22
魔界のマーリークサークル見学から帰って来て二日が経った。
「ああ、平和だ。平和って良いな」
ケビンは、一日に何度もそう呟いていた。
魔力の薄い土地では、鶏が突然牙をむくことも、妖精からいたずらされて落とし穴に落とされることも、でっかい昆虫が(このでっかいは手のひらサイズとか可愛いものではなく、ケビンの頭ほどあるという意味である)突然上から降ってくることも無い。
魔界のびっくりは、人間の世界に慣れた人間には心臓に悪い。
(おまけに、クレイとメーラの子供二人連れだったからな……メーラはまだ慣れてるみたいだったけど、クレイは本当に危なっかしくてハラハラしてしまった……)
魔界から帰って来たその日は、夕食も食べられないほど疲れていた。
「確かに平和だが、少し詰まらなくないか?この地の動植物は大人しすぎる。あれで食べて行けるのか?牙しかない動物もいるじゃないか」
マデアが呟く。
「……まだいたのか?」
「クレイの気持ちが気になるのでな。ううむ、魔界の生き物たちをみせたら、絶対に乗って来ると思ったのに……」
「あんな危ない奴らを次から次へと見せておいて、何言ってんだよ。っていうか、魔界にいた時は何も言わなかったけど、あんた、魔物ホイホイ使ってただろう?」
「魔物ホイホイ?」
マデアの隣で牛乳を飲んでいたメーラが、「それは何?」と聞いてくる。
「魔物を呼び寄せる魔法道具だ」
「ああ、使っていたぞ。クレイにはいっぱい見てほしかったからな!あまり手強そうなのがくると怖がらせてしまうと思ったので、一番威力の弱いものを使ったんだ。しかし、コカトリスがかかってくれるとは思わなかったな。良いものを見た」
「いや、普通に怖いから!クレイの奴、コカトリスの蛇の方見て固まっちまったじゃねえか!」
「え?アレは感動で震えていたのだろう?コカトリスなんて、5年生でもめったに見られない珍獣だぞ?なあ、メーラ?」
「……オレもちょっと怖かったです」
メーラが小さな声で言った。
「ほらみろ!」
「なに!?どうしてだ!?お前、珍獣好きだろう?私があげた珍獣図鑑を楽しそうに見ていたじゃないか!」
「……それ、いつの話ですか?」
「お前がまだ、ハイハイしているころだ。あんなに小さな頃から珍獣の写真を見て笑ってくれたから、私は嬉しかったんだぞ」
「……マデアさん、あんたもしかして、危ない動物が好きなのか?」
「大好きだ!特に毒を持っている奴が良い」
マデアは目を輝かせて、そう言った。
「……魔物ホイホイってやつを使ってたってことは、マーリークサークルの森はもっと安全なんですか?」
メーラがマデアに質問する。
「ああ、もちろんだ。少なくとも、学校の近くにコカトリスが来るようなことはない。面白い動物に会うには、もう少し森の奥へ行かねばならない。火山の近くには竜もいるんだぞ♡」
「絶対に行くなよ、メーラ。っていうか、メーラもそこまであそこに詳しくは無いんだな」
「オレが行ったことあるのは、ベーベクラスだけだからね。それ以外は初めてだ」
「そうか……クレイにはあとでその話してやらないとな。森の様子見て、かなりビビってたし……」
「ビビってた!?クレイは怖がってたのか?楽しそうだったじゃないか!」
マデアがショックを受けたように言う。
「必死に魔法で逃げてたじゃねえか」
「そ、そりゃあ、逃げないと……しまったな、やりすぎたか……」
マデアがブツブツと独り言を言いだしたころ、キッチンの扉が開いた。
息を切らしたクレイが飛び込んできた。
「マデアさん!学校の費用っていくらですか!?」
ただいまも言わずに、クレイはマデアにそう質問した。