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 私の名前は、エーテ・サブリナ・シュタインメッツ。

 マーリークサークルの寮母をしている。

 今年も、新入生が入って来る時期がやって来た。毎年、夏の終わりには、新入生を迎えるためにバタバタするのだが、忙しい反面、どんな子供たちがやって来るのかと、楽しみの時期でもある。

 しかし、今年、私は、とても緊張している。

 この職に就いて50年。沢山の生徒を受け入れてきた。色んな生徒がいた。優等生もいれば、わがままなやんちゃタイプもいた。共同生活の中、どうしても友人と喧嘩になってしまう子もいれば、心配になるほど一人静かに過ごす子もいた。

 勤め始めの最初の頃は、色々と悩み、泣くこともあった。今もそれは変わらないが、少しだけ余裕ができてきたと思う。

 どんな子供でも、受け入れられるという自信があった。

 しかし、今、その自信が揺らいでしまっている。

 今年、マーリークサークルに100年ぶりに人間の子供が入学してくることになったからだ。

 前回、人間の子供たちが入学してきた頃、私はまだここには勤めておらず、私の叔母が寮母をやっていた。

 その叔母から、人間の子供たちについての話を沢山聞かされていた。

 叔母は当時、相当苦労したらしい。

 叔母が初めて受け入れた人間の子供は、5人。5人もいたのだ。問題児が。

 叔母の話を聞くたびに、頑張ったのだな、大変だったのだな、と何度も思う。

 今年は1人だ。男の子らしい。

 それでも、とても緊張する。

 (あああああ、きっと、魔界の常識が通じない子だわ。絶対にそうよ……)

 ここに来ることになっている人間の子は、魔界へ足を踏み入れたのは通算二回程であり、魔界の知識はほぼ無いと、理事のマデアさんから聞いている。マデアさんの知り合いの吸血鬼に弟子入りしているという事も。

 吸血鬼の弟子なのだから、きっと、かなり賢いはずだ。きっと、既に、いくつかの魔法を習得しているだろう。

 叔母から聞いた子供たちもそうだった。

 頭が良く、高飛車で、高貴な生まれの子供たち。

 (ううう、魔界にもそういう子はいるけど、人間の子供は、高飛車度合いが飛びぬけているのよお!)

 叔母が世話した人間の子供たちは、入寮の日に、それぞれ全員がお付きの人間を連れてきていたそうだ。 

 マーリークサークルには、魔法を学ぶ者以外は入れない。当然寮に住むのは、本人だけだ。

 事前にそう知らせてあったにもかかわらず、全員が一人以上のお付きを連れてやって来て、入寮を拒否されると心底驚いていたらしい。

 そして、全員がこう言ったそうだ。

 「お付きがいなかったら、誰が私の(僕の)身の回りの世話をしてくれるのですか?」

 叔母は面食らいながらも、ここでは自分の身の回りの事は自分でするのだ、と教えた。

 彼らはとても困った顔をしたらしい。

 というのも、彼らは、本当に何一つ、自分のことを自分でできなかったからだ。

 ボタンの留め方も、靴紐の結び方も知らなかった。

 叔母は本当に驚いて、そして、腹が立ったらしい。子供たちに腹が立ったのではなく、子供たちになにも教えなかった親に腹が立ったのだ。

 だが、後々にわかった事なのだが、子供たちの親も、自分の身の回りの事はお付きの人間にやらせており、親自身も何もできない人間だった。

 これでは、子供に教えるなど、できるはずも無い。

 叔母は人間の子供5人に、つきっきりで沢山の事を教えたそうだ。寮で生活していくためには、朝一人で目覚め(これには人間だけでなく、他の魔族の生徒たちも苦労する)、顔を洗い(水は自分で井戸まで取りに行くのだ)、朝食を食べに食堂へ行き(誰も取って来てはくれない)、着替えて、教室へ行くことができなければならない。

 もちろん、それ以外にもやることは沢山ある。洗濯、掃除、自分の持ち物の管理。

 親が何も言わずにやっていてくれたことを、子供たちは自分でやっていく事になる。

 どんなに、賢い子でも、いきなり家事を完璧にすることはできない。掃除のし忘れ、洗濯物の洗い残し、食べ物を部屋に持ち込んでそのまま忘れてカビを発生させるなどしょっちゅうだ。(しかも、面倒くさがり屋な子はそれをそのまま放置して、蟻にたかられて泣く)

 子供たちはもれなく全員、一年の間に、何度も両親に感謝することになる。

 エーテはそうやって成長していく子供たちの姿を見るのが、大好きだ。

 しかし、いくら成長の伸びしろがあるとはわかっていても、着替えも一人でできないような子供を、しかも、それが当然として育ってきた子を、一人前に育てられる自信は、エーテには無い。

 (叔母はとても優秀な寮母だった。わたしもそんな叔母のようになりたいと思っていたけれど……まだ、私には早すぎる試練ですぅ!)

 人間の子供が入寮してくると聞いたのは、たった二カ月前。できれば半年以上前に知らせてほしかった。

 何かあった時に助けてほしくて、退職した叔母に相談をしたが、彼女はもう年だ。叔母自身はやる気満々だったが、持病もあるし、家からここまで来てもらうのも大変なのだ。

 (一人で何とかしないと……でも……)

 そんな事を考えていると、こちらへと向かってくる箒を見つけた。

 人影が三つ。

 子供が一人と、大人が二人だ。

 大人の方が箒に二人乗りしていると言う事は、一人は魔法使いではない。

 (ああ、やっぱり!あれはきっと、人間の子のお付きなんだわ。今回もちゃんと伝えてもらったのに、伝わってない!)

 お付きはいて当たり前という、人間の子供には、エーテが書いた手紙の内容は目に入らないのか……

 エーテは裾を払い、髪を整えて、三人の人影が降りてくるのを待った。

 子供は、真新しい黒のローブを羽織り、キラキラした目をして降りてきた。箒を操り、危なげもなく着地する。これだけ見れば、魔法の腕前は上級者だと言える。

 二人乗りしている大人の方は、箒を操っているのが吸血鬼、後ろに乗っているのは人間の男だった。

 「初めまして、マーリークサークルへようこそ」

  エーテが挨拶すると、男の子は大きな目をさらに大きくして、口を開いた。

 「クレイです!初めまして!お世話になります!」

 そう言って、頭を下げた。

 エーテは少し戸惑う。

 叔母から聞いていた人間の子供たちは、最初、叔母の事を使用人扱いして、まともに挨拶もしなかったと言う。

 しかし、クレイは名前を名乗り、お世話になりますとまで言った。とても礼儀正しい子だ。

 「クレイの保護者のステアです。ここの卒業生でもあります。よろしくお願いします」

 ステアに握手を求められ、エーテは必死に戸惑いを隠しながら、挨拶した。

 「エーテです。ステアさんは、先生としてここにいらっしゃると聞いています。私の方こそ、色々とお世話になるかもしれません」

 クレイの保護者であるステアが、マーリークサークルの先生として職に就くと聞いた時は、助かったと思った。

 エーテの言う事は聞けなくても、師匠であるステアの言う事なら聞くはずだ。もし、本当に手に負えなくなった時は、彼に頼み込もうと思っていた。

 まずは、一つ目の問題を片付けよう。

 「ええと、そちらは……」

 「初めまして。ケビンと言います。オレもこの子の保護者の一人です」

 「ほ、ごしゃ?」

 「はい。オレも教員としてここに住むことになりましたので、人間の事は何でも聞いてください。こいつより頼りになると思います」

 そう言って、ステアを指さす。

 ステアはむっとした顔をするが、口に出して文句は言わないようだ。

 (……保護者が二人……という事は、彼らはパートナー?クレイ君を二人で育てていると言う事かしら?でも、吸血鬼と人間のカップルなんて初めて聞いたわ。時代は変わったのね。おめでたいことだわ……)

 いや、それよりも……

 「え?教員になられるんですか?あなたも?」

 エーテは驚いた。もう一人教員が増えるとは聞いていたが、まさか人間だったとは。

 「はい。オレの返事が遅くなってしまって、こちらにはご迷惑をかけました。今日からよろしくお願いします」

 ケビンはそう言って、頭を下げた。

 人当たりの良さそうな、良い印象の青年だった。

 (教師……という事は、お付きの人ではない。では、お付きの人は、どこ?)

 エーテがそんな事を悩んでいると、ステアが口を開く。

 「ええと、今日は入学式前に寮に寄って欲しいと言われていたのですが、なにか、ありましたか?」

 「あ、はい、ええと……」

 エーテの予定としては、まずはお付きの人に帰っていただくように説得することから始めるはずだったのだが、いきなり狂った。

 「あ、あの、人間のお子さんなので、魔界の生活は不安かと思いまして、先に寮の生活について説明しようかと……」

 エーテがしどろもどろに説明すると、ステア達は納得してくれたらしく、「それは助かります。な、クレイ?」「はい!」と言ってくれた。

 「で、では、寮のお部屋に案内しますね」

 エーテはそう言って、三人を寮の中に誘った。


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