病名
おすすめ大感謝祭。
「その方について、なにか?」
「この病院にカルテは残っていますか?」
「そこまでは確認してみないと分かりませんが……五年は保管されるはずなので、こんな短期間で無くなっているということもないかと」
「直接確認させていただいても?」
「それは、流石に院長に聞いてみない事には……」
それを聞いた刀香は僅かに眉を顰めると、少し何かを考えているようだった。けれどその葛藤もすぐに終わり、おもむろに懐から何かを取り出すと、それを片桐さんに手渡した。
「申し遅れましたが、私は刀香と言います。この名刺を見せれば事後承諾でも院長には納得いただけるかと」
「な、なるほど、そういうことでしたら……少し失礼します」
片桐さんが退室していく。ピシャっとドアの閉まる音がして、刀香と二人っきりになった。そこで僕ははっとなって、慌てて小声て言う。
「な、名乗ったのってまずかったんじゃ……」
「…………」
「うぷし……」
刀香の顔を見上げながらそう言うと、無言でフード越しに頭をぐわしぐわしと撫でられた。違うそうじゃない。
ここで名前を出してしまうと、青崎所長に気付かれる可能性が大幅に上がってしまうのではと思ったのだけれど、そんなこんなで流されてしまう。あとでもう一回聞こうと心に決めつつ、僕は刀香の手を首の力で振り払った。
暫くして、廊下からまた足音がして、片桐さんがドアを開け戻ってきた。両手で抱えるようにして持っているファイルがカルテなのだろう。足早に僕たちの前へ座ると、テーブルにそれを開いた。
「ええと、桐生×××様……こちらになります」
相変わらず自分の名前には実感がわかないのだけれど、記憶上の記号として一致はしている。開いたページのまま逆さにしてこちらの前に差し出されたそれを刀香が受け取って読み始めたから、僕も横目に確認した。
魔素過剰症候群。一番最初に目に留まった病名の部分にはそう書かれていたのだけれど、僕はあれっと心の中で呟いた。入院していた時に伝えられていた病名は、そんなのだったかなと。
正直具体的な名前までは憶えていなかったけれど、もっと長くてややこしい名前だったはず。刀香に言われた通り、それをおかしいと思ったことリストとして空想のメモ帳に書き込んでおいた。
その後にも当然色々書き込んではあるのだけれど、然程重要な情報が載っているようには思えない。けれど入院していた期間が期間なので量自体は結構多く、全てに目を通すにはそれなりに時間がかかった。
「……はい、確認しました。お返ししますね」
僕が読み終わってから一分後くらい経ち、刀香も読み終わったのかカルテを閉じた。向きを戻し相手に返すと、ふう、と一息ついて顔を上げる。
ずっと待たせてしまっていた片桐さんが恭しくそれを受け取った。色々とこの人には苦労を掛けちゃったなぁと思っていると、刀香が軽い調子で口を開く。
「では、最後の質問です……私の勘違いでしたら、申し訳ないのですか」
そこで僅かに首を動かし、窓の外に視線を向ける。何かあるのかと僕も向けるけれど、そこには病院最上階の景色しかなかった。
「この病院、最下層は一階ですよね?」
「えぇ、そうですけれど……何か?」
「そして最上階はこの階」
「は、はい」
「そうですか」
刀香が立ち上がる。質問が終わったと思っていなかった僕はびっくりして、慌てて立ち上がる。それは片桐さんもそうだったようで、目を丸くして驚いていた。
「ではこれで失礼します。ご協力頂きありがとうございました」
「え、ええ!お気をつけてお帰り下さい!」
片桐さんが我に返って立ち上がるのをよそに、刀香はもうドアへと向かっていた。僕はそれを気にしつつも、さっさと退室していく刀香に置いて行かれそうになり、焦りながらその背を追った。
部屋を出てふうっと溜息をつくと、部屋のすぐ前でずっと待機していた警備さんと目が合いびくっと背筋を立てる。そんな僕の奇行は表面上はあまり出ていなかったのか、警備さんはさっさと視線を刀香に戻していく。
「お見送りさせていただきます」
「結構です」
「そ、そうですか」
警備さんのそんな一言も両断してエレベーターに乗り込む。僕は頭を下げたくなる衝動を抑えつつも、顔色が出ないマスク姿で良かったと思いながら続いて乗り込んだ。
ガタン、と扉が閉まってエレベーターが動き出す。僕は来た時と同じように階層表示を見ていたのだけれど、やっぱりこの病院には地下の表示は無かった。
駐車場に出て、ここに着いた時からずっと張り詰めていた精神を緩ませる。けれど周囲にまだ人の目はあるから、姿勢は崩さないように気を付けた。
「刀香、このあとはどうするの?」
「幾つか落ち着いて話したいこともありますし、一度基地に戻ろうかと」
「了解です……あの、名前出してたことだけど」
「それも後で話しましょう……不安ですか?」
「……少しだけ」
一瞬だけ強がろうとする心が出てきたけれど、色々と思うところもあって、素直にそう答える。刀香は困ったような、優しいような、そんな曖昧な笑みを浮かべると、柔らかい口調で言った。
「戻ったら何か甘いものでも食べましょう。基地内にはそういうお店もありますから」
「え、あるの?」
「ありますよ、何故か。私としては助かりますけれど」
そこで装甲車に着いて、一緒に乗り込む。すぐに外の光景は動き出し、僕は少しだけ勇気を出して自分が入院していた部屋の辺りを見た。けれど正確な位置に当たりを付ける前に、装甲車は次の角を曲がってしまった。
一段落。




