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頭の中では、沢山の事が渦巻いていた。
マーリークサークルの事。
魔法の勉強の事。
ミック達の事。
野球の事。
お金の事。
将来についての事……
今すぐに決断できない事がいっぱいで、正直、少し疲れていた。
しかし、一つだけ、とてもうれしい事を聞いた。
クレイが今までずっと願っていた事が、実現する。
(魔法を使って、仕事ができる。オレもお金を稼げる!)
ステアから学生アルバイトの話を聞いた時、クレイは嬉しすぎて、今すぐにでもマーリークサークルに行くと叫びそうになった。
クレイは仕事がしたかった。
自分でお金を稼いで、一人で生きていけるようになりたかった。
もう二度と、食べる物に困る生活には戻りたくなかったからだ。
ステアに弟子入りしたのは、永遠の炎を見て、自分でも作れるようになりたかったからだが、一番の願いは、あの凍えるような寒さから身を守れる術を手に入れたかったからだ。自分の家族が、震えながら死んでいくのを見るのは、気が付けば凍り付いたように死んでいるのを見るのは、もう嫌だったからだ。
寒さから身を守れるのであれば、大工さんでも、毛皮職人でも、何でも良かった。
クレイに手を差し伸べてくれたのが、魔法の教師だったのだ。
ステアに弟子入りした頃は、何とかして弟子と認めてもらおうと、教えられたことをこなすので精いっぱいだった。
しかし、今は違う。
ケビンが来て、村の仲間入りをさせてもらって、友達ができて、少しだけ魔法のコツを掴んで……クレイの生活には、今、とても余裕がある。
だから、将来の事についても色々と考えてみた。
しかし、困ったことに、魔法を使ってどんな仕事をしたらいいのかさっぱりわからない。
まだ、使える魔法が少ない上に、その威力がとても小さい。クレイが出せる火は、マッチ棒程度だし、箒で空は飛べても、一人で遠くまでは行けない(魔界へ行ったときは、ステアの手助けがあったからだ)。
魔法を使うには師匠であるステアの目の届く範囲でないと、危険だと言われている。
こんな状況では、魔法で仕事などできるはずも無い。雇ってくれる人もいないだろう。
メイヤーさんとタロルさんが、農家の人たちと仕事を始めたのを見た時は、羨ましいと思った。
あれは確実に賃金を貰える仕事だ。
しかし、メイヤーさんたから、魔法の中身を聞いても、専門的過ぎてさっぱりわからない。読んでみなさいと言われた本も、難しい単語が多くてちっとも進まない。
自分はまだ、賃金を貰えるような魔法使いではないのだと、少なからずショックを受けた。
農家の子供たちは、家の仕事を立派に手伝っている。野菜や花を商品になるように育てているのだ。畑の一部を親からもらって、新しい種に挑戦するという子もいた。商店の子は、品出しや店番を任されることもあると言う。
クレイはそんな子供たちを見ると、羨ましくなる。大人から信用されて、家計の手助けをしている。
なのに自分はどうだろう?
魔法の基礎を学び、いくつか魔法を使えるようになったはいいが、仕事に結びつけることはできない。
ご飯も家も、服もなにもかも、ステアとケビンに頼り切りだ。
しかし、マーリークサークルへ行って、二年頑張って勉強すれば、学生アルバイトとして雇ってもらえるかもしれない。
(お金を稼げる!それも、魔法を使って!)
ずっと待ち望んでいた事だ。
家族も家も、畑も店も持っていない自分には、魔法しかないとずっと考えていた。
だから、早く魔法を使って仕事がしたかった。
いつか、人間の世界で仕事ができると思っていた。
人間の世界で魔法の使用が一部に限られている話を聞くまでは。
魔法の技術の独占の話を聞いて、クレイは非常に困ってしまった。
ステアはクレイを大魔法使いにすると言っていたが、魔法の技術だけがあっても、お金を稼げないままだとしたら、クレイはどうすればいいのだろう?一生、ステアにお金を工面してもらって生活するのだろうか?
そんな不安を抱いていた。
しかし、そんな不安も、ステアの話を聞いて吹っ飛んだ。
(魔界にはきっと、魔法使いの仕事がいっぱいあるんだ!魔法薬作りとかは難しそうだけど、宅急便だったら、箒で飛べればきっとできる。小人駆除ってなんだろう?でも、きっとオレにもできるようになる!)
クレイは、嬉しくてたまらず、思わずその場で飛び上がった。
ピョンピョン飛び跳ねているうちに、魔界生活の恐怖とか、この村を出て行くことの迷いとかが小さくなっていった。
ピョンピョンと飛び跳ね、最後は城に向かって駆け出した。
マーリークサークルへ行く!
魔法を勉強して、仕事ができるようになる!
クレイはそれだけを胸に、師匠の下へと向かった。