とある神の子の物語3
次の日も、皆の態度は変わらない。
彼も彼女も、いつもみたいに兄弟姉妹として変わらず接してくれる。
それとなく皆が聞いてくれたみたいだが、彼は
「つい焦ってしまったが俺たち(男たち)はよく怪我してるし、何もおかしいことは無いと思って。」
と笑っていたらしい。彼の価値観では、女の子の傷は忌むべきらものらしい。そのせいで慌ててしまったが、気にするほどの事でもなかったといい、むしろわたしを気遣ってくれたらしい。試合は疲労がたまる。あいつは大丈夫そうだったがソティーはどうだった?と問うてきたらしい。
彼女は
「治ったし、終わったことだし、気にすることもないよ」
自分に無頓着な回答が返ってきた。終わり良ければ総て良しとも違う、他に考え事があるような、一旦端っこに押しやったみたいな、煮詰まっていない回答のようだったと。しかしこちらもわたしを気遣ってくれたようだ。そっちは大丈夫?怪我しなかった?痛くなかった?と。
ああ…ここは優しい世界だ。
残酷さのかけらもない、平等な家族愛に溢れている。
だから、それ以上を求める私は異質で、優しい世界を飛び出して傷付いている。感情は理性と一致しない。
だから…関わるのをやめよう。家族に戻れぬなら感情も抑える必要はない。
どっちにしろ傷付くなら、他の誰も傷つかない道を進もう。
そしてわたしは、歩み寄ることから逃げ、関係を変えることからも逃げた。
今日はここにいる最後の日
昨日からみんなで話し続けている。永遠のお別れではないが寂しいものは寂しい。忙しくなれば会える機会も減るだろう。
話して、話して、話して、泣いた。
けどとうとう時間が来た。これからお父様が一人一人話して、お別れになる。
わたしは最後らへん。後ろにいるのはルミリアとセルシエだけで、他の子たちは私より早く巣立つ。
最後らへん、二人は私に話しかけてきた。
最後に話せる機会で、残っているのがわたしだけだから、当たり前だが。
どうか元気で、ペアと仲良く、適度に休んで
ありきたりだが重要なことを真剣な表情で言い募るセルシエと違い、ルミリアは沈んだ表情をしていた。しかし心当たりしかないので、でも傷付くのが嫌だから、触れられなかった。
とうとうわたしが呼ばれた。
皆一人10分弱ぐらいだったから、わたしもその位だろう。先にエムルも待っている。
わたしは扉に近寄って…
…ルミリアに手を掴まれた
振り返り、驚く。
沈んだ顔はそのまま、どこか思いつめた色を持っている。
それは―――――――――罪悪感?
思わず息をのむ。
彼女は、あまり負の感情を顔に出さない。
どんなことがあっても真顔か、笑顔か。
なんで?なんでそんな顔をしているの?その顔をするべきなのは、わたしの方じゃないの?
そんな言葉は、喉の奥に引っかかって出てこない。
ひくりと、喉を鳴らすことしかできないまま、あの子が一言話した。
「どうか自分で考えて。絶対に、また逢おう」
意味深に言われたそれが、頭に引っかかって離れなかった。
「-――お前も大きくなったな。沢山成長した。」
お父様の話も終盤
どこか上の空のまま、反射的に「はい」と返す。
不敬だと分かってはいるが脳裏に張り付いて離れないルミリアの顔に意識が傾いてしまう。
「これを渡そう。いいものだぞ」
話が佳境に差し掛かっているのに気付き、無理やり意識を引っ張り出す。見せられたものは、美しい宝石のついた金縁の、指輪…
表情こそ動いていないが、内心動揺していた。
わたしの世界では、指輪はあまりいい意味ではない。
どんな装飾が付いたものでも、指輪は、縁切りの意味だ…
お父様の表情はいつも通り、ひげや皴で分かりづらいが、口角が上がり微笑んで―――
―――ほほえんで、いるの?
よーく見る。目を凝らす。間違いなく笑っている。けれど…
目の上の皴で、生えているひげで分かりづらいその眼は‥‥‥?
そこに宿っている光は……?
わからない
わからないことがおそろしい
しっていないことを理解してしまうことが、なによりもこわい
あふれ出たのは不安感と不信感
知ってしまったのは知らない事
気付いてしまったのは盲目
指輪を見る眼が動揺に震えるのが分かる
最早急所ではない心臓が早鐘を慣らす
日常を日常と理解できない
わたしたちが遊んで、それをお父様が見守る当たり前だった風景が何より恐ろしく思える
後ろの扉が閉まっているのが、後戻りできないことを示しているようで冷や汗をかく
『どうか自分で考えて』
彼女の声が繰り返す
言っていないはずの言葉が聞こえる
毎回毎回、違う言葉が当てはまる
『どうか自分で考えて(きづいて)』
『どうか自分で考えて(いわかんをもって)』
『どうか自分で考えて(もうもくになっちゃだめ)』
『どうか自分で考えて(わかって!)』
『どうか自分で考えて(そっちにいっちゃダメ!)』
『どうか自分で――――――!
プツンと、声が途切れる
お父様の笑みがとてもきれいに見える
偉大で、尊大な、神様の笑み
縋るように手を伸ばし…
‥‥‥触れかけたのは指輪
大きな音を立てて立ち上がる
驚きに目を丸くし、口元をゆがませるお父様が動かないうちに通り過ぎる
「おまえ!!」
優しさの欠片もない、愛情を一切含まない声が背中にのしかかる
ああ、なぜこれを愛情から来た叱責だと思っていたのか…
喧嘩してばっかで、決していいとは思えない仲の両親も、不器用にも愛情を注ぎ、真っ当に育てようとしてくれていたのに。それが分かっていたのに!
なぜこの神が! 親だと!
わたしの両親は…
「―――あの人たちだけだ!」
扉に手を、伸ばす
後戻りはできないから、こっちの扉しか道はない
鍵をかけられちゃう前に、開けて、逃げて、あいつの手が届かないところまで
しかし無情にも錠前が回
―――――絶対に、また逢おう』
ガシャン!
壊れた、錠前
勢いよくハンドルに手をかけ押し開ける
後ろから壊れたはずの錠前が再び閉まる音がした
「ソティー!?」
エムル、わたしのペア
右手の人差し指に指輪が嵌っている
「‥‥‥っ」
見捨てる選択肢はない
アイツにとってはままごとでも、わたしにとっては大事な兄弟姉妹だ
左手で右手を掴み
「「あっつぅ!」」
思わず手を放す
手を見ると、わたしの手は何も変化がないが、エムルの人差し指に嵌っていた指輪が真っ二つに割れていた
彼女が、わたしの左手を掴んだのを思い出す
「え?なん」
「! 走って!」
混乱するエムルの手を再びつかみ
今度は熱くならない手を引く
ペアを前にした焦りでまったく耳に入っていなかったが、扉がガンガンとけたたましい音が鳴っていた。
そして今さっき、ピシリという不穏な音が鳴った
ここはアイツの神域だ、早く出ないと
大体なんで錠前が壊れたの!?
ここはアイツの世界なのに!?
なんでアイツの思い通りになってないの!?
……なんでアイツ、わたしを捕まえれてないの?
「待ちなさい!」
純粋な疑問がかけられた怒声と混ざる
そして不意に、ストンと心の中に落ちてきた
ああ、アイツは、そこまで全能ではないのか
瞬間魔法が使えるようになる
左の手首が熱を帯びて、知識と魔力が流れ込んでくる
そしてわたしはそれを―
―ためらわず使った
ひと段落尽きました。続くかは分かりません。
え? この後の二組はどうしたかって?
一組目のルミリア達は本編に多少の記載があります。
この後ルミリアはセルシエの説得を始めます。セルシエは簡単にOKします。
二組目、ソティーとエムルは…
大丈夫です。私はハッピーエンドが大好きですから。