20
クレイは友人たちの元へ向かった。
魔界から帰ってきたら、お土産話をすると約束していたのだ。
しかし、やはり、話はクレイの転校の話になった。
「そんな怖いところやめとけよ!この村でいいじゃないか」
「そうだよ。ステア先生は良い先生なんだろう?魔法の勉強はここでやればいいよ!」
ローワンとミックは、クレイの魔界行きに反対だ。クレイが魔界の学校へ誘われていることは、既に村中の噂になっている。子供たちも知っていて、ほとんどの子供たちがクレイに「行くな!」「危ないよ」と言ってくる。
しかし、ジャックは違う。
「へえ、魔界って面白い所なんだなあ」
「獣人の赤ちゃんって見てみたいわ」
マーテルもだ。
ローワンとミックが、魔界の森の話に身を震わせる隣で、ジャックとマーテルは目を輝かせている。
「お前らおかしいよ!」
「おかしくないわよ!子供たちが集まる場所なのよ。危険だらけじゃないはずだわ。赤ちゃんまで来てるんだから」
マーテルの言葉に、ミック達は反論できない。
「で、でも……危ないよ」
「……それに、クレイが転校なんて嫌だよお……」
ローワンの声が湿り気を帯びる。
その言葉には、マーテルも暗い顔をした。
クレイもだ。
迷っている理由の内で、一番大きなものはソレだ。
友達と離れ離れになる。
しかも、行く先にはクレイと同じ人間の子供はいない。
「魔族の子供たちの中なんかに、入っていけないよ!クレイ、いじめられちゃうよ!」
「馬鹿言わないで。私達人間が、メーラ君を虐めた?」
ミックの発言を、マーテルがたしなめる。
「そ、それは……」
「そりゃあ、どんな子がいるかはわからないけど、種族が違うからって、簡単に差別されるなんて決めつけちゃダメ!私たちもしちゃダメなの!」
「……う、うん」
「それに、ちゃんとステア先生やマデアさんがいるわ。ケビンも一緒に行ってくれるなら、絶対にクレイの事を守ってくれるはず。ミルドレッド先生がメーラ君を守ってくれたわ。魔族にも絶対そういう人がいるはずよ」
「そんなのわかんないじゃないか!」
「わかる!人間にできて魔族にできない事は無いわ!だって、向こうの方が進んでるのよ。私たちは人間しか知らないじゃない。でも、魔族の学校は色んな種族が集まるんでしょう?種族同士で差別しあってるなら、学校なんてできないわよ」
マーテルの言葉に、子供たちの顔が明るくなった。
「そっか!そうだね!」
「そうだよ!」
クレイも気持ちが軽くなる。
初めての場所に緊張するのは、この村に来た時以来だ。学校へ初めて行く日の落ち着かない気持ちを、クレイは今も覚えている。
ミック、ローワン、ジャックの三人とは既に顔見知りだったが、それでも緊張した。怖いとも思った。
その時、ふと、気づいた。
(メーラはどうだったんだろう……)
メーラがこの村にやってきた当初、クレイとメーラの仲は険悪そのものだった。原因は主に、メーラにあったとクレイは思っているのだが、クレイはメーラのために子供たちとの仲を取り持つような事はしなかった。
むしろ、喧嘩腰だった。
(あ、あれ?メーラはどうやって他の子と仲良くなったんだっけ?ええと、野球チームの皆とすぐに仲良くなってたような気はするけど……)
「ねえ、メーラはどうやって友達を作ってたっけ?最初の頃」
クレイが聞くと、皆は笑いだした。
「メーラの場合は、参考にならねえよ」
「あいつは、なんていうか……特別?」
「そうねえ。人を引き寄せちゃう吸血鬼よね」
「?どういう意味?」
クレイがわからずに聞くと、ジェナが口を開いた。
「メーラって格好いいじゃない。それに、物怖じしない性格で、どんな子にもぐいぐい話しかけてくるし、おまけに野球のエース。勉強もできる。ついでに優しい所もあるしね。これでモテないはずないわ」
「格好いい?優しい?」
「そうよ。背は高いし、綺麗な顔立ちしてるし。他の子が困ってたら手伝ってくれるのよ」
「私もおばちゃんと苗運びしてるとき手伝ってくれたの。こんな重いもの二人だけで持つなよって言って、こっそり魔法使って運んでくれたのよ。うちのおばちゃん、メーラ君にメロメロよ」
マーテルがにやりと笑いながら言った。
「要はアレよ。この村で言うところの、ココ姉ちゃんね」
ココ姉ちゃんとは、この村一番の美人さんだ。ただ綺麗なだけではなく、とても良い人だ。彼女のいるところにはみんなが集まって来る。話し上手で、気さくで、鈴を転がすような笑い声を聞くと、皆が笑顔になる。
「えー……メーラがココ姉ちゃん?」
クレイの不満そうな声に、ジェナが笑う。
「まあ、ちょっとタイプは違うけどね。人を惹きつけちゃうって言う点では同じだと思うな。きっと、魔界の学校でも人気者になるんじゃない?」
「クレイ、魔界の学校行ったらメーラにくっついとけよ。そうすりゃ何とかなる」
「いや、まだ行くって決まってないし!」
「そうだよ!まだ決めてないんだよな?クレイ!」
ミックとローワンが慌てて割り込んでくる。
「お前ら、クレイがいなくなっても良いのかよ?」
「いなくなってほしいとは思ってねえよ。でも、魔法学校だぞ。そんなの、人間の世界じゃあ逆立ちしたって行けないじゃないか」
「そうよ。学費は高いし、コネが無いと入れないって言うし、しかも、学校か教会に行けなかったら魔法は禁止なのよ。今はこの村に見張りは来ないからいいけど、そのうち来るかもしれない。そうなったら、今度こそクレイとステア先生は出て行かなきゃいけないわ。そうなるくらいなら、ちゃんとした場所で勉強する方が良いに決まってる」
マーテルの指摘に、ミックとローワンの表情が強張る。クレイも初めてその事に気付いた。
人間の世界では、魔法の勉強は限られた人間にしか許可されていない。
ケビンにその話を聞いて、クレイは驚いたものだ。ステアも知らなかったらしい。(師匠はその話を聞いて「なんだ、その意味の分からない決まりは!」と怒っていた)
この村はもともと魔法から縁遠い場所であることもあって、クレイが魔法を勉強することに文句をつける人はいない。
しかし、いざ、国の偉い人にばれたら、きっとものすごく叱られるはずだ。
叱られるだけで済めばいいのだろうが……
「ここで魔法の勉強をするのには限界があるわ。クレイは魔界の学校に行くべきだと思う」
マーテルはそう言った。
「オレもそう思う。餅は餅屋って言うだろう?ちゃんとしたところで勉強するのはすごく良い事だ、と思う」
ジャックも言った。
「やだやだ!そんなのやだ!」
「クレイはここにいるんだ!この村で一緒に暮らすんだ!」
ミックとローワンはそう言って、クレイの腕をつかむ。
マーテルとジャック、ミックとローワンの視線がジェナに集まる。
「え?私?」
「ジェナはどう思うんだよ?」
「賛成?反対?」
「いや、私がどう言っても決めるのはクレイでしょう?」
「この場の多数決を取るの。どっちよ?」
ミックとマーテルに詰め寄られ、ジェナは「うーん……」とうなる。
「魔界に行くのは怖いわよ。絶対。でも、魔法の勉強の場所としてはすごく良いと思う。でも……個人的なこと言うと、行かないでほしい。ケビンもつれてっちゃうんでしょう?」
「おい、目的はケビンかよ?」
「ごめんン!でも、クレイが行くなら一緒に行くって言ってたんだもん!そんなの嫌よ!」
ジェナは叫ぶ。
「うーん……ジェナの場合、動機が不純ね。しょうがないこの場は引き分けってことにしましょう」
マーテルの言葉で、ミックとローワンはクレイから手を離した。