33
次の日、クレイは空腹で目を覚ました。
昨夜、お菓子しか食べなかったので、ものすごくお腹が空いていたのだ。
しかし、まだ日は出ておらず、食堂へ行っても開いていないはずだ。
「……とりあえず、顔洗って着替えよう……」
クレイはタオルを手に、部屋の外へと出た。するとそこに、見覚えのある木箱が置かれていた。木箱の上に、フクロウの羽が一本、置かれていた。
フクロウ便に頼んだ、クレイの荷物だ。
「わ!コウさん、アカシさん、ありがとう!」
フクロウは誰もいなかったが、クレイはお礼を言って木箱を部屋に押し入れる。
箱を開けて、荷解きをして、服や本を片付けた。
今日、授業に持っていきたいノートも、この中に入っていたのだ。間に合わなかったら、メモ帳で間に合わせようと思っていたので助かった。
顔を洗いに寮の庭へ行くと、既に先客がいた。背の高さや体の大きさからみるに、おそらく上級生だ。談笑しながら、顔を洗ったり歯を磨いたりしている。
「お、おはようございます」
「あ、おはよー」
「一年生?早いねー」
「どうぞ、使って」
上級生たちは、クレイに場所を譲ってくれた。
クレイは井戸の前に立ち、困った。
クレイが知っている井戸には、水をくむための桶と、それを上げ下げする滑車がついているものなのだが、この井戸にはそれが無い。
「? ?」
井戸の中を覗き見ると、底に水が溜まっているのが見える。しかし、どこにも桶が無い。
「あ、ええと、君、後ろ来てるよ」
そう言われて振り向くと、取っ手のついたガラス製のポットがクレイの後ろに浮かんでいた。
「え!?」
クレイが、さっと避けると、ポットは井戸の中に入っていき、水を一杯にためてから上がって来た。
そして、そのままふよふよと寮へ帰っていく。
「…………あ!そうか、魔法だ!」
クレイはやっと気づく。
ここは魔法が楽に使える土地だ。何をするにしても、魔法をその手段にして良いのだ。
井戸の隣には、水を溜められるようなポットや桶が置かれている。
上級生たちは、顔を洗い終えると、ポットをそこに返していた。
「あの、これ、使っていいんですか?」
「うん、いいよ。あ、そっか、初めてだもんね。使ったら、軽く洗ってひっくり返してから置いておいてね。水に濡れたままだと、かびちゃうからさ」
獣人の上級生が、丁寧に教えてくれた。
「もし、水漏れしてたらエーテ先生に言ってね。放置しておくと怒られるからね」
きれいな水色の髪をした、おそらく魚人系かと思われるお姉さんも、そう教えてくれた。
「わかりました。ありがとうございます」
クレイはお礼を言って、使いやすそうな桶を手に取った。手に取ってみてすぐにわかる。クレイの練習用の箒と同じく、魔法のかかった材質でできている。
(あ、これなら杖無しでもいけるかも……)
クレイは呪文を唱える。
桶はクレイの意のままに動き、水を汲んできてくれた。
クレイは水で顔を洗い、言われた通り、桶を軽くすすいで、ひっくり返して元の位置に戻した。
その頃には、他の学生たちも顔を洗いに出てきた。時々、桶やポットだけが、水を汲みにやって来る。(ちゃんと汲む順番を守っているからすごい)きっと、持ち主は部屋で顔を洗うのだろう。
「あー、お腹空いた。なあ、もう食堂行こうぜ。おばちゃんいるだろう?」
「いるよな」
上級生がそんな話をしながら、フラフラと食堂へと向かっていった。
(え?もう開いてるの?)
「あいつら、本当に食いしん坊よね」
「気持ちいいくらいの食べっぷりよね」
他の学生たちが、くすくすと笑っている。
お腹が減って困っていたクレイは、食いしん坊の上級生についていく事にした。
食堂は寮の隣にある。
煙突からは既に煙が上がり、食堂の職員たちが仕事をしているのがわかった。
上級生が入口へと入っていく。
「ねえ、おばちゃん、何かない?」
「腹減ったー」
「またお前たちかい?良く食べるねえ、本当に」
食堂のおばちゃんらしき声は、笑っていた。
(オレもなんか貰えるかも!)
クレイはそう思って、食堂へ入った。
食堂は広かった。
入り口から入って左側に調理場があり、今、そこでは沢山の人が作業していた。
右側に、食事スペースがあり、イスとテーブルが並んでいる。
先に入った上級生二人は、トレーを持って、調理場と食事スペースの境にある受け取り場所で、料理が出てくるのを待っているようだった。上級生の一人は獣人で、長い尻尾が盛んに左右に揺れている。
「うっほ!美味そう!」
「ありがとう、おばちゃん!」
「いっぱい食べな!」
料理を持って現れたのは、タコの魚人だった。吸盤のついた手足がうねうねと動いている。
「む?あんた……」
タコのおばちゃんが、クレイを見つけてきらりと目を光らせた。
「あ、あの……」
「あんた人間の子だね?新入生の」
「は、はい、そうです」
おばちゃんは、何やら怒っているようだった。
「何で、昨日来なかったんだい!ここに座って待ってな!」
そう言って、座席の一つを示し、調理場の奥へと行ってしまった。
クレイは恐る恐る、席に座って待った。
まさか、食事に行かなかった事で怒られるとは思わなかった。というか、誰が来て、誰が来なかったなんて把握しているとは思わなかったのだ。
学生は何十人といる。
あのおばちゃんは、全員を見ているんだろうか?
その時、とてもいい香りが漂ってきた。
タコのおばちゃんが調理場から出てきて、手に持っていたトレーをクレイの前に置く。
トレーには、クレイが見慣れた料理が載っていた。
パン、野菜具だくさんのスープ、鶏肉の蒸し焼き、カボチャのサラダ。
「♡」
魔界でこんな料理にありつけるとは思わなかった。
タコのおばちゃんを見ると、怖い目でクレイをじっと見ていた。
「あ、あの……すいませんでした。昨日、食欲が無くて……」
「今は、どうだい?お腹空いているかい?」
「は、はい」
クレイが頷くと、タコのおばちゃんはにっこりと笑った。
「そうかい、それは良かった。いっぱい食べな。食欲が無くてもね、お腹にはあったかいものを入れた方が良い。ちょっとでもいいんだ。スープとかなら食べやすいだろう?」
「はい」
「子供はいっぱい食べて大きくなるんだよ。食欲が無いってときは、何でもいいから食べられるものを言いな。おばちゃんが用意してやるから」
「はい」
「よし、お食べ」
お許しが出て、クレイはパンにかぶりついた。良く知っている味だった。
「あの、これって……」
「ステア先生が持ってきてくれた食材で作ったんだよ。最初の内は食べ慣れたものがいいだろう?こっちの料理にも慣れてもらわなきゃいけないけどね」
おばちゃんはそう言って、ウィンク一つ。
調理場へ帰っていった。
クレイはカボチャのサラダをかじる。良く知った味だ。このカボチャはきっと、ミックが育てたカボチャだろう。
(えへへ、美味しい)
安心できる味に、クレイの心とお腹はほっこりと温かくなった。