18
オレ達が案内されたのは、城の裏に建てられた離れのような建物だった。
ここは森から遠く、小さな湖と城に挟まれている。
(静かだな……)
魔界の森の騒がしさを知っているオレは、そう感じた。湖は透明度が高く、何かが泳いでいれば一発でわかるほど澄んでいる。
「ここがベーベクラスの教室だ」
「ベーベ?」
「赤ちゃんクラスだ」
ステアの説明にクレイは驚く。
「赤ちゃんも学校に通うの?」
「毎日じゃない。来れる時に親子一緒に来る。早めに魔法に慣れさせたい親や、将来マーリークサークルに入学させたいと思っている親が連れてくるんだ。あと、時々、赤ん坊の頃から魔法が使えて、危ない子も来る」
「危ないんですか?」
「遊び感覚で何でもするから、とても危険だ。そういう子を持つ親には、先達からのアドバイスがとても必要なのだ」
クレイとメーラはわかったような、わからないような顔をする。
オレはなんとなくわかった。
魔法は便利だが、使い方によってはとても危険だ。だからステアのように魔法使いの先生がいる。
これから魔法を覚えて行く子に、危険のない安全な魔法の使い方を教えるために。
危険は魔法を使う者に降りかかる事もあれば、周りにいる者に降りかかる事もある。
赤ん坊はまだ、それを理解できない。
親が見ている必要があるが、24時間完全監視などできようはずもない。魔界の赤ん坊が、どれくらいの魔法を扱えるのかはわからないが、物を動かす魔法を使えるだけでも厄介だ。刃物などに興味を示せば、怪我をするのは赤ん坊だけではない。
親だけでは安全は守れない。
誰かの助けが必要になるはずだ。
(そのためのベーベクラスか……)
マデアが扉をノックすると、どたどたという大きな足音が響いてきた。
思わずクレイとメーラを抱きかかえ、オレは後ろに下がる。
「大丈夫だよ、ケビン」
メーラが笑いを含んだ声で、そう言った。
扉が開くと、そこにかなり大柄な女性らしき魔物がいた。女性らしきと言うのは、ピンクの花柄のエプロンと、同じ柄のバンダナをつけているのを見て判断した。実際の性別はわからない。
なにせ、そこに立っていたのはオーガだったからだ。
「いらっしゃい、マデアさん。人間のお客様はどこ?あら!メーラちゃんじゃないの!久しぶりねえ!」
「……ピッティー先生、こんにちは」
「はい、こんにちは。ああ、大きくなったわねえ」
オーガののピッティー先生は、嬉しそうにメーラの顔を覗き込む。
ピッティー先生の声は、驚くほど高い。
いや、声だけ聴けば普通のキーなのだが、オーガの声音として聞くと、驚くほど高い。
(っていうか、オーガって喋れたんだ……)
そんな事を考えていたら、ピッティー先生と目が合った。
「あなたは人間ね?ということは……」
ピッティー先生の視線が、オレが右わきに抱えているクレイに向かう。
「あなたがクレイ君ね?」
「は、はい、クレイです」
オレはクレイとメーラを下す。
「私はピッティー。マーリークサークルのベーベクラス担当よ。ベーベクラスは、学校一安全な場所だから、何かあったらここに来なさいね」
「は、はい」
「ちゃんとお返事できて偉いわ。あ、子供扱いしちゃったかしら?人間の年齢ってよくわからなくて」
「人間の6歳は子供です。メーラよりは少し年下です」
ステアが説明すると、ピッティー先生はにっこりと微笑んだ。
「それじゃあ、まだまだ、私達の力が必要な子ね。嬉しいわ。わからないことは何でも聞いてね。さあ、お入りになって!」
ピッティー先生はそう言って、オレ達を中に招待してくれた。
ベーベクラスはパッパース村の公民館くらいの大きさだった。
内装はものすごく派手だった。ピンクの壁に明るい緑の床。天井には黄色と水色と白で水玉模様が描かれている。
赤いカーペットに紫色のソファー、部屋の隅には子供用のおもちゃらしきものが山になっている。
中には5組の親子がいて、当然ながら、全員魔界の住人だった。
(獣人に吸血鬼、ドワーフと……あとの二人ははなんだ?)
オレは失礼にならない程度に、5組の親子を観察する。しかし、向こうの方が興味津々でオレ達を凝視していた。
「人間?」
「ここに入学するんですって」
「人間は久しぶりに見るなあ」
正体がわからなかった人型の魔族の首が、突然伸びてこちらに近づいてきた。
「わあ!?」
クレイは飛び上がって驚き、ステアの後ろに隠れる。
「あら、驚かせちゃったかな?ごめんね」
ろくろ首の男性が、にっこりと微笑んでそう言うが、首が長く伸びた状態では謝罪になってない。親のいたずらを見た赤ちゃんまで首を伸ばしはじめた。
「クレイ、大丈夫だ。彼らは……おどかすのが好きで……怖くは無いから」
オレの説明に、クレイはそろそろとろくろ首を見る。
ろくろ首の男性はにっこりと笑って、顔を180度回転して、にやりと笑ってみせた。それを見たクレイは固まる。
「あんた、クレイを怖がらせて楽しんでるだろう?」
「すまないねえ。私たち、人間の子供を驚かせるのが大好きで」
男はそう言って笑うと、首を元に戻した。
男の膝の上で、赤ん坊がまだ、短くしか伸ばせない首を精いっぱい伸ばして笑っている。
獣人の赤ちゃんが、獣の姿で駆け寄って来た。赤銅色の毛並みの、犬に似ている魔物だ。母親の方は、同色のたっぷりとした長い髪をしている。
「その子、火を吐くから気を付けてね」
母親の言葉と同時に、小さな獣が火を吐いた。吐いたとは言っても、小さな小さな火だった。触れば火傷くらいはするだろうが、可愛いものだ。
「わ!わ!」
それにもクレイはびっくりだ。
クレイのびっくりが気に入ったのか、小さな獣は楽しそうにクレイに近づこうとする。
ステアを中心に、追いかけっこが始まってしまった。
「ほら、クレイ。逃げなくても大丈夫だ」
「で、でも……」
小さいながらに、立派な牙が生えている獣を見て、クレイは及び腰だ。
「大丈夫よ、これつけて」
ピッティー先生が竜の皮でできた手袋を持ってきてくれた。
「これで噛まれても、火を噴かれても大丈夫。さあ、挨拶してみて」
ピッティー先生にそう言われ、クレイは逃げるのを止め、その場に腰を下ろした。
ピッティー先生の腕から解放された小さな獣が駆け寄って来る。
思いっきり体当たりされ、クレイはよろけた。
「あ、あはは。可愛い」
顔を舐められ、体を擦りつけられ、ちょっと火も吐かれたが、小さな獣はそれほど怖いものではないとクレイはわかったらしい。
「名前はサーマンよ。私はジーラ」
獣人の女性がそう言った。
「この子の名前はタメコだよ。私はタケノリ」
ろくろ首の男性が言った。
後の三人もそれぞれ自己紹介してくれた。
「クレイです。人間です。よろしくお願いします」
「メーラです。吸血鬼です」
「私も吸血鬼、ステアです」
「オレは人間です。ケビンと言います」
魔族たちはオレ達を見て、にっこりと微笑んだ。
「ようこそ、魔界へ」




