31
エーテ先生と別れ、オレ達は入学式へ向かった。
「良い寮母さんみたいだな。良かったな、クレイ」
「うん!」
クレイは元気に頷く。
寮の部屋も、良かった。きれいに掃除されていて、家具はベッドと箪笥と勉強机と椅子だけだったが、一人部屋という驚きだ。
寮の建物が想像していたより小さかったこともあり、絶対に相部屋か、大部屋だと思っていたのだが……
(進級するにつれて、生徒は減るって言ってたな。一年生が一番数が多いにしても、あれじゃあ、50人も入らないんじゃないか?魔法でどうにかしてるのかな?)
ステアに聞いてみたかったが、そろそろ入学式が始まる。
マーリークサークルの城の前には、新入生やその保護者達で、混雑していた。
「ちょうど良い時間だな。ええと、受付があるはずなんだが……」
ステアが、きょろきょろと辺りを見回す。
その時、ざわめきが広がった。
「わ!大きい……」
クレイが驚きの声を上げる。オレも驚いた。
巨人がいたのだ。
さっきまで、地面に座り込んでいたらしい。立ち上がった巨人の背丈は、三メートルを超えている。
巨人の男性は、満面の笑顔で、ゆっくりと両手を広げた。
男性の視線の先には、人間サイズの成人男性がいて、こちらも穏やかな笑みを浮かべ、巨人の元へ近づいていった。
二人は抱き合って、再会を喜び合っているようだった。
「ホーニョル校長だ!」
ステアが小さく叫ぶ。
ステア以外の保護者達も「校長先生だ!」「本当だ!」と、驚きと感動の声が上がっていた。
まるで、有名スターが現れたかのような雰囲気だった。保護者達の目がキラキラと輝いており、頬が紅潮している。ステアもその一人だ。
「……ケビン、どっちが校長先生かな?」
「わかんねえけど……たぶん、小さい方の人かな?」
人間的に言えば、全然小さくは無い。オレよりも身長は高いし、体格もがっちりしている。意志の強そうな太い眉と、実直そうな黒い瞳が印象的だ。歳は30代くらい、だろうか?魔界では、外見ほどあてにならないものない。
この場の視線が、彼に向かっていた。
巨人の男性の隣には、もう一人の巨人がいた。といっても、こちらは身長150センチほどで、一見、人間の青年のようだ。しかし、顔立ちはとても幼い。
おそらく、あの子もクレイと同じ新入生なのだろう。新品と思われる砂色のローブを羽織っている。
巨人の二人は、校長先生に促され、城に入っていった。
巨人の二人がいなくなると、保護者達が、我先に校長先生の元に殺到した。
「ホーニョルさん、お久しぶりです!」
「初めまして、校長先生!私の子が今年からお世話になります!」
「一度お会いしたかったんです!」
「あわわわ……」
人の圧力に押し倒されそうになり、オレはクレイを脇に抱えて、逃げた。
他の子供たちは無事かと、周りを見ると、予想していたのか、子供たちは城の入り口に退避している。
「ああ、もう、パパったら……」
「恥ずかしいなあ、もう……」
親のミーハーな面を目の当たりにして、子供たちは若干引き気味だ。
保護者達は、何とかして校長先生と話をしたいらしく、小競り合いを繰り広げている。
その中にはステアもいた。
「……そんなにすごい人なのかな?」
「……後で聞いてみるか」
クレイは、ステアの様子を見て、目を丸くしている。
「皆さん!」
低く、力強い声が聞こえた、と思ったら、場が静かになる。
校長先生の声だ。すぐにわかった。
思わず背筋が伸びる声、というものはあるものだ。オレもクレイも、口を閉じて、彼の言葉を待った。
「もうすぐ入学式が始まります。その後の懇親会で、ゆっくりとお話ししましょう」
校長先生の言葉に、保護者達はおとなしくなり、素直に城の中に入り始めた。
校長先生は、それを見て、満足そうに頷くと、彼もまた、城の中に入っていった。
「オレらも行くか」
「うん」
他の子供たちも、既に中に入っている。
オレは受付でクレイと自分の名前を告げた。
「ようこそ、マーリークサークルへ」
受付にいたのは、半魚人のコッコメット先生と、翼を持つ翼人の先生だった。コッコメット先生は、クレイを見て嬉しそうに微笑んだ。
「今日から二人は、ここの生徒と先生ですよ。よろしくね」
そう言って、コッコメット先生が杖をふり、オレとクレイの額に触れる。
一瞬にして、周りの景色が変わった。
廃墟のように見えていたマーリークサークルが、美しい白亜の城に変貌した。
「生徒はこっちです。ケビン先生は教員席へどうぞ」
翼人のエルガーラ先生に連れられ、クレイは生徒用の席へ向かった。
入学式は、城のエントランスで行われるらしい。
入り口から入ってすぐのその場所は今、沢山の椅子が並べられていた。新入生席が真ん中に固まっており、その周りを囲うように、保護者席、教師席、来賓席がある。見上げると、二階にも保護者席があり、既にそのほとんどが埋まっている。
新入生達も、既に椅子に腰かけている。クレイは一番後ろの、空いていた席に腰かける。
「あれ?ここ、いるよね?」
エルガーラ先生が、クレイの隣の席を見て、更に隣の生徒に話しかけた。
「はい、今、寝てるみたいです」
金色の髪をした女の子が、少し緊張した様子で、そう答えた。
寝ているとはどういうことなのか、クレイはわからなかった。
その椅子には誰もおらず、何故か靴だけが足元に置かれていた。
「ほらほら、起きな。入学式だってのに、緊張しないなんて、すごいな」
エルガーラ先生は、誰も座っていない椅子を揺らして、そう言った。
「うーん……」
誰もいないはずなのに、声がした。
眠たそうな声だ。
そして、靴がひとりでに動いた。
クレイは驚きで声も出ない。
エルガーラ先生は笑いながら教師席へ戻って行き、女の子は興味を失ったように前の席の子と喋り始めた。
ぼんやりと人の形が現れ始めた。
クレイは思わず目を擦る。
ゆっくりと時間をかけて、隣に一人の男の子が現れた。
白髪に近い、灰色の髪。ぼんやりとした目、真っ白な肌。着ているローブは、水色だった。
足元を見ると、靴にはちゃんと足が収まっている。
「……もう、始まる?」
「え、あ、うん、もうすぐ……」
「ふあーあ……」
男の子は大きな口を開けて、あくびをする。
その時、照明が落ち、場が薄暗くなった。
その代り、前に作られた壇上に、明かりが灯る。
もうすぐ式が始まる。お喋りは止めた方が良いとはわかっていたが、クレイは聞かずにいられなかった。
「ねえ、君は幽霊なの?」
男の子は、きょとんとした目で、クレイを見た。
「……もしかして、君、人間?」
逆に聞き返された。
「うん、僕、クレイ」
「僕はサーマン。霧の人って呼ばれてる。幽霊じゃないよ。触れるでしょう?」
サーマンが手を伸ばしてきたので、握手してみる。ちゃんと触れた。
「どうして、さっきまで見えなかったの?」
「僕たち、寝ると見えなくなるんだ。どうしてって聞かれると、わかんない」
サーマンはそう教えてくれた。
壇上に校長先生が立ち、会場内から潮が引くようにざわめきが消えて行った。
校長先生が何か魔法を使ったのがわかった。呪文は聞こえなかったが、魔法の光が小さく弾けた。
「新入生の皆さん、ようこそ、マーリークサークルへ。皆さんの入学に心からお祝いを申し上げます」
校長先生の声は、会場全部に行き渡るくらい大きくなっていた。
(こんな魔法もあるんだ……)
クレイは思わずため息をつく。
魔法の可能性は、無限大だ。
きっと、これからの一年で、驚くことを沢山見て、聞いて、経験するのだろう。
クレイのお腹の底が、熱くなる。
嬉しさと、興奮と、少しの恐れもあった。