生まれ変わっても私の女神
陽の光にあたれば、それはまるで天使の様に、やわらかく光輝く白銀の髪。
陶器の様に滑らかに透き通る白い肌に、美しく輝くサファイアの色をした瞳は大きく、少し垂れ下がり優しく愛らしい。
頬にはうっすら桃色が差し、形のよい唇はりんごの様に紅く、その声は鈴の音の様。
歩く姿は軽やかで、小柄な彼女が視線を合わせようと見上げて微笑めば恋に落ちない男はいない。
しかし、彼女は驕ることなく、誰にでも優しく平等に。決して曲がった事はしない。
そう、彼女は完璧だった。
天使か、または女神に違いないと評判だった。
そんな彼女もある日運命の恋に落ちる。
鍛え上げられた逞しい体躯。
太陽の様に明るい金の髪にまるで海の様な美しい青い瞳は力強く、日焼けした肌に笑顔が良く似合う爽やかな青年。
彼は隣国の騎士だった。
出会いは省くが、二人は瞬く間に恋に落ちる。
それはもう燃え上がる。
消火不可能なほど激しく燃え上がった恋だが、なんと隣国とは戦の最中であった。
二人は全てを捨て遠い地へ逃げることにした。
しかし、それは阻まれてしまう。
敵国の男に女神を奪われてなるものか、と。
必死に逃げたが捕まるのは時間の問題に思われた。
二人は来世を誓い合い、抱き合ったまま湖の底へと沈んで行った。
来世では必ず平和な世に生まれましょう。
どんな姿になっていても、かならず貴女を探しだす。
それは遠い遠い昔のお話。
昔話を語り、ふと我が子を見て母はぎょっとした。
あまりにも静かなので、すっかり寝入っていると思っていた末の子は瞳から溢れんばかりの涙を流し、歯を食い縛るかのごとく静かに泣いていたのだ。
「どうしたの!?」
「...かなしくて......」
ぽつりとそう言い、泣く我が子を抱きしめる母は思った。
なんて心優しい子なのだろうかと。
この子は幸せになるに違いない、と優しくし我が子を撫でる母は幸せだった。
子の名前はアリステア。
代々騎士の家系で三人兄弟の末っ子である。
彼の家系は騎士には素晴らしい体質をしていた。勿論、アリステアにも存分に遺伝している。筋肉がつきやすく、身体が大きくなりやすいのだ。彼の一族は皆大きく、筋骨粒々である。皮膚も強く、日焼けして赤くヒリヒリするなんて事は全くない。日にあたれば化学反応の如く即、黒くなる。
彼の一族は皆黒光りだ。
何故だか母まで黒光りだ。
彼の一族は体毛も濃く、それはそれは凛々しい眉毛をしている。例え額を切られてもその血が目に入る事はないだろう。
確実に立派な眉毛が阻むはずだ。
彼の一族は目付きも鋭い。
つまり威圧感たっぷりなワイルド感溢れるファミリーだ。
アリステアはそんな一族の血を受け継ぎ、黒く逞しい身体をしていた。
鋭い目付きは子供ながらにも男らしさを醸し出している。
母が寝物語に語った昔話を聞いて、アリステアは心臓が抉られるような思いをした。
あの話は自分の事だと。
そう、母の語った話は昔の実話で女神と騎士は実在していた。
彼は約束通り平和になったこの世に生まれかわったのだ。
残念ながら、昔と見た目は遥かに違うようだが。
そもそも女神の美しさを称える描写がおかしいのではないだろうか。
たしかに彼女は美しかっただろうが、まあ人間だ。
対して隣国の騎士の描写、少ないな...
アリステアは前世を思い出した事により、意識が前世にひっぱられてしまった。
つまり、今の姿がものすごく違和感満載なのだ。
鏡で見れば見るほど悲しくなってくる。
語られる程に美しくはなかった気はするが、間違ってもこんなにゴツくて黒くはなかった。
アリステアは戦慄した。
このまま大人になったらどうなるのかと。
父や兄の様に筋肉だるまになるのではないだろうか。
そんな姿で自分に気づいてもらえるのだろうか。
それより彼は男でも愛してくれるのだろうか。
そう、アリステアは女神と呼ばれた彼女の生まれ変わりであった。
それから数年の時が経ち、アリステアは青年となっていた。
彼は努力した。
せめて少しでも前世の面影を出せるようにと。
しかし、彼の遺伝子は強力だった。
普通に生活するだけでも何故か筋肉がつくのだ。
鍛えてなどいないのに、父の部下に羨ましがられる程に彼は筋肉モリモリだった。
また、なるべく黒くならないよう引きこもりのような生活を心がけていたにもかかわらず、少しでも陽にあたると、それはそれは健康的なこんがり小麦肌になった。
ちなみに、どんなに陽にあたらなくても白くなることはないと気づいたのは最近だった。
陽にあたると更に即黒くなるのだが、そもそも彼は地黒だったのだ。
陽にあたらない効果は少し色が薄くなる程度だった。
彼はムダ毛のお手入れも入念に行っていた。
前世の乙女心が、この全身のフサフサを許せないのだ。
しかし、お手入れをしてもしてもまるでいたちごっこのように、次の日にはフサフサと彼の肌を守るのだ。
すさまじい防御力、再生力である。
そんな彼の姿を見て、彼の両親は彼に協力的だった。
立派な跡継ぎもいるし、一人くらい騎士にならなくても問題ない。
世間からおかしな子だと言われようが関係ない。
末の子は心優しく、曲がったことは大嫌いな正義感の強い良い子なのだから。
ただ少し、心が乙女なだけで...
ちょっとだけ、服装が似合わないだけで。
いつか、この子の良さを分かってくれる御令嬢がきっと、たぶん、いつかはどこかにいるに違いないはず...と。
両親は優しくアリステアを見守り続けた。
そしてついに運命の日は訪れる。
アリステアの家は代々騎士をしているが、実は子爵家でもある。
そう、彼は遂に夜会に出席することになったのだ。
いままで殆ど公の場に出た事のなかったアリステア。
彼は迷っていた。
本来ならば、男性用の衣装を着なくてはいけないだろう。
しかし彼の乙女心はドレスを求めるのだ。
両親は好きな服を着ると良いと言ってくれた。
ならばドレスを着たい。
母が自分の中の為に作ってくれた特注 (サイズ)のドレスを...!
けれでも、どう頑張っても御令嬢に見えない事は分かっていた。
もっと中性的だったならばと何度思ったことか。
なぜ自分はこんなにもゴツいのか。
逞しいのか。
黒いのか。
ワイルドすぎるこの風貌でドレスを着こなす。
確実に笑い者だろう。
自分はいい。
しかし家族まで笑われるのは耐えられない。
彼は泣く泣く男性用の衣装を手に取った。
だが、その手は母によって止められる。
「あなたの着たい服を着なさいと言ったはずよ。あなたのお気に入りのドレスはそれではないわね。」
アリステアは涙した。
こんな姿になってしまったと悲観する事も多かったが、この家に生まれてこれて本当によかったと。
こうして、アリステアは嘗てないほど気合いを入れてドレスに身を包んだのだった。
馬車から降りるとアリステアは注目の的だった。
誰もが足を止め、振り返り彼を見た。
なんなら二度見した。
しかし、あまりにも堂々としたその勇ましい姿に陰口を叩くものは一人もいなかった。
皆が圧倒されていた。
会場に入ると、モーゼの海の如く人の波が引いた。
皆が彼を見る。
今夜の主役は間違いなくアリステアだろう。
誰も彼もがアリステアに釘付けなのだ。
しかし、そのアリステアの目もまた一人の女性に奪われていた。
人の波が引いたその先にいたその女性は小柄で色白だった。
色白というか、青白く大層華奢であった。
大きな目は見開かれ驚くようにこちらを見ている。
彼女は病弱で、めったに人前にでないといわれるこの国の第二王女だった。
王女はアリステアとは逆に男性用の衣装を身に付けていた。
女性というよりは少年のようである。
二人はヨタヨタとお互いの方へ近づいていく。
何事かと、周りは皆息を潜め見守っていた。
モーゼの海の真ん中で、ふたりは見つめ合う。
誰も動くことなく静寂の時が流れた。
先に動いたのは王女だ。
彼女は騎士の様に跪き、アリステアの手を取り涙を流した。
「お会いしたかった。もっと早くに探しに行きたかった。私の女神...」
お分かりだろうが、王女は騎士の生まれ変わりだった。
彼女は嘆いた。
まさかこんな病弱ひ弱な女に生まれてしまうとは!と。
こんな姿では愛しの女神を守るどころか、抱き上げる事もできない。
彼女は己を鍛えた。
しかし、少し運動すると熱が出て倒れる。
大きくなろうと沢山食べればお腹をこわし数日寝込む。
彼女は己の無力さに絶望していた。
剣を持つことすら出来なかったのだ。
前世では軽々しく片手で振り回していたのに、両手で持てる力の全てを込めても持ち上げられないのだ。
彼女はあり得ないほどか弱かった。
このままでは女神を探しに行く事すらできない。
絶望に暮れる毎日だった。
そんな彼女だか、今日は珍しく体調が良かった。
ふと、夜会に参加しようと思ったのだ。
ドレスなど絶対に着ないが。
病弱で部屋に籠りがち(すぐ倒れる為)な王女の参加を両親も喜んだ。
誰かいいお相手でも見つかればよいと。
病弱で、少し変わっている娘には好きな相手に嫁がせてやりたいという親心だった。
ドレスは何がなんでも着ないけれども。
病弱ひ弱な割に話し方が男らしいけれども。
淑女の嗜み的な事は絶対にしないけれども。
可愛い娘なのだ。
誰か物好きもいるばずだ。たぶん。きっと。いつかは。
斯くして、騎士と女神...いや、王女とアリステアは時を越え再開を果たした。
お互いにどう見ても前世の姿の欠片もないが、二人は一目で分かったのだ。
もう離さないといわんばかりに抱きしめ合う二人。
その姿にアリステアの両親と国王夫妻は涙した。
こんなに早く息子(娘)の相手が見つかるなんて...!と。
いつか、きっと、たぶん見つかるはずと言いつつ本当は半ば諦めていたのに。
アリステアの両親と国王夫妻、互いに見つめ頷き合う。
言葉などいらなかった。
王女が謎のセリフをはいていたが、どうでもいいのだ。
愛する我が子の幸せの為、この相手を逃してなるものかと。
両者には最早身分差等関係なかった。
こうして、ありえない程に迅速且つ円満に二人の婚約は調った。
アリステアは逞しい身体に美しい純白のドレスを纏っていた。
彼の隣には青白い顔をしながらもアリステアをうっとりと見つめる王女。
両家の家族に祝福され、ふたりは遂に結ばれたのだ。
中身と外見が合っていないなんて事は、些細な事だったのだ。
二人は幸せだった。
彼らは知らなかった。
今世の話も後の世に語り継がれる事を...