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 校長先生の祝辞から始まり、来賓の祝辞、保護者の祝辞があり、その後、新入生が一人ずつ壇上に呼ばれ、校長先生から何かを手渡されることになった。

 (何を貰ってるんだろう?巻物?)

 名前を呼ばれ、壇上に上がった生徒は、緊張した様子で校長先生から巻物を貰い、言葉をかけてもらっていた。

 どうやら、校長先生は、新入生全員の顔と名前を憶えているようで、ベーベクラスに通っていた頃の事まで覚えていた。

 「変身魔法がうまくなりましたね」とか、「獲物を沢山獲れるようになりましたか?」とか、「昔と同じで、あなたの羽はとても綺麗です」と言うような言葉をかけていた。

 子供たちは、やはり、それぞれ、びっくりしていた。

 「メーラ・タルダラ・コブリッジ」

 メーラの名前が呼ばれた。

 メーラは前の方の席に座っていたようだ。緊張した声で返事をして、壇上に上がる。

 「メーラ君とはベーベクラス以来だ。人間の世界で生活していたと聞くが、どうでしたか?」

 「は、はい、あの……不思議な事ばかりです」

 校長先生は面白そうに目を細める。

 「今度ゆっくりお話ししましょう。私も人間の世界に興味があります」

 「はい」

 「ここで、メーラ君の興味のある事が見つかる事を祈ります」

 校長先生はそう言って、メーラに巻物を渡した。

 後ろの保護者席から、羨ましそうな声とため息が聞こえてきた。

 「いいなあ、あの子。校長先生と話せるなんて」

 「懇親会は短いから、挨拶くらいしかできないし……」

 「うう、羨ましい……」

 校長先生は本当に人気らしい。

 この学校トップだからだろうか?保護者達の様子を見ると、それ以上の何かがあるような気がする。

 (それにしても……校長先生はなんなんだろう?人間っぽいけど、ここに人間はいないはずだし……)

 鱗や翼は見えない。

 変身魔法の使い方によっては、外見では見分けられないくらい、他の種族そっくりに化けられると聞くが、大抵の魔法使いは、どこかに自分の特徴を残すものだと、ステアが言っていた。

 校長先生には、それが見当たらなかった。

 (服で隠れているだけかな?)


 「モーリス・ウダ」


 返事をして立ち上がったのは、巨人の子供だった。新入生の中でも飛びぬけて背が高く、体格が良い。特に足が大きい。きっとケビンよりも大きいだろう。

 モーリスは少し身を縮めるようにして歩き、壇上に立った。

 「君がここに来てくれて、本当にうれしいよ、モーリス」

 「あ、ありがとうございます」

 「君と故郷の話ができるのが、とても楽しみだ。君が良い知識を授かりますように」

 モーリスは巻物を貰って、壇上を降りた。

 (巨人の住んでいる場所が故郷?それじゃあ、校長先生は巨人族?)

 あの身長は魔法で縮めているのだろうか?

 クレイは首を傾げる。

 

 「クレイ」


 クレイの名前が呼ばれた。

 慌てて返事をして、立ち上がる。

 転ばないように通路を歩き、壇上に上がる。

 目の前に立つ校長先生は、遠くから見るよりも大きくて迫力があった。

 まっすぐで力強い視線を受けると、自然と背筋が伸びる。

 「……人間の生徒が来てくれるのは、100年ぶりだ。マーリークサークルへようこそ、クレイ君」

 「お、お世話になります」

 会場内の空気が少し変わった。

 クレイは自分が注目されていることがわかった。

 「君は、他の子たちより、少しだけ大変な思いをするだろう。まずは魔界に慣れ、ここの生活を楽しみなさい」

 「はい」

 「人間の世界は、魔法の使用が不自由だと聞く。ここは自由だ。好きなだけ魔法を楽しむと良い」

 校長先生の言葉は、クレイの心にするりと染みこんだ。

 クレイがここで、思いっきり勉強したいという気持ちを、応援してくれていると感じた。

 「はい!」

 校長先生は、目じりを和らげた。

 「まずはベーベクラスへ行きなさい。そこが君の学ぶ場所だ」

 クレイは驚きのあまり、声が出なかった。



 校長先生から、新入生全員と保護者の前で「ベーベクラスへ行け」と言われてからの記憶があいまいだ。

 気が付けば、巻物を手に、自分の席に戻っていた。

 「クレイ、もう終わりだぞ」

 いつの間にか入学式が終わり、呆然と椅子に座っていたクレイの肩を、ケビンがゆすっていた。

 他の子たちは既に移動を始めていた。

 みんな楽しそうに、貰った巻物を見ている。

 クレイ以外、ベーベクラスで勉強しろと言われた子はいない。

 クレイは悔しさのあまり、泣きそうになってしまった。

 しかし、ここで泣くわけにはいかないので、クレイは立ち上がった。

 「あとは、飯食って寝るだけだってさ。ええと、大丈夫か?」

 「……大丈夫」

 ケビンはこれから懇親会だ。

 さっきから先生の一人が「懇親会会場は二階です!」と保護者達に声をかけて回っている。

 「行って、ケビン。オレは一人で大丈夫だから……」

 「……わかった。また、明日な。勉強頑張れよ」

 ケビンはそう言うと、クレイの頭を撫でてから、二階へと向かった。

 クレイは寮に向かって歩き出した。

 食堂に行く気にはなれず、一人になりたかったのだ。

 外は日が落ち、暗くなっていた。

 寮には明かりがつき、生徒たちの姿も見えた。エーテ先生が、新入生の子供たちに、部屋番号を教えている。

 クレイは、一人静かに階段を上がり、部屋に入った。

 クレイの荷物は明日届くことになっており、今は必要最低限のものしかない。

 持って来た手荷物の中に、ジャックたちがくれた餞別のお菓子がある。クレイが大好きな、パッパース村特産の焼き菓子だ。元気を出したいときに食べろと、渡された。

 本当はもう少し取っておきたかったのだが、クレイは包みを取り出し、食べた。

 元気が必要なのは、今だ。

 小麦粉と砂糖と卵で作られたそのお菓子は、やっぱり美味しかった。

 お腹が少し落ち着くと、悲しい気分も落ち着いた。

 (オレは、ベーベクラスに行かなければいけないんだろうか?)

 クレイは困ってしまった。

 できれば他の子と同じように勉強したい。師匠の授業だって受けてみたい。しかし、ダメだと言われたら、受けようがない。

 「……時間割り……」

 入学式の最後で、一年生の担任だと言う女性の先生が、授業について説明をしていた気がする。

 クレイは巻物を縛っている紐を解いて、広げてみた。

 4枚の紙が束になっていたようだ。

 そのうちの一枚に、一年生の一週間分の授業の時間割りが書かれていた。

 書かれているのは、古代文字、ここでは魔法文字と呼ばれるものだった。

 「ええと……」

 書かれている文字の半分以上が読めなかった。曜日はわかるし、時間も分かる。

 しかし、何の授業がどこで行われるのかがわからない。

 「そうだ!ほかの子に聞いてみよう!」

 クレイは紙を手に、部屋の外へと出た。

 そして気づいた。寮の中がやけに静かな事に。

 「?」

 一年生は少なくとも50人はいた。

 全員が部屋の中にいるとしても、こんなにも人の気配が無いなんてこと、あるのだろうか?

 「あら、クレイ君。どうしたの?お風呂?」

 エーテ先生がいた。

 「先生、あの、他の子たちは部屋にいるんですか?すごく静かだったから……」

 「ああ、たぶん、ほとんどの子はコミュニティにいるわね」

 エーテ先生はそう言って、廊下の窓の外を見る。クレイも目をやると、驚きの光景が見えた。

 ベーベクラスの建物のすぐ近くにあるこの寮からは、湖が見える。

 今、湖のあちこちに、ぼんやりとした光が灯っていた。湖の岸辺ではない。湖の真ん中あたりだ。

 「あそこは、魚人や人魚のコミュニティ。学校の屋根裏には吸血鬼のコミュニティがあるわ。森へと続く道の近くにある洞穴は、獣人たちのコミュニティになってるの。実家と同じ環境で寝起きしたいって子たちが多いから、皆、最初の内はあんまり寮に来てくれないのよね」

 エーテ先生は、ちょっと残念そうにそう言った。

 「それじゃあ、皆、ここにいないの?」

 「いる子もいるわよ。あ、ほら」

 エーテ先生が指さす方を見ると、廊下を靴がぷかぷかと浮いていた。

 この靴には見覚えがある。

 「霧の人って、どこでも寝るのよね。ほらほら、サマーン君、お部屋に戻って寝なさい」

 「はあい……」

 眠そうな声が聞こえたかと思ったら、靴が消えた。

 「こうなると、どこに行ったか分からなくなるのよ。風邪ひかないのよ!」

 エーテ先生は、廊下に向かって注意する。

 もう、返事は無かった。

 「誰かに用事があったの?」

 「あの、じつは、これ……」

 クレイが時間割りの髪をみせて、読めない所があると言うと、エーテ先生は「ああ、それなら……」と、どこからか魔法の杖を取り出した。

 「一年生は文字を読めない子がいるから、音声魔法がかかっているのよ。こうして……」

 魔法の杖で、月曜日の一時間目の部分をポンと叩くと、コッコメット先生の声がした。

 『魔界生物学の授業。ノートと羽ペンを用意してください。場所は二階の1番教室です』

 「わ!便利!先生、ありがとう!」

 「どういたしまして。でも、クレイ君、先生たちのお話はちゃんと聞かなきゃダメよ。入学式で説明があったはずよ」

 エーテ先生から注意され、クレイは「気をつけます」と頷いた。

 エーテ先生にお礼を言って、部屋に戻り、時間割りをじっくりと読み込んだ。

 明日は月曜日。

 一時間目はコッコメット先生が担当する「魔界生物学」、二時間目はジョルジュ先生担当の「魔法陣基礎学」。お昼休みを挟んで、三時間目にファヴァ―ヴァル先生の「魔法基礎学」がある。

 ベーベクラスの時間割りも載っていた。と言っても、ベーベクラスは午前中の部と午後の部というものがあるだけで、時間割りと言うほどのものは無い。ベーベクラスには出入り自由であり、いつでも遊びに来てくださいと、ピッティー先生の声が教えてくれた。

 (……ベーベクラスに行けとは言われたけど、他の授業に行っちゃダメとは言われてないよね……)  

 時間割りは一年生の分だけではなく、二、三年生のものも見ることができた。(「一年生用」と書かれた部分を杖でつつくと、変化するのだ)

 プリントの端っこには、興味があれば、他の学年の授業に出ても良し、と書いてあった。ただし、低学年が上級学年の授業を受ける場合は、単位取得はできず、見学扱いになる、との事だった。

 ステアの名前が、三年生の時間割りの中にあった。しかも、一年生の授業が無い時間に開講されている。

 (師匠の授業にも行ける!)

 クレイは貰った紙の中で、一番大きな紙を引き寄せた。

 それは、この学校の地図だった。

 学校の見取り図と、森の地図が書かれている。試しに杖でつついてみると、つついた場所が拡大され、さらに詳細な地図が出てきた。

 「ええと、4階の3号室は……」

 クレイがそう呟くと、地図がぱっと変わり、4階の3号室が現れ、入り口からの経路が示された。

 「うわあ、便利だなあ……」

 しかし、階段を上るにつれ、地図の色が赤くなる。

 地図は白と青と黄色と赤で色分けされており、この色にも意味がある。

 白は安全地帯。

 青はほどほど安全。

 黄色は注意する地帯。

 そして、赤は危険地帯。

 ステアの授業がある4階は、真っ赤っかだった。

 「うーん……困ったなあ……危険ってどういう意味だろう?」

 地図上の森を見ると、安全地帯などまるでなく、全体が赤かった。

 前回ここに来た時に、森の怖さは体験した。しかし、学校の中に、危険な動物は入って来ないという話だったはずだ。ということは、この学校自体に、危険なものが潜んでいるということで……

 

 「幽霊はいるぞ♪」


 マデアさんの言葉が思いだされる。

 二年生の授業に、「霊との付き合い方」という授業があった。

 (幽霊がいて危険って事なのかな……?)

 

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