ飛ぶことになった。
「やいやいやい!お前たち!通行料も払わずに通ろうなんて、甘いんだよ!」
甲高いキーキーとした声が、そう叫んでいた。
見ると、階段で誰かが揉めているようだった。色とりどりのローブが見える。
「なによ!この強欲小人!」
「あんたたちに渡す金貨なんて、持ってないわよ!」
「そこどきなさいよ!」
階段の前に集まっている学生たちが、何かに向かって、文句を言っている。
(小人?)
クレイは駆け寄って階段を見る。
本当に小人がいた。
背丈は30センチくらいだろうか?
5人くらい集まって、階段に立ち、学生たちを見下ろしている。手には槍のような武器を持っていた。体は小さいが、その顔は立派な成人男性のものだった。ちっともかわいくない。
「金貨を渡さねえと、ここは通らせないぞ!」
「子供だからって、容赦しねえぞ!」
「突くぞ!痛いぞ!」
こちらに向かって、槍でつつく真似をする。
槍を持った小人が、学生たちの行く手を防いでいるのだ。
しかし、学生たちも負けていない。
「あんたたちの槍なんて、怖くないわよ!」
「そんなの届きゃしないわ!」
「つついたら、踏みつぶすわよ!」
主に、勝気な女子たちが言い返している。しかし、誰一人として、階段を登ろうとはしていない。
小人たちはそんな言葉に怒ったらしく、顔を真っ赤にしてキーキー言っている。
「わ!増えた!」
階段のあちこちに開いた穴から、更に小人がわらわらと出てきた。今度は女の小人もいる。手にもているのは槍じゃなくて、フライパンだ。フライパンで殴るつもりなのか、ぶんぶん素振りしている。
「これで全部かしら?」
「うーん、もうちょっといるんじゃない?休暇中に絶対増えたと思うし」
学生の女の子たちが、ひそひそと話をしている。
「なによ!それっぽっちの人数で敵うと思ってんの?」
「こっちは三十人はいるわよ!」
女の子の声に、他の皆が「そーだ、そーだ!」と声を上げる。
その声に、小人たちは怯んだように見えた。
「今よ!」
先頭にいた女の子の掛け声で、みんな一斉に階段を走り出す。
その怒涛の勢いに、小人たちは武器を放り出して穴に逃げ込んだ。本当に踏みつぶされると思ったのだろう。
クレイは、その騒動をぽかんと見ていた。
学生たちが階段を登り切り、静かになってやっと自分の失敗に気付いた。
(一緒に行くべきだった!)
今、階段下にいるのはクレイ一人だ。
学生の集団が駆けあがっていった後、小人たちは再び外に出て、階段の見張りを始めた。一人たたずむクレイを見て、「やい!金貨を寄越さないと、ここは通さねえぞ!」と怒鳴り始めた。
クレイは、さっきの女の子たちみたいに、「踏みつぶすぞ!」と脅してみたが、小人たちは怖がる様子は無い。一人で何ができるんだ?とばかりに、槍をぶんぶん振り回している。
小人たちの持つ槍は、先がすごく尖っていて、刺されたら痛そうに見えた。
(ううう、困ったな……もう少ししたら、ここを上る人が来るんじゃないかな?)
そうすれば、さっきみたいに集団で駆け上がれる。
そんな事を考えていたら、黒いローブの一団が入口から入って来た。
吸血鬼の学生達だと、一目見てわかった。
彼らは階段の小人達を一瞥すると、コウモリに変身して、二階へと飛んで行ってしまった。
「ええ!?うそお!」
空を飛べない小人たちは、キーキーと怒りながら、コウモリの集団に向かって槍を突き上げる。
「お前、何やってんだよ、さっさと来いよ。始まっちまうぞ」
一匹のコウモリが、クレイの耳元でそう言って、飛び去って行った。メーラだ。
「あ、でも……」
コウモリ達の後にも、翼を持つ学生たちがクレイの横を飛びぬけて行った。
獣人の子たちは、獣の姿に戻り、自慢の足で小人たちを躱しながら、階段を駆け上がっていった。
クレイは一人、それを見ているしかなかった。
そのうち、小人たちも狙いをクレイ一人に定め始めた。こいつは飛べない、素早く走れないと気づいたようだ。
「お前、金貨寄越せ!」
「持ってんだろう?」
「ここ、通りたいんだろう?」
これじゃあ、カツアゲだ。
「……ねえ、オレ、金貨は持ってないんだ。他のじゃ、ダメ?」
クレイが聞くと、小人達はちょっと考えるように、黙り込んだ。
真ん中にいる、一番大きな小人が口を開く。
「他のって、なんだ?」
「ええと……鉛筆は?」
「ふざけんな!」
「わあ!ごめん!」
小人が怒って槍を振り回し始めたので、クレイは慌てて逃げる。
階段から少し離れて、どうするか考えてみる。クレイの持ち物では、小人は納得しないようだ。
飛んで越えられればいいのだが、今、箒が無いのだ。これから、授業で新しく箒を作るからと、今まで使っていた箒は師匠が持って行ってしまった。
自分を浮かせる術は難しくて、まだ、上手くいかない。
(そうだ、他の道があるんじゃないかな?)
クレイはその場に座り込んで、持ってきた地図を広げる。
地図が示してくれた道の他にも、二階へ上がる手段はあった。学校の裏手にもう一つ階段がある。
(ここにも小人がいたらどうしよう……でも、行ってみるしかない)
小人の他にも、もう一つ心配事があった。その階段へ向かう道の一角に、黄色いゾーンがあったのだ。