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「…………俺は、この村にいたいんです」
クレイは膝の上で拳を握りしめてそう言った。
やっと、師匠やメーラ一家がこの村に受け入れられて安心して過ごせるようになった。これから、この村で沢山の魔法を勉強するのだと思っていた。魔法の勉強だけではない。学校に行けばミルドレッド先生に算数や社会を教えてもらえる。掃除や料理の事は村のおばちゃんたちが教えてくれる。農業はケビンが先生だ。村の野球チームだってある。もう少ししたら、牛のお産を見に来ないかと、ロビンさんに誘われてもいた。
クレイはそれを楽しみにしていた。
しかし、魔界の学校に行くとなると、それが全部できなくなってしまう。
「魔界の学校って、どこにあるの?」
ミックのお姉さんが聞いてくる。
「たぶん、すごく遠いところ」
以前、一度だけメーラの家に行ったことがある。箒で丸一日飛んだところだった。途中で不気味な森の湖の中に飛び込んだりして、はたして魔界がパッパース村と地続きにあるのかすら定かではない。
魔界とはそういう場所なのだ。
きっとすごく遠いに違いない。
「ここから通うのは無理よねえ?ってことは、クレイは引っ越すってこと?寮があるのかしら?」
マギーさんの言葉に、クレイの胸にもやもやとしたものが沸き起こる。
初めての場所は不安だ。
しかも、魔界の学校なんて、絶対に人間のクレイには不慣れな場所に違いない。
マデアの話を聞く限り、人間の生徒はクレイ一人。他の生徒は魔界に住む子供たちに違いない。
そんな場所で暮らすなんて、クレイには想像できなかった。
「うーん、確かに不安だな、それは……ただな……」
ジェロームさんが髭をなでる手を止め、クレイを見た。
「学校ってところはな、クレイ、勉強するには一番良い場所なんだよ」
ジェロームさんの目は真剣そのものだった。
「人間の魔法使いはすごく少ない。これは知っているな?」
「はい。聞いたことあります」
「何故かって言うと、魔法を勉強できるところが一か所しかないからだ。しかも、そこに入るにはべらぼうに高い授業料とコネがいる。金持ち専用の学校なんだよ」
ジェロームさんはクレイを見てため息をついた。
「俺はお前がこの村にきた時、魔法を使えるって聞いて、てっきり金持ちの息子が何かの事情で家を追い出されたのかと思ったんだ。スラムで死にかけてたって話は、ケビンとウォルバートン先生が考えた作り話かと思っていた」
「え!?」
「ここいらの常識じゃあ、魔法使いは高貴な生まれって事になってる。庶民には魔法は使えないってな。でも、そうじゃなかった。ケビンに聞いてみるまで、俺はそう思い込んでいたんだ。というか、思い込まされていたんだろうな」
ジェロームさんの言葉に、クレイは驚いてしまった。そんな常識があったなんて、知りもしなかったのだ。
「ケビン曰く、魔法使いは血筋ではなく、習得で成るもの。高貴な血筋に限定されるものではない、らしい。俺はそれを知らなかった。政府と魔法学校が、魔法の利益を独占するために、そんな嘘をばらまいていたとはまるで疑いもしなかったんだ。俺には使えないものと思いこんでいた。しかし、どうだい?スラム育ちのお前は吸血鬼と闘えるほどの魔法を使えた。うちのニーロにもその才能があるらしい」
ニーロとはミックのお兄さんで、クレイとは学校で一緒だ。なんどかステアの所で一緒に魔法の勉強もしている。
ニーロはつい先日、一瞬だけ物を浮かせることができた。
「人間の魔法使いがこの土地にやって来ることは無い。だから、俺は知らなかった。魔法があんなに便利で、畑や牛を育てるのにも役立つなんてな。人間は魔法を特別なものと見すぎていると思ったね。お偉方がガチガチに守りすぎて、使い道が限られちまったんだ。なのに、どうだい?吸血鬼たちはそれを簡単に俺達に教えてくれる。技術を隠して独占するんじゃなく、皆の利益になるようにしてくれる。人間のためにだぞ。本来は、人間の魔法使いがすべきことじゃないか」
ジェロームさんの言葉に、クレイは頷く。
メイヤーさんとタロルさんのおかげで、パッパース村の農家達の目は輝いているのだ。
「農業はお天道様次第だ。これはきっと未来も変わらねえ。でも、それを少しだけ楽にしてくれる力が魔法にはある。自然っていう大きな力には、対抗なんてできないって思っていたけど、そんなことは無いんだ。ほんの少しだけ自分たちを守ることができる。魔法はその力をくれる。こういう力がもっと早くから手に入れられていれば、今も生きていられた奴らが沢山いるんだ」
ジェロームさんは少しだけ遠い目をして、そう言った。
「俺達は知らなかった。ただそれだけなんだ。知っていさえすれば、風の噂を疑う知識さえあれば、何かを変えられたかもしれねえ。金持ちの言葉は、まず疑えってのが俺の信条だったんだがなあ……あいつらは「君たちのため」とか言いながら、後々自分たちの利益になることしかやらねえからな……」
ジェロームさんは、何かを思いだしているのか、鼻から息を吐いた。
「……何が言てえかっていうとだな、クレイ。学校ってところは大切な知識を教えてくれる場所なんだよ。知識に勝るものは無い。特にお前の師匠はそれを良く知っている。あいつがお前に学校を勧めるってことは、お前のためになる事なんだ」
ジェロームさんの言葉に、クレイは素直に頷いた。
師匠がクレイの事を考えてくれていることは、十分にわかっている。
しかし、それでも……
「まあ、しかし……魔界に行くってのは、ちょっと怖いよなあ……俺だって一人で行けって言われたら怖い。しかも、そこに住めって言われたらなあ……」
ジェロームさんは頭を掻きながら言った。
「だから、一度見学に行ってみたらどうだ?どういう場所かくらい、見せてくれるだろう」
ジェロームさんの言葉に、クレイは少しだけ視界が開けた気がした。
魔界の学校という場所を一度見ておくのは悪くない。もしかしたら、意外に近いかもしれない。野球をしに帰って来れるかもしれない。モーコのお産を手伝えるかもしれない。




