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「あ、お土産があるんだ。魔界のお菓子だよ」
クレイは持ってきていたお菓子を、友人たちの前に広げる。
魔界のお菓子と聞いて一瞬身構えた皆だったが、出てきたのは果実に砂糖をまぶしたもので、こちらでも見る一般的なお菓子に目を輝かせた。
「わ!これ、美味しそう!」
「きれいねえ」
マーテルとジェナが黄色い果実に手を伸ばす。
ミック達も一つつまみあげ、ちょっとだけ不安そうに臭いを嗅ぎ、齧ってみると目を輝かせた。
「甘いー」
「美味しい!」
「これ、何の果物?魔界特産?」
「パイナップルっていう南の島の果物だって。魔界ではあちこちに生えてるんだって」
クレイも一つ口に入れる。
少し酸っぱい果実と砂糖の甘さがちょうどよく合わさって、とてもおいしい。
しばらく、皆で黙々とお菓子を平らげた。
包み紙に残っていた砂糖を、残してはもったいないと舐めだす頃、ジェナが口を開いた。
「ねえ、クレイの話じゃないけど、マーテルは将来の事どう考えてるの?」
「私は花農家やるつもりよ。今、すごく面白いことになってるし」
マーテルの家の花畑は、メイヤーさんとタロルさんの魔法のおかげで、十日草がぐんぐん育っている。行商人に見せたところ、とても好評だったそうだ。十日で花が咲くおかげで、マーテルの家は大忙しだ。
「これから、もっと新しい事ができるかもしれない。そのためにもう少し魔法を覚えてもいいわね」
マーテルは魔法使いの素質がある。
クレイと一緒に魔導書を読み込んだおかげで、古代文字もある程度読めるようになった。
ステアとしては、本格的に勉強をさせたいようだが、マーテルは農業に関する魔法にしか興味を示さないので、ちょっと残念がっている。
ジェナはマーテルの話を聞いて、頷いた。
「やっぱりか……あんたたちは?」
ミック、ローワン、ジャックに話をふると、三人は顔を見合わせて困った顔をする。
「えー?」
「将来ったって……」
「……なあ?」
「まだ、考えてない?」
ミック達はそろって頷く。
「ま、そんなもんよね……」
「ジェナはなんか考えてんのかよ?」
ローワンが聞くと、ジェナは「まあね」と頷く。
「うちの店はお兄ちゃんがやる気だから、私は何か考えないといけないのよ。それで、私、アーミエさんの所でお裁縫勉強できないかなあって思ってるんだけど……」
アーミエさんはこの村のお針子さんだ。
この辺りの村のお針子さんは、お針子組合というものを作っている。刺繍や小物を作り、それを持ち寄って行商人に売るのだ。
この辺りでは一般的な刺繍柄も、他の土地では高く売れることがある。
腕のいいお針子さんは、小さいうちから組合に入り、腕を磨くらしい。
「……でも、今、お針子さんいっぱいいるみたいで、新人募集してないのよね」
ジェナがそう言って、ため息を吐く。
「あー、そう言えば隣村にすごく腕のいい子がいるって噂だったわね。その子は入ったの?」
マーテルの問いに、ジェナは頷く。
「だからね、私、アーミエさんに聞きに行ったの。どうしたら組合に入れますか?って。そしたら、都の衣服学校に行けば、間違いなく雇ってあげられるって」
「衣服学校?裁縫の勉強するのか?」
ミックが驚いた声を上げる。
裁縫はこの村でなら、誰でもできる。
男も女も、子供の頃から親から習い、自分の服くらいなら縫えるようになる。
「そうらしいの。でも、私達が親から教えてもらうような事じゃなくて、もっと難しい事を教えてくれるんだって。貴族の奥様や旦那様が着るような、豪華な服の作り方とか」
「……へえ」
さっぱりイメージがわかず、クレイは生返事を返す。
「……でも、このへんには金持ちなんかいないぜ。ドレスを着る奥様も、タキシードを着る旦那さんも」
「わかってるわよ。でも、そういうところで勉強すれば、腕は上がるし、刺繍のデザインとかもできるようになるって。だから、組合に入るにはそれが一番だって。でも……」
ジェナはため息をつく。
「学費がねえ……学校に通うってことになったら、私もクレイみたいに家を出て都に住むことになるし、そうなると生活費も……」
「都に住む!?何言ってんだ!あんな所に住むなんて危ねえよ!」
都に遊びに行って迷子になって怖い思いをしたローワンが、慌てたように言った。
「それ、うちの父ちゃんも言ってたわ」
ジェナはそう言って、またため息をつく。
「都に憧れているだけだろうって、叱られた。そりゃ、確かにそういう気持ちもあるけど、私なりに一生懸命考えたのよ?あんなふうに全否定しなくったって……クレイ?」
突然、立ち上がったクレイを見て、皆が驚いた顔をする。
「お金……俺、全然考えてなかった」
クレイは呆然とした声で、呟いた。
「……魔界の学校のお金の事?でも、ステアさんお金持ちなんでしょう?」
「そうだよ、クレイが心配することじゃ……」
「そ、そんなの、ダメだよ!俺、帰る!」
クレイは城に向かって駆け出した。