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 クレイはマーリークサークル行きを決めた。

 入学式は夏の終わりらしいので、それまでに引っ越しの準備を進める段取りだ。

 約二カ月ほど、村で過ごせる時間があるとわかったクレイは、今まで通り過ごすことを決めたようだ。

 朝起きて、家事をして、ご飯を食べて学校へ行き、勉強して友人たちと遊ぶ。時には友人たちの仕事を手伝い、村のおばちゃんたちに裁縫を習い、おじちゃんたちにナイフの使い方を習い、モーコのお産も手伝いに行った。

 魔界へ行くと友人たちに報告すると、反対していたミックとローワンに大泣きされたらしい。しかし、二人は怒る事も、それ以上反対することも無く、ただただ泣いてクレイに抱き着いていたらしい。

 村の皆から、心配と祝福を受けながら、クレイは残り少ない村での生活を楽しんでいる。

 「さてと、オレも準備しないと……」

 住み慣れた我が家を見て、オレ(ケビン)は覚悟を決めた。

 クレイにマーリークサークルの話が来た時から、ぼんやりと考えていた。オレがこの村を離れるのなら、代わりに村を守ってくれる存在が欲しい。短い間でもいい。

 元冒険者仲間に、信用できて、腕っぷしも良い人間が何人かいた。オレは彼らに事情を説明する手紙を送り、最短で1年くらいこの村に住んでくれないか?とお願いしているところだ。

 もちろん、謝礼は出す。

 村長にも相談して、村からも食料や日用品などの援助を出してもらえることになった。

 住むのはケビンの家。畑も好きに使ってもらっていい。

 謝礼は、ケビンが冒険者時代に作った貯金で払うつもりだ。

 (ようやく出番が来たな。このまま隠された財宝になっちまうかと思ったが……)

 床下に隠していた宝箱を、久しぶりに取り出し、確認する。

 質の良い宝石と金貨が、まるで色あせぬまま、保管されている。

 家族が死んでしまってから、使い道がわからなくなってしまった財産だ。まさか、こんなことで使い道が出てくるとは思ってもみなかった。

 (村を守るために使おうとは思っていたし、いいよな?)

 オレは宝石と金貨数枚を袋に分け、残りの財宝はステアの城に移動させる。城には引き続きメイヤーとタロルが住むことになっているので、保管してもらうのだ。

 (それにしても……まさか、また魔界に行くことになるとはねえ……しかも、今度は住むなんて……)

 ビビっているわけではないが、怖くないとは言えない。

 クレイも、魔界行きを楽しみにしてるものの、やはり怖いという気持ちはあるようだ。最近、魔界で気を付けた方が良い事は何か?とオレに聞いてくる。

 曲がりなりにも学校で、生徒が住まう寮なのだから、オレの冒険者時代の注意点はあまり参考にならないとも思ったが、参考程度に色々と話して聞かせた。

 クレイはその情報を元に、使えそうな魔法を勉強しなおしている。

 オレもクレイを見習って、筋トレを始めた。

 魔界で大事なのは、何よりも冷静さと体力なのだ。 

 



 ステアに買ってもらった服、靴、勉強用の羽ペンとインク、ノートを数冊。

 そして、魔法について書かれた本を、厳選して三冊。

 クレイがマーリークサークルの寮に持っていく荷物はこれだけだった。

 商店のおじさんに貰った空き箱一つに収まった。

 対してステアの荷物は多い。

 空き箱が10箱でも足りず、ステアは今、荷物をどうするかを、ものすごく悩んでいる。

 「だから、本は全部置いて行けよ!図書館があるんだろう?」

 「あそこの図書館の本は古すぎて使いづらい!絶対に本は持っていく!」

 ケビンとステアが、昨日から荷物をどうするかで話し合っている。

 クレイは自分の物を詰めた箱を、庭へと運んだ。既にケビンの箱が三箱置かれていた。

 (俺のが一箱、ケビンが三箱、それで師匠が……たぶん10箱以上……どうやって運ぶんだろう?)

 クレイは箱を下して、首を傾げる。

 ステアが魔法で運んでくれるのだろうか?

 いくら師匠でも、これだけの荷物を運ぶのは大変のような気がする。

 その時、お客が来た。

 ミックとジャック、ローワン、それにミックのおじいさんのジェロームさんだ。

 「よお、クレイ。頼まれていた野菜、持ってきたぞ」

 「ありがとうございます。いらっしゃい!」

 ジェロームさんと子供たちを迎え入れる。子供たちは勝手知ったる我が家のように、くつろぎ始める。

 「師匠、ケビン、ジェロームさんが野菜持ってきてくれたよ」

 呼びに行くと、二人は荷造りを止めて降りてきた。

 「ジェロームさん、ありがとうございます」

 「おお!こんなにいっぱい!」

 ステアとケビンは、木箱に入った野菜の山を見て、ジェロームさんにお礼を言った。

 「魔界に持っていくって言うから、美味そうなの選んできたぞ。今年のピーマンは良い出来だから、向こうの人にもそう言ってくれ」

 ジェロームさんはお茶を飲みながら、笑顔でそう言った。

 「いよいよ明日か。荷造りは済んだか?クレイ?」

 「はい。後は師匠の荷物だけです」

 「大丈夫。今日間に合わなければ、後で送ってもらうから」

 ステアは既に諦め顔でそう言った。

 「まあ、メイヤーさんたちもいるからな……」

 ケビンも、疲れた声でそう言った。

 「ところで、荷物は魔法で運ぶのかい?」

 ジェロームさんは、庭にある木箱を見て、ステアに聞いた。

 「いえ、魔法ではちょっと大変なので、専門業者を呼ぶことにしました。フクロウ便です」

 「フクロウ?」

 「え?フクロウが荷物はこぶの?」

 聞きつけた子供たちが、話に入って来る。

 「それは、梟の妖怪か何かが運びに来るってことか?」

 ジェロームさんは、少し身構えてそう言った。

 「ええ。あ、ご心配なく。危険はありませんよ。魔界では一般的な宅配業者なんです。大きな荷物はフクロウ便に限ります」

 師匠はそう言って微笑んだ。


 その日の夕方、日が暮れそうになる頃、フクロウ便の従業員たちがやって来た。

 驚くほど静かに、村に舞い降りたのは、10数羽のフクロウたちだった。

 噂を聞きつけて見学に来た子供たちが、城の庭の木にとまるフクロウを見て、目を丸くしている。

 クレイも、驚いた。

 森にフクロウがいることは知っていたが、フクロウは夜行性なので、その姿を見ることは滅多に無かった。夜に鳴き声を聞くくらいだ。

 フクロウの一羽が木の枝から舞い降り、地面に足をついたと思ったら、人間の姿に化けた。

 「この度は、仕事のご依頼ありがとうございます。カテャーの森のフクロウ便のアカシです」

 フクロウは、黒髪の青年になり、ステアに向かってそう挨拶した。

 彼の背中には、大きな翼が生えている。

 木の枝にとまっているフクロウたちも、アカシの挨拶と同時に、翼を広げて挨拶してくれた。

 「わわわ、すごい」

 「このひとたち、全員化けられるの?」

 ミックの言葉に、アカシは「はい」と頷く。

 「すっげー!」

 「ねえ!化けて!お願い!」

 「お願い、お願い!」

 悪ガキ三人組のお願いに、一羽のフクロウがノリ良く応えてくれた。

 「じゃーん!どうだ?人間の子供たち?」

 彼もまた、人間でいう青年の姿だった。ただ、魔法が下手なのか、髪の色と目がフクロウの模様そのものだった。 

 しかし、子供たちは気にせず、「かあっこいい!」と囃し立てる。

 「……人間の村に吸血鬼とは、珍しいですね」

 アカシが、子供たちを見て、ステアを見て、そう言った。

 「うむ、色々と事情があってな。この子は今年からマーリークサークルへ行くことになったのだ」

 ステアがクレイの肩に手を置き、言った。

 「ほお!あの魔法学校にですか!?驚きました」

 アカシの声には、驚きと称賛が込められており、クレイは恥ずかしそうに身を縮め、ステアは誇らしげにふんぞり返った。

 (こいつ、自慢したいんだな)

 オレは二人目のフクロウ男と遊ぶ子供たちを気にしながら、そう思った。フクロウ男は子供たちと遊ぶのが好きなようで、羽を触らせてくれたり、爪をみせてくれたりしている。この後は絶対に、一緒に空を飛んでくれというリクエストが飛び出すと思い、オレは止める機会をうかがっていた。

 「なるほど、では、これらは全て、マーリークサークルの寮へとお運びすれば良いですね。コウさん、聞いていましたか?」

 「え?なに?」

 子供たちと遊んでいたフクロウ男が、アカシの言葉に振り返る。

 「行先はマーリークサークルです。飛行路の確認をお願いしますよ、リーダー」

 「あい、わかった!よおし、お前ら!降りてこい!」

 コウと呼ばれたフクロウ男が、そう言うと、木の枝にとまっていたフクロウたちが一斉に降りてきた。

 全員が人の形をとり、コウの周りに集まる。

 「悪いな、人間君。今からオレは仕事の時間だ」

 コウはそう言って、ミック達から離れ、地図のようなものを広げて、フクロウたちと相談し始めた。アカシもそれに加わる。

 話し合いはすぐに終わり、アカシが荷物を運ぶ経路について説明してくれた。

 「この経路なら、雨に降られることは無いと思います。いかがですか?」

 「うむ、それで頼む」

 「それでは、運賃ですが、ウィンデール金貨なら2枚、食料の現物支給なら、ケチャマネズミサイズのものを、全員に5匹ずつになります」

 「ネズミ?ネズミで支払えるの?」

 クレイが身を乗り出した。

 「ええ。そのかわり、ネズミは鮮度が大切です」

 「ネズミならいるよ!ロビンさんの厩舎にいっぱい!」

 クレイのこの言葉に、フクロウたちがざわりと色めき立った。

 「まじで!?オレ、腹ペコなんだよ!」

 コウが涎を垂らしそうな顔で、そう言った。

 「うむ……しかし、ケチャマネズミに比べると、だいぶ小さいしなあ……」 

 ステアがそう呟くと、メイヤーさんがいそいそと前に出た。

 「そこで、交渉なんだけど、ウィンデール金貨一枚と、小ぶりのネズミ食べ放題で、どう?ここのネズミはミミツネズミくらいの大きさなの。でも、数だけはたっくさんいるわ。たぶん、一人20匹は食べられるはずよ。これから晩御飯でしょう?」

 「20匹!アカシ!それでいい!そうしよう!」

 コウが手をぶんぶん振り回しながら、そう言った。どうやら、本当に腹ペコらしい。

 他のフクロウたちも、賛成のようだった。

 「わかりました。では、ウィンデール金貨一枚と、食べ放題で承ります」

 アカシの言葉を聞き、フクロウたちは「やったー」「飯だー」と大喜びした。

 「キュウシャと言うのは、なんですか?」

 アカシがクレイに聞く。

 「牛のお家です。今年、屋根裏でネズミがいっぱい産まれちゃって、牛のエサも食べちゃって、ロビンさん困ってるんです」

 「ああ、あの建物ですね」

 アカシは小高い丘の上にある、ロビンさんの厩舎を見て、納得したように頷いた。

 「森へ入らなくていいのは、我々としてもありがたいです。知らない場所だと、腹ごしらえをしたくても、縄張りをもつフクロウから、攻撃されることもあるので……」

 「あ、やっぱり?フクロウ便の皆さんって、食料の現地調達で苦労されてるって聞いていたんですよ。人里って、ネズミがとっても多いんですよ。天敵は猫くらいだから、森に入るより狩りがしやすいんじゃないかって思ったの」

 「ほお、そうなんですね……人里はこれまで避けていましたが……これからは狙ってみてもいいかもしれません」

 「なあなあ、もう、食べに行っても良い?」

 コウがせっついてくる。

 「あ、ちょっと待って。夜、牛が寝てしまってからでいいかしら?魔法で眠らせて、ちょっとやそっとじゃ起きないようにしておくわ。ロビンさんにも説明しなきゃ。牛に危害が無ければ、きっと納得してくださるわ。ネズミに困っていらしたもの」

 メイヤーはそう言うと、フクロウの若者を三人ほど引き連れて、ロビンさんの家に説明しに行った。

 ロビンさんからOKが出たので、その夜、フクロウたちは厩舎の中を飛び回り、たらふくネズミを食べたらしい。

 次の日、腹をパンパンにしたフクロウが、庭のあちこちに転がっていた。

 「おい、大丈夫なのか?今夜飛べるのか?」

 「大丈夫です、出発は夜なので。それまでにはなんとか……」

 アカシは、胃もたれしそうな顔で、そう言っていた。

 その隣で、コウがフクロウの姿で子供たちと戯れている。(「うー、苦しい。食べ過ぎた」「ねえねえ、もう一回空飛んでよー」「お願いー」)

 オレとクレイとステアは、昼には出発するが、フクロウ便は夜に出る事になっている。

 「ミミツネズミサイズってことでしたが、そこそこ大きいのもいましたよ。なかなか、良い狩場ですね、人間の街は」

 そう呟くアカシに、クレイが近づいていった。

 「あのね、大きな街のね、スラムって言われる場所のネズミは食べないでほしいんだ」

 「……どうしてです?」

 「そこにいる人たちが、食べられなくなっちゃうから……」

 「おや、人間もネズミを食べるんですね。追っ払うばかりかと思っていました」

 「他に食べる物が無いときは、ね。捕まえやすいし、いっぱいいるし」

 アカシとクレイはにこやかにそんな話をしていたが、聞いていたオレとステアと子供たちは、声こそあげなかったものの、びっくり仰天していた。

 ジェナとマーテルがオレを見て、「ちょっと今の本当?」と、視線で問いかけてくる。

 ネズミを食べていたなんて、初めて聞いたが、おそらく嘘ではないだろう。

 腹が減れば、ネズミだろうがゴキブリだろうが、食べられるものなら何でも食べるだろう。それが生き物ってもんだ。

 ミックとジャックとローワンも、いつもの元気はどこにいったのか、困った顔で、オレを見ている。

 この村はけして裕福ではないが、飢えとは無縁の場所だ。

 ネズミを食べて生き延びている人間がいるなんて、思いつきもしなかっただろう。

 クレイがスラムでどんな生活をしていたか、詳しい事は知らない。クレイは話したがらないし、オレ達もあえて聞かなかった。

 だが、オレが想像していたよりも、過酷な環境だったのだろうと、今、わかった。

 そこへ、ミルドレッド先生が現れた。

 「クレイ君、みんな、お料理の準備ができましたよ。いらっしゃい」

 いまから、クレイとオレとステアのお別れ会なのだ。ミルドレッド先生と、村の大人たちが計画してくれた。

 子供たちが、助かったという表情で、クレイと一緒に先生の元へ駆け出した。

 「ネズミ、ある?」

 コウが丸い腹をさすりながら、聞いてきた。

 「ないよ。まだ食べる気か?」

 「コウさん、止めておきましょう。俺達は出発まで寝ましょう」

 アカシに引きずられ、コウは他のフクロウと一緒に、木の枝にとまり、目を閉じる。

 ジェナとマーテルが、もの言いたげな顔で残っていた。

 「……クレイがマーリークサークルに行きたい理由が、やっとわかった気がするわ」

 「そうね。あんなに一生懸命、色んな事をできるようになりたがってるのも……わかるわ。戻りたくないだろうから、ね……」

 「……そうだな」

 ステアは何も言わず、子供たちが向かった先を見ている。

 「……そうなのだろうか?戻りたくないのか?」

 ステアが呟いた。

 「クレイは、スラムの人の心配をしていたぞ。いつか、戻るつもりなんじゃないか?」

 ステアの言葉に、ジェナもマーテルも驚いた顔をする。

 オレもだ。

 「……色んなことができるようになれば……」

 その先は聞かなくても分かった。

 魔法や、裁縫や、料理。

 色んなことができるようになれば、今度は人助けができるかもしれない。

 


 お別れ会には、沢山の村人たちが参加してくれた。

 沢山の人に見送られながら、オレとステア、クレイとメーラ、メイヤー、タロルは出発した。

 「さあ、入学式だ」

 風に髪をなびかせながら、ステアが楽しそうに言った。


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