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 どうやら、お付きの人はいないようだ。

 クレイの部屋へ向かう途中で、エーテはやっと理解した。

 ここにいるのは、クレイと、その保護者二人。保護者はどちらもマーリークサークルの教師になる。とすれば、クレイに何かあった時には、簡単に相談ができるのだ。

 (すごく、ラッキーじゃない?)

 叔母が世話した、5人の子供たちは、寮生活もそうだが、魔界という環境そのものに慣れていないせいで、とても苦労していたようだ。慣れない生活にはストレスも溜まり、一時、寮の部屋から出られなくなった子もいたと聞いた。

 周りに、人間の子を知る大人がいれば、それだけで、気持ちの助けになってくれるはずだ。

 「ここで男子と女子に分かれます。一年生の部屋は三階です。階段が急なので、気を付けてくださいね」

 クレイは、文句も言わず、急な階段をふうふう言いながら上ってくれた。

 「け、結構危ないですね、この階段……」

 ケビンが手すりを掴みながら、心配そうに言った。

 「ほとんどの子は、使わずに済ませちゃいますからね。飾りみたいなもんなんです」

 「ああ、そういうことか。妙に吹き抜けが大きいなとは思ったんだ」

 階段のサイズにわりに、吹き抜けが広く取ってある。翼を持つ生徒たちが壁にぶつからないようにという設計なのだが、他の子たちも魔法を使って飛び上がってしまうので、結果的に良かったと思っている。

 「クレイ君も飛んで上がるときは、ぶつからないように気を付けてね」

 「え?飛ぶ?ええと……」

 クレイはケビンとステアを見る。

 「ここは、魔界だから、魔法は好きなだけ使いなさい。ただし、自分ができないとわかっている時は、使わない事」

 「はい、師匠」

 クレイは嬉しそうに返事をした。

 「……人間の世界では、魔法は自由ではないのですか?」

 エーテは気になって聞いてみる。

 「ここと違って、魔力の薄い土地なので、簡単な魔法でも失敗してしまうことがあるんです。何より、クレイは魔法を覚えてまだ一年もたっていませんから、コントロールに不安もありました。しかし、もう良いでしょう」

 「一年!?あらまあ、クレイ君はすごいのねえ」

 たった一年で、あれだけ箒に乗りこなせるようになるには、相当の練習が必要だったはずだ。

 しかも、マーリークサークルへの入学まで……

 (将来が楽しみな子だわ……でも、ちょっと心配ねえ……)

 いわゆる、魔法の天才という者は、時に、研究に没頭してしまって、周りが見えなくなることがあり……

 その時、ちょうど三階へ到着したのだが、バタバタという足音が聞こえてきた。

 同時に、腐乱臭のようなものが、漂ってくる。

 「エーテ先生、ごめん!後でちゃんと片付けるから!!」

 そう言って、お風呂場に駆け込んで行ったのは、おそらく4年生のマックだ。獣人の学生で、とても研究熱心な子なのだが……

 マックが走って来たのであろう廊下を見ると、黒っぽい緑色をした、正体不明のどろどろとした液体が点々と落ちていた。

 「もう!マック!寮の部屋で実験やっちゃダメって言ったでしょう!」

 「実験じゃないんだよ。経過観察したい液体があって……でも、爆発しちゃった……」

 「それもダメです!いったいアレはなんなの?毒物じゃないでしょうね?」

 そこで、クレイの事を思いだした。

 人体に影響のある液体だった場合、子供であるクレイは近づけない方が良い。

 「クレイ君!少し離れて……」

 振り返ると、クレイの姿は無く、ステアが興味津々に液体を観察しており、ケビンは鼻をつまんで、廊下にあった窓を開けていた。 

 ぱたぱたと軽い足音が聞こえ、クレイが廊下の向こうから走って来た。

 手に箒とチリトリとバケツを持っている。廊下の奥にある、掃除用具置き場から持ってきてくれたのだろう。

 「師匠!それ、絶対に染みになりますよ!早く取らないと!」

 「まあ待て、クレイ。この緑のどろどろの正体が気になる。腐乱臭の匂いの他に、アザマサシの草の香りがする。あれが液状化しないはずなのだが……」

 「あんまり臭いを嗅ぐなよ。気分悪くなるぞ。これから入学式なんだから」

 ケビンが呆れたように言った。

 クレイは、動かないステアの傍から離れ、廊下に散乱しているどろどろを箒とチリトリでかき集め始めた。

 「あー!やっぱり、もう染みてる!ケビン!バケツに水汲んできて!ここ雑巾で拭いて!」

 「はいはい」

 ケビンはバケツを手に取ると、「そこ風呂ってことは、水道ありますよね?」とエーテに聞いてきた。

 「あ、はい。く、クレイ君、私がやるわ。せっかくの新しいローブが汚れちゃう」

 エーテはクレイから箒とチリトリを受け取り、魔法を使ってどろどろを集めた。ステアが見入っていたどろどろも、容赦なく集める。

 ケビンがバケツに水を汲んできてくれたので、雑巾とエーテ特製洗剤を使って、床を擦る。

 床には少しだけ染みが残った。

 「これは、マックに綺麗にさせます。これも勉強。良いわね?マック!」

 風呂場から、「はあい……」と元気のない返事が来た。「「やばいよ、エーテ先生、これ、落ちない……」と泣きそうな声も聞こえてくる。どうやら、体毛に付いた緑色が洗っても落ちないようだ。

 そこそこ綺麗になった廊下を見て、エーテは掃除を率先してやってくれたクレイを見た。

 (この子は、叔母さんが世話した人間の子供たちとは違うみたい……)

 汚れた廊下を見て、一番に掃除道具を持ってきてくれた。クレイは汚れはすぐにふき取らなければ、跡が残る事を知っている。

 普段から、掃除をしている者の思考だ。

 「クレイ君、これから魔界で生活することになるけど、何か気になることは無い?」

 エーテが聞くと、クレイはすぐに口を開いた。ずっと聞きたかったことがあるようだ。

 「この寮に、森の魔物が入ってきたりしますか?」

 「……小さな虫、くらいかな。危険な生き物は入って来ないから、大丈夫よ。寮はベーベクラスの次に安全な場所なの」

 エーテがそう言うと、クレイはほっとしたように微笑んだ。

 素直で、賢そうな顔をしている。

 エーテは、肩の荷が下りたかのように、心と体が軽くなるのを感じた。

 「それじゃあ、クレイ君の部屋に案内するわ。こっちよ」

 「はい!」

 クレイと手をつなぎ、廊下を歩く。

 今年もきっと楽しくなる。

 エーテはそう確信して、嬉しくなった。


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