第012話 良心の呵責
後悔先に立たず…。
先ほどの"歩きたばこ"の件を思い出して俺は反省している。
俺が気付いたから良かったが、もしキャルかシャルが"たばこの火"で火傷でもしていたらと思うと…ゾッとする。
それに……不慮の事故だけが心配ということではない…。
これだけのかわいらしい女の子たちだ、良からぬ事を考える輩がいつ彼女たちにちょっかいを出してこないとも限らない。
リスクマネジメントの意味でも、ちゃんと加護してやるべきだろう……。
本当は街に出る前にしておくべきだったのだが……。
帰途のことも考えて、ラフが女将を治療している間にこの子たちを加護することにした。
女将に頼んで空き部屋を借り、今、その部屋のベッドの上にキャルとシャルを座らせている。
俺は彼女たちが座っているベッドの側にいる。
彼女たちの目線に合わせるためにしゃがむ。
「キャル、シャル、これから君たちを加護しようと思うんだけど」
「かごぉ?」
(??)
「そう。君たちを強くしようと思うんだ」
「う~ん?よくわかんないのぉ~?」
(??)
「すごい力持ちになるし…ちょっとぐらい叩かれてもへっちゃらになるよ」
「叩かれるのはいやなのぉ~。いやなのぉ~。ぐっすん……」
(ぷるぷる……)
キャルもシャルも涙を浮かべて青い顔をして震えている。
はっ!そうだった!この子たちは地下室で酷い目にあったんだ!
「ご、ごめんごめん。そうだよね~、叩かれるのは嫌だよね。
でもね加護されるとね、叩かれても大丈夫になるよ。痛くなくなるよぉ」
「いたくないのぉ?」
(?)
「うん。それにね、すっごく強くなるよ~。
悪い奴も『えいっ!』って、やっつけちゃえるよ」
「ん?キャル、ゆうしゃになるの?」
(ん?)
「勇者?」
「うん!わるいやつをやっつけるのはゆうしゃなのぉ。お父ちゃんがそういっていたのぉ」
「勇者って強いのかなぁ?」
「ものすご~くつよいのぉ。まおうをやっつけちゃうのぉ~」
「へぇ~、そうなんだぁ?」
「神ちゃまなのにゆうしゃをしらないのぉ?」
「ははは……。そうなんだよ、知らないんだよ」
勇者か…御伽噺にでも出てくるのかな?
それとも、この世界には実際に勇者がいるのかな?
いるとしたらどれくらいの強さなんだろうな?
そんなことを考えていると全知師が『待ってました』と言わんばかりに疑問に答える……。
>>お答え致します。この世が未曾有の危機に瀕した時に"勇者"と呼ばれるヒーロー、ヒロインが現れ、人々を危機から救うという伝説が古より語り継がれています。
これはこの惑星の全ヒューマノイド種族に共通しています。
そして、勇者伝説を題材とした御伽噺も数多く存在します。
また、シオン教では、人族が存亡の危機に瀕した時に、女神シオンによって異世界より招喚された勇者が人々を救うとされています。
<<なるほど。シオン教は別だろうが、その他の勇者伝説は、我々管理者が予め用意した設定なんだろう?
>>御意にござりまする。
<<ぎょ、御意にござりまする?お前さんは時々妙な言葉遣いをするなぁ……。とにかくありがとう。
「でも…ひょっとするとキャルとシャルは勇者よりも強くなるかもね」
「ゆうしゃよりもつよいのぉ?すっご~いっ!」
(……?)
「でね、これから加護するからね。ベッドの上に寝転んで目をつぶって欲しいんだ」
「うん!わかったの!」
(こくり!)
キャルとシャルは言われた通りにベッドの上で横になって、ぎゅっと目をつぶっている。
ホントかわいいなぁ~。
さあ、それでは、キャルとシャルを俺の庇護下に置いて、この子たちにも神子たちや神殿騎士・神殿騎士見習いと全く同じ加護を付与することにしようか……。
つまり……
【全攻撃属性に対する完全耐性】を付与する。
この付与で、物理攻撃だろうが毒攻撃だろうが、精神攻撃、魔法攻撃であろうが、どんな攻撃も平気になる。
【完全修復神術】を含む全治療系神術を使用可能にする。
ただし、神子たちと同様に【蘇生】は除いておく。
【全属性の攻撃神術】を使用可能にする。
攻撃力は『中の下』。
使用頻度によりレベルアップできるように設定する。
STRは神子たちと同様にオーガレベルに設定。
そして、相手のステータスが確認できるように【神眼】も付与する。
以上がその加護の内容である。
もうこれで3回目かな?さすがに要領を得たな……。
作業は効率よくテキパキと進む……。
……それほど時間をかけずにすべての設定が完了する。
どうだろうな?数分程度といったところかな。
後はリブートするだけだな。さあ加護を有効にするか……。
「リブート!」
「スヤスヤ…」
(すやすやすや……)
あらま、ふたりとも眠っちゃってる。
う~ん、天使の寝顔だ!
……だが!悪魔も真っ青になるくらい強い!"最強の幼女たち"になったのだ!
ふっふっふっ!
ん?この惑星には天使も悪魔もいないよなぁ?
……まぁ細かいことは気にしないでおこう!
>>はい。この惑星にはそのような種族も、固有個体も存在しません。空想の産物です。
<<は・は・は……。解説ありがとう。
◇◇◇◇◇◇◇
俺たちが借りている部屋にラフが来た。
女将ひとりの腰の治療にしては、ずいぶんと時間がかかったな……なんかあったのだろうか?
「遅くなってすみませーん!」
「いや。気にするな。それで治療はうまくいったのか?」
「はい。女将さんの腰の治療は1分もかからずに終わったんですが…話に花が咲いてしまって……は・は・は」
「そうか。これからしばらくは会えないかも知れねぇしな。ゆっくり話ができてよかったじゃねぇか?
シェリー、ラヴ、ミューイも連れてきてやりゃぁよかったなぁ?」
「……は…い…」
ん?なんかラフ、複雑な顔をしているな?
他の子たちは連れてこなくて正解だったのか?ちょっと理由が分からないが……。
「そろそろ神殿に戻った方がいいな。
キャルもシャルもまだ寝てるが……だっこしていくとするかぁ」
キャルとシャルをだっこしようとすると、その気配のせいなのか、ふたりとも目を覚ました。
「だ~りん…おはようなのぉ…ふわぁぁぁぁあ…」
(むにゅむにゅ……)
「は・は・は・おはようさん……」
なんか調子狂っちゃうなぁ~。
俺たちはフロントデスクへ行き、借りていた部屋の料金を支払おうとした…。
「あ、いいんですよぉ、ちょっとお貸ししただけなんですから。料金は要りませんよ。
それどころか私の方こそラフちゃんに治療代を払わないといけませんのに……ラフちゃんの"いい人"からお金なんていただけませんよぉ。うふふふふ」
意味深長な笑いを浮かべながらそう言って女将は部屋代を受け取らなかった。
「そうか……じゃあ遠慮なく、お言葉に甘えるとしよう…ありがとう」
「いえいえ、こちらの方こそありがとうございました。
是非またお越し下さいね。お待ちしております」
女将は深々と頭を下げた。
なんか…女将が妙なことを言っていたな?
『ラフちゃんの"いい人"』?なんだぁ?どういうことだぁ?
ラフの方を見た……が、ラフは口笛を吹く仕草をしながら視線を逸らす……。
◇◇◇◇◇◇◆
タタッ、タタッ、タタッ!
宿屋を出るとキャルとシャルはスキップをしながらラフの前を行く……。
俺とラフは腕が触れあうくらいの距離で横に並び、そんな幼子たちの後ろ姿を眺めながら歩いている。
俺たち4人は微笑みを絶やすことなく、みんな笑顔で歩いている。
傍から見ると、まるで幸せいっぱいの仲の良い親子のように見えることだろう。
……突然、キャルとシャルの前に数人のむさい男どもが立ちふさがる。
今俺たちがいる通りは大通りへ抜けるための脇道である。
あまり道幅は広くなく、男どもを避けて通る余地はない。
「おい!待ちな!小僧!さっきはよくも恥をかかせてくれたな!」
宿屋で俺がデコピンを見舞ってやった男だ。
ひとりじゃ俺の相手にならないとでも思ったのか仲間を引き連れて仕返しに来たようだ。
「おじちゃん、とおしてなのぉ~」
(こくこく!)
「お嬢ちゃん、悪ぃがそれはダメだな。俺たちがお前の父ちゃんをボコボコにした後で通してやるぜ。ははは」
「とうちゃんじゃないのー!だ~りんなのぉ!……おじちゃんたちわるものなのぉ?」
(うみゅ!?)
「キャル、シャル、こっちへ……」
「てぇ~~いっなの!」
"ぐぎゃぁ!"……ズダン!ズダン!ズダン!ダン!ダン!……ザザザーッ!!
キャルとシャルに『こっちへおいで』と俺が言い終える前に事は起こった。
キャルとシャルを退かそうと、"デコピン男"がふたりに向かって手を伸ばしてきた瞬間である。
恐らくは男のその行動に身の危険を感じたのであろうキャルが、"デコピン男"に跳び蹴りを喰らわせたのだ!
蹴りはちょうど男の股間に命中する!
男は"ぐぎゃぁ!"と、ひと言発すると身体をくの字に曲げてすごい勢いで吹っ飛んで行った。
男の目は飛び出しそうなくらいに見開かれ、口からはよだれなのかなんなのか分からない液体をまき散らかしながら飛んで行くと、地面に何度かバウンドしてから止まった。100mくらいは吹っ飛んだかも知れない。
デコピン男は白目を剥き、口から泡を吹いて伸びている。股間は……。
うわっ!痛そう……。
俺の股間も縮み上がりそうになる。
他の男たちが、アゴが外れるんじゃないかと思えるくらいに"あんぐり"と口を開けている。
みんな両手で股間を隠すようにしている。その気持ちは分かる。
ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!
呆然としている男たちの中のひとりを、シャルが"スキありっ!"とでも言わんばかりに右の拳で"ぽすん!"といった感じに"かる~く"パンチした!かなり手加減をしているように見える。
シャルのパンチは男の膝のあたりに当たる!
……直後、男の膝は"曲がってはいけない方向"へ曲がってしまった!
男は脂汗をたらたら流し始め、激痛に堪えきれず、のたうち回る……。
その声で……膝を砕かれた男の絶叫で、我に返ったのか残りの男どもは子供たちへと一斉に襲いかかる!
「いやいやいやぁ~なのぉーーっ!」
(いやいや!)
キャルもシャルも怖くなったのか、目をつぶって、握った拳をめちゃくちゃに振り回している。
ふぎゃっ!ぶへっ!ぐはっ!……
俺は高速移動し、子供たちを助けようとしたのだが……結論から言おう!全くその必要はなかった!
キャルとシャルが振り回している拳に触れた途端、男どもは変な声を発してのびてしまったのだ!
遠くへ飛ばされていくヤツもいる!
キャルとシャルに襲いかかった男どもはすべて、めちゃくちゃに拳を振り回しているキャル、シャルのパンチを一発ずつもらうと、それだけでノックアウトされたのである!
なんとも恐るべき幼女たちだ!
「俺の出番は……ねぇな…ははは…」
「ほぇ?」
(うみゅ?)
手応えがなくなったことに気付いたキャルとシャルが、ゆっくりと目を開け……。
自分たちに襲いかかってきた男たちが全員地面にひっくり返っているのを見て不思議そうな顔をしながら首を傾げている。
その仕草はとても可愛らしい!
こんな可愛らしい子供たちが、荒くれ男どもをパンチ一発でノックアウトしたとは一体誰が思うだろうか!
俺もラフもその光景に思わず微笑んだ。
そこへ衛兵数人が駆けつけてくる。
先頭は例の門衛である。俺に面と向かって『利己主義』と言い放った男だ。
「上様、どうされました?」
「ああ、お前さんか……あのな、コイツらが俺の大事な子供たちに手を出そうとしてな、子供たちの返り討ちにあったんだよ。
正当防衛ってヤツだな」
「子供たちに手を出してきたんですか?上様じゃなくて?」
「ああ、このかわいい子たちに…だ。
まぁ…コイツらの本来の目的は俺だったんだけどな」
「上様に暴力を振るおうとしたのに、子供らに手を出したんですか?なんかよく分からないんですが……。
取り敢えずコイツらはこちらで引き取ってもよろしいでしょうか?事情聴取もしたいですし……」
「ああ、そうしてくれ。あの遠くで泡吹いてのびてるヤツがボスだ。赤ん坊を連れた女性に絡むようなクソ野郎だからな、他にも何かやってるかも知れん。しっかりと調べてくれよ。頼んだぜ」
「はい。分かりました」
「もう行ってもいいか?これから神殿に帰るんだ。なんか聞きてぇことがあったら神殿に来てくれ」
「承知しました。いらっしゃって結構です」
◇◇◇◇◇◆◇
「やれやれ、女将の治療くらいすぐに終わるだろうと高を括っていたが、なんか色々なことがあったよなぁ……。
このままちゃんと神殿に戻れるんだろうなぁ?心配になってくるな。
おっ?あたりは結構暗くなってきたな?」
「はい……。遅くなってしまいましたね。みんな待ってるだろうなぁ~。うちはみんなに嫉妬されちゃう……」
俺たちはキャルとシャルに合わせて、かなりゆっくりとしたペースで歩いている。
先ほどまでとは違って、今は大きな通りを神殿に向かって進んでいる。人通りも交通量も多い。
キャルとシャルはラフのすぐ前を楽しそうに歩く……。俺とラフもずっと笑顔である。
俺はラフの左隣を歩いている。
道幅は先ほどの脇道よりもだいぶ広い。なのに…俺と横に並ぶラフとの距離は、俺の右腕がラフの左腕と頻繁に触れ合うくらいに近い……。
俺に対するラフのパーソナルスペースがかなり狭くなっている……。
ラフは俺に親近感を抱いてくれているのかな?
俺たち4人は道路の右側を歩いている。
俺が日本人だったからではない。この街の人の流れに沿うと自然に右側を歩くことになる。
道幅は広く、25mくらいはあるだろうか……。
馬車も頻繁に行き来している。
それで自然に歩行者は道路の端の方へと追いやられていくのだ。
「シンさんは優しい方ですね」
「ん?急にどうした?俺が優しい?」
「だって……うちがシンさんの左側を歩こうとしたら、さり気なく右側へ誘導して下さったでしょ?優しいですよ」
「ああ、なんだそんなことかぁ……そんなことは当たり前じゃねぇか。
だってなぁ、横を馬車がすごい勢いで通り過ぎていくんだぜ?そんな危ねぇ方にお前さんを歩かせられねぇだろが?」
「それが"優しさ"なんですよ。うふふ」
「いや、だってなぁ、俺は馬車がぶつかってきたって平気なんだぜ?だから危険な方を歩いているんだ。それだけのことだぜ。
リスクマネジメントってヤツだよ」
「うふふ…もういいですよぉ~。わかりました……うふふ」
う~ん、よく分からない。俺は論理的に考えているだけなのだ。
キャルとシャルがさっきからチラチラと俺の方を見ている。
何か言いたそうだな?
「どうしたの?何か聞きたいことでもあるのかい?」
「あのおじちゃんたちだいじょうぶかなぁ~?」
「ああ、大丈夫だと思うよ。悪い人たちなのに心配してあげるのかい?」
「う~ん?わかんないの。ここんところがね、"むらむら"してるのぉ」
と言って胸のあたりをさする。シャルも同じようにしている。
「ははは。それを言うなら"むらむら"じゃなくて"もやもや"かな?
なんか悪いことしちゃったような気がしてるんじゃない?」
「うん!そう!"もやもや"なの!そんなかんじなの」
「それはね、大切な気持ちだよ。だから忘れないでね」
「うん!忘れないの!」
(こくり!)
なんとこの子たちは良心の呵責に悩んでいたのか。
今回俺は小っちゃな子たちに大きな力を与えた。
実は……彼女たちの戦いを見て俺は『彼女たちがこの力に溺れてしまうのではないか?』と、心配になっていた。
だが、キャルの言葉を聞いたことによってその心配は杞憂であることを悟った。
『この子たちなら大丈夫だ!力に溺れることはない!』
「しかし……キャル、シャル、君たちはすごく強くなったよね?びっくりしたんじゃない?」
「うん!びっくりなの!"てぇ~!"と、けったら…"どどどーん"って、わるいひと、とんでったのぉ!」
(ふん!ふんっ!)
おお、ふたりともちょっとテンションが上がってきたな。
「でもね。約束してね。自分を守る時とかぁ、大切な人を守る時だけに力は使おうね」
「うん!きをつけるぅ~!"ぼうりょく"はんたいなのぉ~!」
(こく!こく!)
「うんうん、そうだよ。ふたりともいい子だね」
俺は右手でキャルの頭を、左手でシャルの頭を撫でた。
ラフはそんな俺たちに、慈しみ深い眼差しを向けている……。
◇◇◇◇◇◆◆
その後は面倒ごとに巻き込まれることもなく、無事に神殿前広場に帰って来られた。
シオリはいつもちゃんと出迎えてくれる。彼女の顔を見るとなんかホッとする。
「ラフ、すまねぇが、もうちょっとだけふたりの面倒を見ててくんねぇか?」
「はい。うちは構いませんよ。お任せ下さい」
「ありがとう」
「キャル、シャル、俺の部屋の冷蔵庫にね、美味しいジュースが入ってるから、それをラフと3人で飲みながら待っててくれるかな?」
「いいともなのー!」
(にっこり!)
と言いつつ、キャルとシャルはふたりとも溢れんばかりの笑顔で、右こぶしを真上へと突き出す。
「うちもジュースをいただいてよろしいのですか?」
「ああ、もちろんだとも。好きなだけ飲んでくれ」
キャルとシャルをラフに託した。
3人は笑顔で何やら話をしながらテントの中へと入っていった。
俺はシオリと西部開拓者のことを打ち合わせようと思っている。
「お帰りなさいませ」
「シオリちゃん、ただいま。何か変わったことはなかったか?」
「はい。特に何事も起こりませんでした」
「そうか、よかった。それで…西部開拓者たちはどうしてる?」
「今は食堂で寛いでいます」
「どうしようかな?テント内を拡張すべきか……別に開拓者用のテントを用意するべきか……」
「僭越ながら……新しくテントを作られた方がよろしいかと存じます。
その方が神子たちも安心できるものと愚考致します。
それに……いくら家族同伴とはいえ、シンさん以外の男性を同じテント内に宿泊させることには私も抵抗があります」
「そうだよな…。寝室は別々で鍵をかけられると言ってもなぁ…心配だわなぁ。
分かった。新しく作ることにするわ。アドバイスありがとうな!」
今設置してあるテントより少し離れた場所に新たなテントを生成して設置した。
テント入り口から入ると大きめのロビーがあるのも、そこから寝室へつながる扉があるのも俺たちのテントと同じである。
全開拓者家族が一度に入れるような大浴場は作らないが、各部屋に家族風呂を用意するつもりだ。
食堂の方は用意する。
開拓者には俺たちとは別で、このテントの食堂で夕食を取ってもらおうと思う。
俺は彼等と色々話をしてみたいのだが、キャルとシャルの気持ちを考えると……。
それで俺たちと開拓者たちと別々に夕食は取った方がよいと判断したのである。
いずれキャルとシャルには、親子が楽しそうにしているところも"あえて"見せるようにしなければならないと思っている。
だがそれは今日ではない。
寝室は家族用ということで広く作成する。余裕を持って全部で10部屋用意しておこう。
各部屋には、対面式キッチンとダイニングスペースとリビングを用意し、調理器具や食器類も完備する。
そして、肉類や魚類、野菜類が入った冷蔵庫も設置して、その中には飲み物も各種入れておくことにしよう。
また、トイレはシャワートイレにしておこうかな。
これを知ったら……他のトイレが使えなくなるだろうな!ふっふっふっ!
そして、家族でゆったり入れる大きめの風呂、旅館などで見られる所謂家族風呂と呼ばれる風呂も作ろう。
当然、冷暖房完備だ!快適すぎて離れられなくなるかも知れないな……。
色々と凝った設計にしてしまったので、テントの準備にはちょっと時間がかかるかと思ったが、シオリが手伝ってくれたこともあって意外にもあっという間に作業は終わった。シオリは美しい上に、本当に有能な助手だ。
俺とシオリは俺たちのテントにある食堂へと行く。
闇奴隷商人から救い出した西部開拓者の獣人たちを、今夜の宿泊施設である新しく作ったテントへと案内するためだ。
「さぁ、ここがお前さんたちに今日泊まってもらうテントだ。
中に家族で泊まれる部屋を10室用意してあるから、みんなで話し合って、どの部屋にするかを決めてくれ。
といっても部屋の中はみんな同じだがな。間取りも設備もまるで一緒だ」
6家族、計23人が部屋の中を見て、あまりの豪華さに驚きの声を上げている。
日本では風呂は別として、中級グレードの分譲マンションといった間取りと設備なんだが、この世界では大貴族でさえも驚愕するほどの豪華さなんだろうと思う。驚くのも無理はない。
「部屋の中には家族風呂もあるぞ。家族みんなでゆったりと入れる大きさだ」
俺はキッチン、トイレ、エアコン、冷蔵庫、風呂の湯の張り方……等々設備の使い方を順に説明していった。
「……といったところだな。何か質問は?」
「……」
「無いようだな?まぁ分からねぇ時は俺に聞いてくれ。
……あ、それと今夜の夕食はこのテントの中にある食堂で取ってくれ。
後で料理を用意しておくので、ひと息ついたらでいいから食堂の方へ来てくれ。
俺たちは同席できねぇが、みんなが食堂に集まったら食べてくれればいいからな。
それと……後片付けは不要だ。そのままにしておいてくれ」
「ああ……神様、なんとお礼を言ったらよいか……何から何まで…ありがとうございます」
「礼には及ばねぇよ。俺が好きでやってるだけだからな。気にすんな。
西部へ行ったら大変だろうからな、今夜くらいは楽しんでくれ……。
おっと、そうだ、部屋にあるキッチンや冷蔵庫の中の食材は自由に使ってもらっても構わねぇからな。
もちろん飲み物も自由に飲んでくれ。……それじゃあ部屋割りを相談して決めてくれ!
俺たちは向こうのテントにいるからな。何かあったら悪ぃけどあっちまで来てくれ。じゃぁな!」
みんなが深々と頭を下げながら、口々に俺に礼を言う。
こんなに感謝されるとなんかムズムズしてくるな。居心地が悪い…。
さてと彼等の夕食もバイキング形式の方がいいよな。さっさと準備しよう。
◇◇◇◇◆◇◇
昨夜はこのノルムの神殿関係者、神官たちと一緒に夕食を楽しんだ。
俺たちのテント内の食堂に彼等を招待したのだ。
西部開拓者たちは新しく作ったテント内の食堂で、彼等だけで夕食を取ってもらった。
夕食のメニューはどちらの食堂もバイキング。
自分の好きなものを好きなだけ食べられるからその方が良いと判断したのだ。
大量に食べ物を用意したが、食べ残しが出ても全く問題無い。
なぜなら、レプリケータの機能を使って、残ったものを分子・原子レベルに分解できるからだ。
その分解したものはレプリケータによって亜空間内にストックされる。
そして、レプリケータで生成されるモノの原料として再利用されるので無駄は出ない。
俺たちのテントの夕食には、元々のメンバーの他にキャルとシャル、そして、新たに加わった神殿騎士試験の受験生3人も同席した。
もちろん、新たなメンバーであるキャルとシャル、受験生の3人にも、俺たちの寝室があるテント内にそれぞれ専用の寝室がちゃんと用意してあった。昨夜は彼女たちにはそこに泊まってもらったのだ。キャルとシャルを除いて……。
俺はキャルとシャルと一緒に寝ることにしたのだ。
しっかりしているようでも、まだまだ小っちゃな子供たちなのだから……。
今朝目が覚めて俺は驚いた。
シャルの左隣に俺、シャルの右隣はキャル。この位置で昨夜は寝たのに……。
今、キャルの右隣にはラフ!
そして、俺の左隣、俺の背中に引っ付くように……スケさん!
をゐをゐ……。
夕食はとても楽しかった。
この神殿の神官たちも心優しい"いい人間"ばかりで、話の花が咲き、話題は尽きることなく、夕食時間の終わりを告げるのが躊躇われるくらいに、みんなが団らんを楽しんでいた。俺自身も含めて。
朝食は俺たちの食堂にも、開拓者の食堂にもサンドイッチと各種飲み物を大量に用意してある。
昨夜遅くまで盛り上がったので、まだ寝ている者も多い。
今俺と一緒にいるのは、シオリとソリテア、スケさんにカクさんである。彼女たちは朝食の準備を手伝ってくれた。
朝食の準備に一区切りついたので、今5人でお茶をしているところである。
朝食の準備の方も後片付けと同様、俺とシオリがいればそれだけで充分なんだが、わざわざ早起きして手伝いを申し出てくれた子たちの厚意を無にすることはできず、食器等の準備を手伝ってもらった。
4人ともいい嫁さんになるんだろうな。人生の伴侶となる者が羨ましい。
俺はふとそんなことを思った。
食事はみんなが揃ってから始める。
この神殿の神官たちは昨夜のうちに帰って行ったので、ここにはいない。朝食は新旧メンバーだけで取る。
もっとも、神官たちの寝所は神殿内部の居住スペースにあるので、一緒に朝食を取ってもらってもいいんだが……。
◇◇◇◇◆◇◆
朝食を終えた俺は、これから西部開拓者たちを彼等の目的地に送ってくるつもりでいる。
俺に同行するメンバーは、開拓者たちはもちろん、その他に……美しい金髪を七三ショートヘアにしているボーイッシュな神子"インガ"、そして、スケさんとカクさんである。
インガは西部の町ガラン出身なので、道案内をかねて同行してもらう。
キャルとシャルは一緒に行きたがったが、西部には何が待っているか分からない。
ふたりがいくら強くなったと言っても小っちゃな子供、心配なので、神殿騎士見習いの獣人"ラフ"に預けることにした。
シオリも同行したがったが、今のところは静かにしているものの…シオン教が不気味なので、神子たちを守らせるために残ってもらう。
そのシオリの代わりにスケさんとカクさんに同行してもらうことにしたのである。
俺は、この惑星の周回軌道上の管理補助衛星に西部の写真を撮らせて、そのデータを送らせた。
その画像データを加工し、手書き風の地図に仕上げてプリントアウトし、西部開拓者たちに見せた。
「それで目的地はどこだ?」
「ガランの町の南西にある森林地帯です」
「ここか?」
「そうです。開拓を斡旋する業者の男が持っていた地図と資料には、その場所に開拓村があって、その村の中に西部開拓事務所が描かれていました」
おかしいなぁ……ここはジャングルだぞ?
衛星写真を見ているので、そこがどのような場所かが俺には分かっている。
「お前さんたち……大丈夫か?騙されてやしねぇか?多分そこはジャングルだぞ?」
「……大丈夫だと思います。大丈夫じゃないと困ります。開拓権を購入するのに金貨50枚も支払ったんです」
「そうか……まぁ行ってみりゃ分かることだな。それじゃぁ行くとするか!みんな俺の近くに集まってくれ!」
彼等が泊まったテントを亜空間倉庫に仕舞ってから……同行者全員をターゲットに指定する。
「転送!」
転送先で俺たちを待っていたのは……地球でいうなら"アマゾン川流域"のようなジャングル地帯であった。
開拓村など……ない。もちろん西部開拓事務所なんてものは影も形もない。
ただのジャングルだけが目の前に広がっていた。
「そ…そんなぁ……。ううう……。俺たちゃこれからどうしたらいいんだ……」
小さな子供たちはキョトンとしている。
大人たちと、状況が把握できる年齢の子供たちは皆、その場にへたり込む。
そして、ボロボロと涙を零し始めた。顔には絶望の色が浮かぶ……。
「大丈夫だ。こんなのは想定の範囲内だ、落ち込むんじゃねぇ!俺がついてるだろ!?」
そんな時であった!
>>警告!警告!前方の森林地帯より殺意を持つ無数の生命反応がこちらへ近づいています。その数およそ1000。生命体との遭遇まで約2分です。速やかなる対応が必要です。
俺は即座にシールドを展開した。