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 一番鳥の囀りで、クレイは目を覚ました。

 目を開けると、部屋の中はまだ暗い。しかし、カーテンのかかった窓の方を見ると、うっすらと光が差し込んでいた。

 「朝だ!」

 思わず声に出していた。

 呟くと同時に跳ね起きる。

 昨夜から用意していた服に着替え、ベッドを軽く整えてから部屋を出る。

 できるだけ足音を消しながら廊下を歩き、裏庭へ出る扉を開ける。

 少しひんやりとした空気を感じたが、もう寒くは無い。

 季節は冬から春に移ろうとしている。

 日の出の時間が早くなり、気温もだんだんと上がってきている。風が冷たくなくなり、いつの間にか湯たんぽを使わなくてもよくなった。

 鳥が朝早くから甲高い声で鳴きだし、地面に生える草の色が変わってきた。

 (寒くないって、良いなあ……)

 クレイは裏庭を駆けながら思う。

 スラムにいた頃も、日差しが温かくなるといつもそう思っていた。寒くて震えているしかない季節は嫌だった。仲間と引っ付きあい、ほのかな温もりを掴み取ろうと歯を食いしばるしかなかった。

 焚火もお湯も、クレイたちにはなかなか手に入らないものだった。

 冬なんか来ずに、一生春や夏のままならいいのにと、何度も願った。

 (でも、それじゃあ駄目なんだよな……冬が無いと、あれは育たない)

 クレイは目的の場所にたどり着いた。

 裏庭の一角に、畑を作ったのだ。

 ケビンの畑を見に行った時から、ずっと自分の畑が欲しかった。この城の持ち主であるステアに、裏庭の一部を使っていいと言われたときは、嬉しかった。

 ただ、作っているのは野菜ではない。

 魔法で使う植物を作っている。

 これから勉強する魔法で使うものだから、育ててみてはどうか?とステアに言われたのだ。少し迷ったが、野菜の育て方は、ケビンの畑を手伝えば覚えられる。ケビンも教えてくれると約束してくれたので、クレイは育てるものを変えた。

 小さな畑に植えたのは、十日草と呼ばれるもので、その名の通り、種を植えると。十日も経てば花が咲く花だ。魔法では、この花弁を使う。

 種を植えて、今日で十日目。

 昨日畑を見た時は、薄い赤色のつぼみが丸く膨らんでいた。明日の朝には花が咲くぞと、ステアが教えてくれたのだ。昨夜はワクワクして眠れなかった。

 クレイが耕した小さな畑には、大きくなった十日草が、空を見上げるようにして立っていた。まだ、花は開いていない。

 (まだだったのかな……)

 十日草は朝早くに開花する。

 十日できっかり咲くわけではない事はわかっていたが、クレイはちょっと残念に思い、肩を落とす。

 しかし、ふっくらとした蕾をみて、満足を覚える。

 自分で土を耕し、初めて種を植えた。

 この種はメーラの父親のタロルさんからもらったものだ。

 十日草は冬の間は芽が出ない。冬の間は寒い場所で保管し、春先になってから植えるのだ。

 十日で花が咲き、新しい種ができる。しかし、この種は一冬を過ごさないと、土に植えても芽を出してくれない。植物にはそういう性質のものがあるらしい。

 「寒いうちに、ゆっくりと大きくなる準備をしているんだろうね。人間もそうだろう?母親のお腹の中で、少しだけ大きくなってから外に出てくるんだ」

 タロルからそう教わった。

 クレイは納得し、ひと冬を過ごした種を手に取った。小さな小さな種だったが、一冬使って、じっくりと力を蓄えてきたものなのだと考えると、その重みを感じた気がした。

 その小さな種は土の養分と水を栄養にして、ここまで育ってくれた。クレイにとってはそれだけで大満足だった。開花の時なんていくらでも待てる。

 そんな事を考えていたら、お日様が昇り、裏庭に強い光が差してきた。

 近くの木に集まっていた鳥たちが一斉に飛び立つ。村の方から鶏の鳴き声も聞こえてきた。

 (今日の朝ごはんは何にしようかな……卵とキノコがあるから……)

 空を旋回する鳥たちを見ながら、クレイは今日一日の計画を立てる。

 朝ごはんを食べて、学校に行って、お昼から魔法の勉強をして、村の子供たちが自由時間になったらメーラと一緒に野球の練習をして……

 やりたことが一杯だ。

 魔法の勉強も、野球も、家の事も、畑も。

 自分が生きていくために。

 一人でも生きていけるように、沢山の事を身につけたい。

 ふと、十日草が動いた気がして目をやると、ふっくらとして丸かった蕾に亀裂が入っていた。

 「!」

 じっと見ていると、蕾は微かに震え、少しだけ開いた。中から赤い花びらが顔を出す。

 「!!」

 息を殺して見つめていると、その隣の十日草も震えだす。

 「……さ、咲いた……」

 日の光を受けて目を覚ましたように、十日草が開花した。


    

 咲いたばかりの十日草を、鉢に植え替えて学校に持って行った。

 「見て!咲いたんだ!」

 友人たちにそう言って見せて回ると、皆、小さな赤い花を見て、顔をほころばせた。

 「良かったね」

 「可愛い花ね」

 「今朝咲いたの?」

 「へえ、初めて見る花だ」

 友人たちが口々に鉢の中の花を褒めてくれるので、クレイは誇らしい気持ちでいっぱいになる。

 「ったく、まだ言ってんのかよ……」

 メーラだけはうんざりした顔だった。

 今朝早くから、クレイが「花が咲いた花が咲いた」と大騒ぎしたせいで、寝不足気味らしい。  

 「だって、見てよ!こんなに綺麗に咲いたんだよ」

 メーラの不機嫌な顔も声も気にならず、クレイは十日草をメーラに見せつける。

 「そんなの、種植えておけば勝手に咲くんだよ」

 「そんな事ないよ。タロルさんがちゃんと世話しないと、綺麗に咲かないって言ってたもん」

 「…………」

 タロルだけではなく、クレイとメーラの師匠であるステアも、今朝同じことを言ってクレイを褒めてくれた。

 十日草は、咲くのは早いが、世話の良しあしで花の色や花びらの大きさがかなり違ってくる。

 野生の十日草をみると、栄養のある地面とそうでない地面では、育ち方がまるで違うらしい。なので、栄養の落差の激しい地続きの土地では、まるで、違う種類の花の群生がくっついて育っているように見える。実際に、昔はそう考えられていたそうだ。

 「初めて自分で種から育てるのって、ドキドキするよねえ」

 ジェナが花を見て、微笑みながら言った。

 「私、初めて種を蒔いた時、半分しか芽が出てこなかった」

 「私、今年はチューリップを植えるのよ」

 「オレはカボチャ。自分で育てて売るんだ」

 この村のほとんど全員が、大きさは違えど畑を持っている。商店を経営している家庭でも、家の裏に小さな畑があったり、鶏を飼っていたりするものだ。

 子供たちも全員が農作業経験者で、大人たちを手伝い、食べるため、売るための野菜を育てている。

 彼らはクレイの先輩だ。農作業未経験者のクレイは、彼らにあれこれと質問して、農作業の技術を身につけている。

 ケビンとは違い、子供目線でのアドヴァイスをくれるので、とても助かる。

 「みなさーん、おはようございまーす」

 「おはよー。みんな」

 元気なあいさつで教室に入って来たのは、この村の子供たちの先生であるミルドレッド先生と、メーラの母親であるメイヤーだった。二人とも、お日様のように輝く笑顔で子供たちを見ている。

 「おはようございます!」

 子供たちも元気よく挨拶する。

 「先生!クレイの花、見た?」

 「俺、こんな花初めて見たよ!」

 「都会では売られてるのかな?」

 大騒ぎ集団、ジャック、ミック、ローワンがクレイの花を横取りして、先生に見せる。

 三人とも、ミルドレッド先生とメイヤー先生が大好きなのだ。

 「まあ、私も初めて見るわ。可愛らしい花ね」

 ミルドレッド先生は、鉢の中の十日草を見て、顔をほころばせる。

 「へえ、やっぱり、珍しいんだ。売りに行けば、結構儲かるんじゃないか?」

 シメオンが隣いたマーテルにそう話しかける。

 「そうね。ミルドレッド先生が見たことないって事は、お金持ちのマダムたちにとっても珍しいんじゃない?今度行商のおじさんが来たら見せてみようかしら」

 マーテルも思案顔でそんな事を言っている。

 マーテルの家は花農家なのだ。季節の花を育て、売りに出している。得意客の多くは、お金持ちの家の女性たちだ。

 「まあ、十日草は初めて?それじゃあ、今日は私たちの世界の植物についてお話ししましょう」

 メイヤーさんが、楽しげな顔でそう言った。

 今日は、メイヤーさんも授業をすることになっている。

 メーラ一家がこの村に引っ越してきて、一番変わったのが、この小学校だ。

 メイヤーとタロルが先生として加わり、時々ステアも教えに来たり、教わりに来たりする。

 メイヤー達が教えてくれるのは、主に人間が「魔獣」と呼んでいる生き物がいる世界についてだ。

 クレイが暮らしているパッパース村のある土地は、魔法には縁が無い土地だ。他の土地では、よく出没する魔力を持った獣や植物は、ここではほぼ見られない。

 しかし、いないわけではない。

 魔力をつかうか使わないかで、獣も植物もその姿を変える。特に植物はその変化が顕著に現れる。その代表ともいえるものが、十日草だ。

 パッパース村の森にも、春になると、十日草はあちこちに咲いている。しかし、その姿かたちは、クレイが育てたようなものとは似ても似つかないものなのだ。花弁の色は薄い水色で、花自体小さく、しなっとした印象の花だ。どこにでも生える花なので、花屋からは見向きもされない雑草扱いだ。

 「でも、すこーしだけ魔力を使って育ててあげると、こんなに可愛らしい花になってくれるんですよ」

 メイヤー先生の授業に、花農家の子供たちは食いついた。これは彼らにとってのチャンスだ。

 金持ちは常に新しいものを求めている。

 海外から珍しい花の種を持ち帰って来ては、それを自国で育ててみようとする花農家は多い。美しく、見た目の良い、新しい花が栽培可能となれば、新しいもの好きの金持ちたちが、こぞって大金を出し、その花を買いに来るからだ。

 植物ばかりではない。獣の中にも、魔力を使える種がいる。

 鳥の中には、魔力を使う事で、自らの姿や歌声をより美しくする種がある。これは主にオスに強く見られる傾向がある。

 美しい鳥や歌声の素晴らしい鳥もまた、金持ちの大好物だ。ただ、気をつけなければならないのは、魔力を使える獣は、知能が高く、攻撃力も強い。簡単には捕まらないし、ただの檻では破られてしまう。彼を愛玩動物として飼育するには魔法使いの技術が必要となる。

 (魔法って、使い方を知らなかった時は、自分には関係ないって思ってたけど、使い方を知ると、可能性が広がるんだなあ……)

 クレイはメイヤー先生の話を聞きながら、周りの子供たちの反応を見て、そう思った。

 少し前まではクレイが魔法を勉強していることを「へー、そうなんだー」くらいにしか感じていなかった子供たちだが、自分たちにも利用方法があるとわかると、俄然勉強に身が入るようになっていた。

 一度は挫折しかけたステアの難しい話も、もう一度聞きたいという子供たちが現れ、ステアは大喜びしている。子供たちだけではない。小学校を卒業した農家の後継ぎである若者や、子供たちの親も、魔法の利用法を子供の口から聞き、話を聞きに来たりするようになった。

 メイヤー先生もタロル先生も、「人間の農家が使う魔法」という新しいジャンルの研究を開拓するのが面白いらしく、畑や厩舎に出向いて行っては、何かできないかと村の人たちと話し込んでいる。

 もう、この村に、吸血鬼たちへの恐怖は無い。

 文化の違いからくる、すれ違いは沢山あるが、そこはステアやケビンが間に立って解決策を見出してくれる。村の人々も、とても協力的だ。

 これから、ずっとこの村で、こんなに良い人たちに囲まれて、沢山の勉強ができる未来を思うと、クレイはいつも嬉しくなる。

 (ずっとここにいたい。師匠とケビンと、ローワン達と、ジェナたちと。メーラもまあ……いてもいいかな……それで、魔法の勉強して、「永遠の炎」を作れるようになって……)

 クレイはやりたいことを思い浮かべ、にっこりと微笑んだ。

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