12
夕飯の支度をしていると、勝手口の扉が開き、クレイが駆け込んできた。
「おや、クレイ?どうしたの?」
マギーは突然のお客に驚き、包丁を置いて勝手口に駆け寄る。
クレイの様子がおかしかったので、もしかしたら、ケビンかステアが怪我でもしたのかと思ったのだ。
クレイは走って来たのか息を荒げ、今にも泣きそうな顔をしている。
「クレイ!どうしたの?」
マギーの声が聞こえたのか、ミックもキッチンにやって来た。
「俺、家出してきた!!一晩泊めてください!」
クレイはそう言って頭を下げた。
「え?」
「ええー!?家出!?」
ミックが素っ頓狂な声を上げ、それを聞いた他の子供たちがキッチンに集まって来る。マギーの旦那のダーパッドと、マギーの父親であるジェロームも集まって来た。
「家出だって?」
「クレイが?ケビンと喧嘩でもしたの?」
「お前、泣いてんのか?吸血鬼たちに何かむつかしいことでも言われたのか?」
ミックの兄や姉たちが、心配そうに声をかけている。
マギーはダーパッドとジェロームの顔を見る。二人はマギーにだけわかるように、頷いた。
「いいわよ、今夜一晩泊まりなさい。夕飯はまだでしょう?今、支度するから待っててね。ミック、ニーロ、あんたたちの部屋にもう一つ布団を用意しなさい」
「はーい!」
ミックとニーロは大喜びで自分たちの部屋に駆け込んでいった。どんな状況でも、誰かが家に泊まりに来るのは楽しいらしい。
クレイはほっとしたように肩の力を抜いた。たぶん、怒られて、家に帰れと言われると思っていたのだろう。これが、ローワンやジャックだったら夕食を食べさせて落ち着かせてから家に帰すのだが、クレイの場合はじっくり話を聞いてあげた方が良い気がする。
この子はもっと小さいころから親がおらず、今は子育て初心者の元冒険者と吸血鬼が親代わりなのだ。色々心配だ。
「さあて、タイミングが良かったわね。今夜はクレイの好きなひき肉とジャガイモのグラタンよ」
マギーはそう言って、この家で一番大きな耐熱容器を取り出す。
クレイの顔がぱあっと明るくなったのがわかった。
クレイは以前にもこの家に泊まりに来たことがある。その時ふるまったグラタンを食べて、「こんな美味しいもの初めて食べた!」とたいそう喜んだのだ。レシピを教えてほしいとお願いされ、マギーは何度かクレイにグラタンの手ほどきをした。
「俺も手伝います!」
クレイはそう言って、井戸に手を洗いに行った。
クレイが城を出て行き、オレ達は大慌てで探し始めた。
「おい!魔法で居場所わからねえのか?」
「かくれんぼの魔法を使っているらしい。ああくそ、教えるんじゃなかった!」
ステアはそう言って、あちこちに魔法の杖を振り回している。
クレイがステアに怒るなど、滅多に無い。オレに怒る事はよくあるのだが、それでも怒るときはきちんと怒っていることを言葉で伝えてくる。今回のように、無言で出て行くなんて初めてだ。
「村の中にいるだろうから、心配はないが……」
「何を言っている!クレイはまだ晩御飯を食べていないんだぞ!」
「一晩くらい食わなくったって平気だよ」
「ケビン君、ステアさん」
村の道の真ん中でオレとステアが言い合っていると、ミックの父親のダーパッドさんが近づいてきた。
声を落として「クレイ君はうちにいるよ」と教えてくれた。
「おお!ありがとう!ダーパッドさん!今迎えに行く……」
「いや、待って。今夜はうちにお泊りしたいって言っているから、そうしよう。クレイ君が家出するなんて言いだすのは初めてでしょう?」
「クレイが家出!?」
家出という単語に、ステアはショックを受けたようだ。
「……クレイの様子どうでした?怒ってました?」
オレが聞くと、「今にも泣きそうだったねえ」とダーパッドさんは苦笑する。
「どうして家出なのだ!?クレイは何をそんなに怒っている!?」
ステアはオレに聞いてくる。
「理由はわからないの?」
ダーパッドさんがオレたち二人の顔を見る。
「うーん……心当たりはあるけど……」
「なんだ!?教えろ!私にはさっぱりわからん!」
ステアがオレの肩をつかんで、揺さぶって来る。
「オレもはっきりとはわからないから……ダーパッドさん、それとなく聞きだしてくれねえ?」
「いいですよ。今夜は迎えに来ちゃダメですよ。クレイ君は賢いから、一晩で落ち着くはずです。良いですね?ステアさん。魔法でこっそり来ちゃダメですよ」
「む……ダメか?」
「駄目です。師匠と言えど、親代わりと言えど、盗み聞きはダメです。特に子供が家出した時はね」
ダーパッドさんはそう言ってにっこりと微笑むと、家に帰っていった。