11
魔界の学校の話なんて、今日初めて聞いたんだろうし、たぶん、こいつはこの村で、ステアと勉強するって思っていたはずだ。
そして、なによりも……
「なあ、一つ聞きたいんだが、あんたたち吸血鬼のお偉方は、クレイを人間の魔法使いとの橋渡しにしたいのか?」
オレの質問に、マデアが薄く微笑む。
「そうだ、と言ったら怒るか?」
「怒りはしねえよ。ただ、こいつはまだ、5歳……もう6歳か……だってことを考えろよ」
オレは腹に力を入れて、マデアを正面から見る。
これについては、言っておかなければならない。
教育の恐ろしい所は、しばしば、教育者はその教えを使って、学生を自分の都合のいい方へと誘導する事だと思っている。
その最たるものが、宗教ではないだろうか?
教えを乞う者にとって、都合のいい未来や思想を与え、それを実現させるために自分の手助けをしろと教え込むのだ。
もちろん、人を助けたいと本気で取り組んでいる教育者や宗教関係者たちもいる。ステアもその一人だと思う。
しかし、マデアは違うだろう。
彼女がクレイに手を差し出す理由は、特にないはずだ。クレイはただの魔法をかじった人間の子供。ステアという吸血鬼仲間の弟子であるとはいえ、ただの人間なのだから。
「クレイは人間の世界で育ったとはいえ、人間の魔法使いの事はまるで知らない。これから、お前たちから教えられる知識を信じ込ませれば、きっと、将来、魔族びいきの良い味方になってくれるだろう。だが、そんなふうにクレイを利用しようとしているんなら、オレは黙っちゃいないぞ」
オレの言葉に、吸血鬼たちの空気が硬くなった。
「言っておくが、オレは人間の魔法使いの味方ってわけじゃない。魔法学校と政府がしでかしたことは理解しているつもりだ。人と魔族の命を危険にさらした。それは止めなくちゃならない。でも、それとこれとは別問題だ。魔法学校は教育の場だろう?クレイに偏った知識を教え込んでほしくない。魔族の魔法使いと人間の魔法使い両方を見て、自分でどうするか判断できるようになってほしい」
オレの言葉を最後まで聞いたマデアは、にっこりと微笑んだ。
今まで見た中で、一番感情のこもった笑顔だった。目じりが下がって、少し子供っぽくなった気がする。
嫌な気分を与えてしまうと覚悟していたオレにとっては、驚きの反応だった。
「君は良い父親だ」
「いや、父親じゃないんだが……」
「安心してくれ。我々はクレイを人間の敵に育てるつもりはない。かといって、魔族の味方にするつもりもない」
マデアはクレイを見て微笑む。
「我々は魔法使いを育てたいのだ。我々の失敗と成功を教え、魔法という下手をすれば誰かの命を奪いかねない力を、自分で操作できる存在に。できる事なら、人間の魔法使いたちとも和解したい。ただ、それをするかしないかは、クレイ次第だ」
マデアはメーラを見る。
「そして、メーラ。ここ300年、我々は人間からかなり距離を取って過ごしてきた。幼い時期から、人間と共に生活している吸血鬼はお前くらいだろう。メイヤーとタロルはこれからもここで生活するつもりだろうし、メーラには人間の生活を知る吸血鬼として、これからも生きてほしい。そして、学校で魔法を勉強し、二つの世界をより深く理解する存在になって欲しいのだ」
マデアは立ち上がり、その場の全員を見回した。
「私の望みは人間の魔法使いとの和解だ。だが、正直、その方法がわからない。そこで、二つの世界を知る者が必要なのだ。もしかしたら、和解に持ち込んでくれるかもしれないし、逆に対立が深まるかもしれない。それはやってみないとわからない。私がお前たちを学校に誘うのには、そういう思惑もある」
マデアはオレを見た。
「その通り、私は親切心や、教育魂だけでクレイの入学を勧めているわけではない。思惑がある。しかし、クレイとメーラには魔法を勉強してほしい。より詳しく、危険な事も、素晴らしい所も知って欲しい。それを知れる一番の場所は、マーリークサークルだ」
「…………」
オレはクレイとメーラを見た。
メーラは驚いた様子もなく、平然としている。彼にとってはマーリークサークルに入学することは、驚くことではないのだろう。
しかし、クレイは……クレイは怒っていた。
眉を寄せ、唇を引き結び、顔を真っ赤にしている。
「く、クレイ?」
クレイの様子に気付いたステアが声をかけると、クレイはステアをきっと睨みつけ、無言で城を出て行った。