表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/77

19

 ろくろ首、火を吐く獣人、吸血鬼にオーガ。

 空を泳ぐ魚、見たことも無い果物、大きな花、草原の中で光りながら飛び回るのは虫ではなく妖精だった。

 「すごかったなあ……魔界って……」

 マーリークサークル見学から帰って来てから、クレイはぽつりとつぶやいた。

 見学できる場所はベーベクラスと、マデアが「庭」と呼ぶ広大な森の中だけだったが、それだけでも魔界が人間の住む場所と全く違う環境である事がわかった。

 パッパース村に帰って来て、いつも通りの景色にクレイはほっとしたものだ。

 犬は火を吐かないし、鳥は人間に近づくことなく空を飛んでいる。大きなくちばしを広げて、襲い掛かってくることは無い。

 木はや草は静かにその場に立っており、枝葉を振り回して攻撃してくることも無い。

 土の中から、いきなり何かが飛び出してくることも無い。(魔界で見たアレはたぶん、モグラだと思う。異様に爪が大きなモグラだ)

 学校見学と言うよりは、魔界見学だった。

 メーラの家に行った時よりも、もっとたくさんの魔界の生物を間近で見れた。

 「まあ、一年生では、魔法の勉強というよりも、魔界を知るということが学習課題なのだ。魔界に生息する生き物の数はとても多い。入学前の、魔界に住んでいる子供たちが知っているのはその一割といったところだ。将来、魔法とかかわることになれば、魔界全土の生き物と関わることになる。その時に注意すべき知識を身につけるのだ」

 ステアはそう言っていた。

 魔界に住む子供たちが一割を知っているとしたら、クレイはほぼゼロだ。

 (オレ、あそこに行くことになったら、勉強についていけるのかな……)  

 これまでステアが教えてくれたのは、火や水を使う魔法や、防御魔法、簡単な攻撃魔法だ。

 魔界の環境や生物に関する授業はほとんどなかった。半魚人を知っていたのは、ケビンが教えてくれたからだ。冒険者時代の話をしてくれた時に登場したのだ。

 マデアは、クレイの不安を取り除くと言ってくれたが、クレイの不安は大きくなるばかりだ。ベーベクラスでは、何故か赤ちゃんたちと一緒に歌を歌うことになった。知らない歌だったが、ピッティー先生が優しく教えてくれた。

 (でも、魔法に歌は関係ないじゃん!)

 ステアはクレイが歌う様子を満足そうに見ていたが、クレイは内心「?」という感じだった。

 メーラもピッティー先生に誘われて歌っていたが、明らかに詰まらなそうだった。

 見学に行って、何がわかったかと言うと、魔界がクレイの常識が全く及ばないところだ、ということだ。

 勉強はまだしも、あそこで生活もしなければならないと考えると、不安どころか恐怖すら沸いてくる。   

 しかし……

 クレイはこっそりと呪文を唱え、杖の先に火をつける。

 小さな火がぽっと灯る。

 (小さい……)

 魔界で同じ呪文をもって点けた火は、もっと大きかった。

 魔力の溢れる土地で使う魔法は、パッパース村で使う魔法よりも威力が大きくなると知識では知っていた。

 しかし、実際に体験してみると、クレイは感動した。

 パッパース村ではマッチに火をつけるのと変わらないくらいの大きさだった火が、魔界では薪を燃やすくらい大きな火になったのだ。

 操作魔法もそうだ。

 箒を楽に操ることができた。いつもなら、集中して呪文を唱えないと反応しない箒が、杖を振り上げただけで飛んで来た時は、驚いた。

 一瞬、ステアが手伝ってくれたのかと思ったほどだ。

 箒に乗って、今まで出せなかったスピードを出せた。

 今まで、必死に苦労していたことが、土地を変えるだけで、ああも簡単にできたのだ。

 (魔界って、すごい所なんだなあ……あそこで魔法を勉強できたら……)

 クレイは自分の胸が、興奮でドキドキしている事に気付いた。

 危険はあるが、魔法の魅力はそれを凌駕していた。

 魔力の無い土地で魔法を使う事が、どれだけ窮屈な事なのか、クレイは初めて理解できた。

 ステアもマデアもメーラも、魔界で魔法を使うときは生き生きとしていた。彼らが杖をふると、魔力が光の粒になって踊るのが見えた。

 魔力の溢れる魔界は、どこを見てもキラキラしていた。

 (あそこで、おもいっきり魔法を使ってみたい!)

 クレイの脳裏には、あの時結界破りをしていた魔法使いの男の子の姿が焼き付いていた。

 クレイよりも年上だが、明らかに子供だった。なのに、使う魔法はすごく強かった。

 魚を爆発させた魔法も、箒を操る魔法も、空に魔法陣を描いて発動しかけた魔法も、すごく大きくて、強くて……

 (とにかくすごかった!)

 自分もあんなふうになれるかもしれない。

 マーリークサークルで勉強することができれば……

 (でも、あの森は怖かった……寮はお城の中だって言ってたけど……)

 クレイはぶるりと身震いする。

 間近で見たマーリークサークルの城は、ものすごく大きくて、とても古かった。

 本当にここが学校なのか?と疑問に思うくらい、外観は汚れていて、なんだか暗い空気が立ち込めていた。

 (絶対にお化けがいる……)

 パッパース村の村はずれにある、無人のあばら小屋よりも怖かった。ミック達が、あの小屋には時々幽霊が出ると教えてくれた。ローワンは、一度誰もいないはずの小屋の中から、物音がして吃驚したと言っていた。

 マーリークサークルは、その小屋の比ではないほど、怖そうな雰囲気を醸し出していた。

 ベーベクラスはあんなに綺麗だったのに、どうしてお城の方はあんなに嫌な感じなんだろう?

 魔界で魔法を勉強するのはとても魅力的なのだが、その場所が二つの意味で怖い。

 パッパース村に帰って来てから、クレイはずっと悩んでいる。

 (行きたいけど、怖い)

 メーラはどう思っているのか聞いてみたいのだが、少なくとも、魔界生まれのメーラは森に棲む生物たちに対しては、平気なのだろう。お城についてはどうだろうか?

 (お化けがでそうで怖いって言ったら、笑われるかなあ?)

 こんなことは、メーラにもステアにも言えなかった。ケビンに相談してみようか?でも、魔界の事はあんまり知らないし……

 「おい、マデア先生が来るってよ」

 振り向くと、メーラが後ろに立っていた。

 「あ、うん……」

 「行くのか?マーリークサークル」

 「…………」

 クレイが答えられずにいると、メーラは不思議そうに首を傾げる。

 「何を迷ってんだ?魔界で魔法使って、楽しそうだったじゃねえか」

 「うん、まあ……」

 「ここじゃあ、魔法使うのがすっげー大変だって、わかっただろう?あっちだったら、もっと楽に色々できるんだよ。こんなしみったれた魔法なんかじゃなくてな」

 メーラが指の先に火をともす。

 その火は、とても小さい。

 「……魔界育ちのメーラにはわかんないよ」

 「あん?」

 「魔界は……怖いよ。オレ、あそこで生活できる自信が無い……」

 「…………」

 メーラは笑わずに聞いてくれた。

 「森の中の生き物は、危険で、知らない奴らばっかりで、一人じゃ絶対に歩けないし、学校の建物は……なんか怖そうだし……」

 「怖そう?建物が?」

 メーラが更に首をひねる。

 「う……だって、暗いし、古いし、どよんとしてるし、なんか近づきたくないし……」

 メーラはクレイの言葉を聞きながら、ますます首をひねる。

 クレイの感じている怖さが理解できないようだ。弱虫と思われていると思うと悔しいが、それでも、怖いものは怖い。

 「…………ああ!そうか!おい、ちょっと来い」

 メーラはそう言って、クレイの手を掴んで歩き出した。

 「え?なに?」

 「師匠の所に行く」

 メーラはそのまま、何も言わずにずんずん歩いて行った。

 家の中に入ると、ちょうどマデアが来ていた。ステアとケビンもいる。

 「おお、クレイ君。どうだ?気持ちは固まったか?」

 マデアは期待に満ちた瞳でクレイを見る。

 「あ、えっと……」

 「マデア先生、こいつ、学校の建物が怖いらしいです。本当の姿をみせてやってくれませんか?」

 「うむ?ああ、そうか!すまない、すっかり忘れていた!」

 マデアはそう言って、腰に下げていた巾着をあさりだした。

 「学校が怖いのか?どうして?」

 ステアが不思議そうに聞いてくる。

 「いや、怖いだろう。暗いし、古そうだし、絶対幽霊出るだろう、あの城」

 ケビンがクレイの気持ちを代弁してくれた。ケビンも同じように感じていた事を知り、ちょっと嬉しくなる。

 「暗くて、古い?」

 ステアはメーラと同じように首をひねる。

 やはり、魔族と人間の違いだろうか?感じ方に差があるのだろうか?

 しかし、すぐにステアはポンと両手を打ち合わせ、「しまった、忘れていた」と呟く。

 「マーリークサークルには魔法がかけられているのだ。無関係の者を中に入れないように、まるで廃墟のように見えるようになっている。あの学校に通う者や、通ったことのあるものには効かないがな」

 マデアがそう言って、大きな水晶玉を掲げた。短く呪文を唱えると、水晶玉の中に映像が浮き上がってきた。

 青い屋根、真っ白な壁。

 突き抜ける青空をバックに、美しい城の姿が映し出されていた。

 「これが、マーリークサークルの本来の姿だ」

 「え?これ!?」

 ケビンが驚きの声を上げる。

 映像が切り替わり、暗くて古くて、幽霊が出そうな廃墟のような城が現れる。

 「お前たちが見たのはこっちだな。これは幻惑だ。こっちが本当」

 再び、美しい城が現れた。

 確かに、造りは同じだ。しかし、受ける印象がまるで違う。

 「へえ、こんな風に見えてたんだ」

 メーラが水晶玉を見て、呟く。

 「まあ、確かに幽霊もいることはいるが……」

 「え!?いるの!?」

 「みんな気のいい奴らだ。悪い事はしてこないから気にするな」

 マデアがあっけらかんと、そう言った。

 「それで?どうだ?気持ちはかたまったか?」

 マデアは期待のこもった目で、クレイを見る。

 クレイは少し考えて、口を開いた。

 「まだ、迷ってます。ごめんなさい……」

 「そうか……いいのだ。よく考えてくれ」

 少し残念そうだったが、マデアはそう言ってくれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ