27
クレイはマーリークサークル行きを決めた。
入学式は夏の終わりらしいので、それまでに引っ越しの準備を進める段取りだ。
約二カ月ほど、村で過ごせる時間があるとわかったクレイは、今まで通り過ごすことを決めたようだ。
朝起きて、家事をして、ご飯を食べて学校へ行き、勉強して友人たちと遊ぶ。時には友人たちの仕事を手伝い、村のおばちゃんたちに裁縫を習い、おじちゃんたちにナイフの使い方を習い、モーコのお産も手伝いに行った。
魔界へ行くと友人たちに報告すると、反対していたミックとローワンに大泣きされたらしい。しかし、二人は怒る事も、それ以上反対することも無く、ただただ泣いてクレイに抱き着いていたらしい。
村の皆から、心配と祝福を受けながら、クレイは残り少ない村での生活を楽しんでいる。
「さてと、オレも準備しないと……」
住み慣れた我が家を見て、オレ(ケビン)は覚悟を決めた。
クレイにマーリークサークルの話が来た時から、ぼんやりと考えていた。オレがこの村を離れるのなら、代わりに村を守ってくれる存在が欲しい。短い間でもいい。
元冒険者仲間に、信用できて、腕っぷしも良い人間が何人かいた。オレは彼らに事情を説明する手紙を送り、最短で1年くらいこの村に住んでくれないか?とお願いしているところだ。
もちろん、謝礼は出す。
村長にも相談して、村からも食料や日用品などの援助を出してもらえることになった。
住むのはケビンの家。畑も好きに使ってもらっていい。
謝礼は、ケビンが冒険者時代に作った貯金で払うつもりだ。
(ようやく出番が来たな。このまま隠された財宝になっちまうかと思ったが……)
床下に隠していた宝箱を、久しぶりに取り出し、確認する。
質の良い宝石と金貨が、まるで色あせぬまま、保管されている。
家族が死んでしまってから、使い道がわからなくなってしまった財産だ。まさか、こんなことで使い道が出てくるとは思ってもみなかった。
(村を守るために使おうとは思っていたし、いいよな?)
オレは宝石と金貨数枚を袋に分け、残りの財宝はステアの城に移動させる。城には引き続きメイヤーとタロルが住むことになっているので、保管してもらうのだ。
(それにしても……まさか、また魔界に行くことになるとはねえ……しかも、今度は住むなんて……)
ビビっているわけではないが、怖くないとは言えない。
クレイも、魔界行きを楽しみにしてるものの、やはり怖いという気持ちはあるようだ。最近、魔界で気を付けた方が良い事は何か?とオレに聞いてくる。
曲がりなりにも学校で、生徒が住まう寮なのだから、オレの冒険者時代の注意点はあまり参考にならないとも思ったが、参考程度に色々と話して聞かせた。
クレイはその情報を元に、使えそうな魔法を勉強しなおしている。
オレもクレイを見習って、筋トレを始めた。
魔界で大事なのは、何よりも冷静さと体力なのだ。
ステアに買ってもらった服、靴、勉強用の羽ペンとインク、ノートを数冊。
そして、魔法について書かれた本を、厳選して三冊。
クレイがマーリークサークルの寮に持っていく荷物はこれだけだった。
商店のおじさんに貰った空き箱一つに収まった。
対してステアの荷物は多い。
空き箱が10箱でも足りず、ステアは今、荷物をどうするかを、ものすごく悩んでいる。
「だから、本は全部置いて行けよ!図書館があるんだろう?」
「あそこの図書館の本は古すぎて使いづらい!絶対に本は持っていく!」
ケビンとステアが、昨日から荷物をどうするかで話し合っている。
クレイは自分の物を詰めた箱を、庭へと運んだ。既にケビンの箱が三箱置かれていた。
(俺のが一箱、ケビンが三箱、それで師匠が……たぶん10箱以上……どうやって運ぶんだろう?)
クレイは箱を下して、首を傾げる。
ステアが魔法で運んでくれるのだろうか?
いくら師匠でも、これだけの荷物を運ぶのは大変のような気がする。
その時、お客が来た。
ミックとジャック、ローワン、それにミックのおじいさんのジェロームさんだ。
「よお、クレイ。頼まれていた野菜、持ってきたぞ」
「ありがとうございます。いらっしゃい!」
ジェロームさんと子供たちを迎え入れる。子供たちは勝手知ったる我が家のように、くつろぎ始める。
「師匠、ケビン、ジェロームさんが野菜持ってきてくれたよ」
呼びに行くと、二人は荷造りを止めて降りてきた。
「ジェロームさん、ありがとうございます」
「おお!こんなにいっぱい!」
ステアとケビンは、木箱に入った野菜の山を見て、ジェロームさんにお礼を言った。
「魔界に持っていくって言うから、美味そうなの選んできたぞ。今年のピーマンは良い出来だから、向こうの人にもそう言ってくれ」
ジェロームさんはお茶を飲みながら、笑顔でそう言った。
「いよいよ明日か。荷造りは済んだか?クレイ?」
「はい。後は師匠の荷物だけです」
「大丈夫。今日間に合わなければ、後で送ってもらうから」
ステアは既に諦め顔でそう言った。
「まあ、メイヤーさんたちもいるからな……」
ケビンも、疲れた声でそう言った。
「ところで、荷物は魔法で運ぶのかい?」
ジェロームさんは、庭にある木箱を見て、ステアに聞いた。
「いえ、魔法ではちょっと大変なので、専門業者を呼ぶことにしました。フクロウ便です」
「フクロウ?」
「え?フクロウが荷物はこぶの?」
聞きつけた子供たちが、話に入って来る。
「それは、梟の妖怪か何かが運びに来るってことか?」
ジェロームさんは、少し身構えてそう言った。
「ええ。あ、ご心配なく。危険はありませんよ。魔界では一般的な宅配業者なんです。大きな荷物はフクロウ便に限ります」
師匠はそう言って微笑んだ。
その日の夕方、日が暮れそうになる頃、フクロウ便の従業員たちがやって来た。
驚くほど静かに、村に舞い降りたのは、10数羽のフクロウたちだった。
噂を聞きつけて見学に来た子供たちが、城の庭の木にとまるフクロウを見て、目を丸くしている。
クレイも、驚いた。
森にフクロウがいることは知っていたが、フクロウは夜行性なので、その姿を見ることは滅多に無かった。夜に鳴き声を聞くくらいだ。
フクロウの一羽が木の枝から舞い降り、地面に足をついたと思ったら、人間の姿に化けた。
「この度は、仕事のご依頼ありがとうございます。カテャーの森のフクロウ便のアカシです」
フクロウは、黒髪の青年になり、ステアに向かってそう挨拶した。
彼の背中には、大きな翼が生えている。
木の枝にとまっているフクロウたちも、アカシの挨拶と同時に、翼を広げて挨拶してくれた。
「わわわ、すごい」
「このひとたち、全員化けられるの?」
ミックの言葉に、アカシは「はい」と頷く。
「すっげー!」
「ねえ!化けて!お願い!」
「お願い、お願い!」
悪ガキ三人組のお願いに、一羽のフクロウがノリ良く応えてくれた。
「じゃーん!どうだ?人間の子供たち?」
彼もまた、人間でいう青年の姿だった。ただ、魔法が下手なのか、髪の色と目がフクロウの模様そのものだった。
しかし、子供たちは気にせず、「かあっこいい!」と囃し立てる。
「……人間の村に吸血鬼とは、珍しいですね」
アカシが、子供たちを見て、ステアを見て、そう言った。
「うむ、色々と事情があってな。この子は今年からマーリークサークルへ行くことになったのだ」
ステアがクレイの肩に手を置き、言った。
「ほお!あの魔法学校にですか!?驚きました」
アカシの声には、驚きと称賛が込められており、クレイは恥ずかしそうに身を縮め、ステアは誇らしげにふんぞり返った。
(こいつ、自慢したいんだな)
オレは二人目のフクロウ男と遊ぶ子供たちを気にしながら、そう思った。フクロウ男は子供たちと遊ぶのが好きなようで、羽を触らせてくれたり、爪をみせてくれたりしている。この後は絶対に、一緒に空を飛んでくれというリクエストが飛び出すと思い、オレは止める機会をうかがっていた。
「なるほど、では、これらは全て、マーリークサークルの寮へとお運びすれば良いですね。コウさん、聞いていましたか?」
「え?なに?」
子供たちと遊んでいたフクロウ男が、アカシの言葉に振り返る。
「行先はマーリークサークルです。飛行路の確認をお願いしますよ、リーダー」
「あい、わかった!よおし、お前ら!降りてこい!」
コウと呼ばれたフクロウ男が、そう言うと、木の枝にとまっていたフクロウたちが一斉に降りてきた。
全員が人の形をとり、コウの周りに集まる。
「悪いな、人間君。今からオレは仕事の時間だ」
コウはそう言って、ミック達から離れ、地図のようなものを広げて、フクロウたちと相談し始めた。アカシもそれに加わる。
話し合いはすぐに終わり、アカシが荷物を運ぶ経路について説明してくれた。
「この経路なら、雨に降られることは無いと思います。いかがですか?」
「うむ、それで頼む」
「それでは、運賃ですが、ウィンデール金貨なら2枚、食料の現物支給なら、ケチャマネズミサイズのものを、全員に5匹ずつになります」
「ネズミ?ネズミで支払えるの?」
クレイが身を乗り出した。
「ええ。そのかわり、ネズミは鮮度が大切です」
「ネズミならいるよ!ロビンさんの厩舎にいっぱい!」
クレイのこの言葉に、フクロウたちがざわりと色めき立った。
「まじで!?オレ、腹ペコなんだよ!」
コウが涎を垂らしそうな顔で、そう言った。
「うむ……しかし、ケチャマネズミに比べると、だいぶ小さいしなあ……」
ステアがそう呟くと、メイヤーさんがいそいそと前に出た。
「そこで、交渉なんだけど、ウィンデール金貨一枚と、小ぶりのネズミ食べ放題で、どう?ここのネズミはミミツネズミくらいの大きさなの。でも、数だけはたっくさんいるわ。たぶん、一人20匹は食べられるはずよ。これから晩御飯でしょう?」
「20匹!アカシ!それでいい!そうしよう!」
コウが手をぶんぶん振り回しながら、そう言った。どうやら、本当に腹ペコらしい。
他のフクロウたちも、賛成のようだった。
「わかりました。では、ウィンデール金貨一枚と、食べ放題で承ります」
アカシの言葉を聞き、フクロウたちは「やったー」「飯だー」と大喜びした。
「キュウシャと言うのは、なんですか?」
アカシがクレイに聞く。
「牛のお家です。今年、屋根裏でネズミがいっぱい産まれちゃって、牛のエサも食べちゃって、ロビンさん困ってるんです」
「ああ、あの建物ですね」
アカシは小高い丘の上にある、ロビンさんの厩舎を見て、納得したように頷いた。
「森へ入らなくていいのは、我々としてもありがたいです。知らない場所だと、腹ごしらえをしたくても、縄張りをもつフクロウから、攻撃されることもあるので……」
「あ、やっぱり?フクロウ便の皆さんって、食料の現地調達で苦労されてるって聞いていたんですよ。人里って、ネズミがとっても多いんですよ。天敵は猫くらいだから、森に入るより狩りがしやすいんじゃないかって思ったの」
「ほお、そうなんですね……人里はこれまで避けていましたが……これからは狙ってみてもいいかもしれません」
「なあなあ、もう、食べに行っても良い?」
コウがせっついてくる。
「あ、ちょっと待って。夜、牛が寝てしまってからでいいかしら?魔法で眠らせて、ちょっとやそっとじゃ起きないようにしておくわ。ロビンさんにも説明しなきゃ。牛に危害が無ければ、きっと納得してくださるわ。ネズミに困っていらしたもの」
メイヤーはそう言うと、フクロウの若者を三人ほど引き連れて、ロビンさんの家に説明しに行った。
ロビンさんからOKが出たので、その夜、フクロウたちは厩舎の中を飛び回り、たらふくネズミを食べたらしい。
次の日、腹をパンパンにしたフクロウが、庭のあちこちに転がっていた。
「おい、大丈夫なのか?今夜飛べるのか?」
「大丈夫です、出発は夜なので。それまでにはなんとか……」
アカシは、胃もたれしそうな顔で、そう言っていた。
その隣で、コウがフクロウの姿で子供たちと戯れている。(「うー、苦しい。食べ過ぎた」「ねえねえ、もう一回空飛んでよー」「お願いー」)
オレとクレイとステアは、昼には出発するが、フクロウ便は夜に出る事になっている。
「ミミツネズミサイズってことでしたが、そこそこ大きいのもいましたよ。なかなか、良い狩場ですね、人間の街は」
そう呟くアカシに、クレイが近づいていった。
「あのね、大きな街のね、スラムって言われる場所のネズミは食べないでほしいんだ」
「……どうしてです?」
「そこにいる人たちが、食べられなくなっちゃうから……」
「おや、人間もネズミを食べるんですね。追っ払うばかりかと思っていました」
「他に食べる物が無いときは、ね。捕まえやすいし、いっぱいいるし」
アカシとクレイはにこやかにそんな話をしていたが、聞いていたオレとステアと子供たちは、声こそあげなかったものの、びっくり仰天していた。
ジェナとマーテルがオレを見て、「ちょっと今の本当?」と、視線で問いかけてくる。
ネズミを食べていたなんて、初めて聞いたが、おそらく嘘ではないだろう。
腹が減れば、ネズミだろうがゴキブリだろうが、食べられるものなら何でも食べるだろう。それが生き物ってもんだ。
ミックとジャックとローワンも、いつもの元気はどこにいったのか、困った顔で、オレを見ている。
この村はけして裕福ではないが、飢えとは無縁の場所だ。
ネズミを食べて生き延びている人間がいるなんて、思いつきもしなかっただろう。
クレイがスラムでどんな生活をしていたか、詳しい事は知らない。クレイは話したがらないし、オレ達もあえて聞かなかった。
だが、オレが想像していたよりも、過酷な環境だったのだろうと、今、わかった。
そこへ、ミルドレッド先生が現れた。
「クレイ君、みんな、お料理の準備ができましたよ。いらっしゃい」
いまから、クレイとオレとステアのお別れ会なのだ。ミルドレッド先生と、村の大人たちが計画してくれた。
子供たちが、助かったという表情で、クレイと一緒に先生の元へ駆け出した。
「ネズミ、ある?」
コウが丸い腹をさすりながら、聞いてきた。
「ないよ。まだ食べる気か?」
「コウさん、止めておきましょう。俺達は出発まで寝ましょう」
アカシに引きずられ、コウは他のフクロウと一緒に、木の枝にとまり、目を閉じる。
ジェナとマーテルが、もの言いたげな顔で残っていた。
「……クレイがマーリークサークルに行きたい理由が、やっとわかった気がするわ」
「そうね。あんなに一生懸命、色んな事をできるようになりたがってるのも……わかるわ。戻りたくないだろうから、ね……」
「……そうだな」
ステアは何も言わず、子供たちが向かった先を見ている。
「……そうなのだろうか?戻りたくないのか?」
ステアが呟いた。
「クレイは、スラムの人の心配をしていたぞ。いつか、戻るつもりなんじゃないか?」
ステアの言葉に、ジェナもマーテルも驚いた顔をする。
オレもだ。
「……色んなことができるようになれば……」
その先は聞かなくても分かった。
魔法や、裁縫や、料理。
色んなことができるようになれば、今度は人助けができるかもしれない。
お別れ会には、沢山の村人たちが参加してくれた。
沢山の人に見送られながら、オレとステア、クレイとメーラ、メイヤー、タロルは出発した。
「さあ、入学式だ」
風に髪をなびかせながら、ステアが楽しそうに言った。