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第011話 行く道と来た道

 キャルとシャルは今、俺のベッドの上で安らかな寝息を立てている。

 たくさん泣いたせいか彼女たちの目の周りはなんとなく腫れぼったい。


 感動的な親子の再会に水をさすことになっては気の毒だと思い、俺は泣いているキャルとシャルを抱いてテント内の自分の寝室に移動してきた。

 そして……ベッドの上にふたりを寝かせ、宥めているうちにこの幼子たちは泣き疲れたのか眠ってしまったのだ。


 この子たちにはつらい思いをさせてしまった。本当に可哀想なことをした……。



 シオリも俺たちと一緒に来ようとしたのだが……渋々諦めてくれた。

 俺がシオリに、再会を喜び合う親子の世話を頼んだからである。


 ベッドを挟んだ反対側には、神殿騎士見習いの獣人族の女性、ラフがいる。

 キャルとシャルが同族…同じ犬族であることもあってか心配になって俺の後を追ってきたのだ。


「眠っちゃいましたね?泣き疲れたんでしょうね」

「ああ、この子たちには親子の再会を見せるべきではなかったよ。俺の配慮が足りなかった……反省している」


「でも……ずっとため込んでいた気持ちを吐き出せて、かえって良かったかも知れませんよ?」

「こんな小っちゃな子たちが……俺たちに気を使わせまいとしてがんばってたんだなぁ……。

 この子たちを幸せにしてやりてぇなーっ!ちくしょう!親御さんに会わせてやりたかったなぁ……」


「シンさんはこの子たちを引き取るおつもりですか?」

「ああ、そうするつもりだ」

「うちも応援します!

 うちはこの子たちと同じ犬族ですから、お役に立てることも多いと思います。

 何かありましたら、遠慮なく仰って下さい。うちを頼って下さいね」

「ああ、助かるよ。その時は頼むな」

「はい!」


 キャルとシャルを地獄に叩き落としたクソ野郎どもにその罪の深さを思い知らせてやらないと気が収まらない。

 この子たちがこうして眠っている間にさっさと片付けてこよう……。


「ラフ、すまねぇが……俺はこれから、この子たちを酷い目に遭わせた野郎どもを成敗してくる。

 それで…その間ちょっとこの子たちの側についててくれねぇかな?」

「分かりました。うちがちゃんと見ていますのでご安心下さい」

「よろしく頼む!……それじゃぁ~ちょっと行ってくる!……転移!」


 ラフがシャルとキャルを見ていてくれていることと、これから闇奴隷商人どもを懲らしめてくることを念話でシオリにも知らせてから、俺はクソ野郎どものアジト近くに転移した。



 ◇◇◇◇◇◇◇



「しまったっ!逃げられたか!?」


 闇奴隷商人たちを首まで埋めておいた場所には大きな穴が開いている。ヤツらはいない……。

 くそっ!逃げやがったか……と思い、穴に近づく。


 ん?掘り返されたようではないな?まるで…陥没したかのようだぞ?


 よく見るとその穴は地中へと陥没したかのように開いていて、あたりには鉄さび臭が漂っている。

 マップ画面を表示させて、地中までを索敵範囲に広げる……。


『いた!見つけたぞ!ん?何なんだ?地中を移動している?

 しかもかなり速いな……』


 ヤツらを拡大する。


 ……げっ!ワームか!?ワームに喰われちまったのか?

 そうか……闇奴隷商人のボスを埋めた時に『んぐんぐ』言っていたのはこのことだったのか!

 ここの地中にはワームがいることを知っていて、

『ワームがいるから埋めないでくれ…』

 とでも言っていたんだろうかな……。


 ここを一旦離れる時に、ヤツらにはマークを付けておいたので、死体になってもその場所は確認できる。

 ワームの腹の中には3人の微弱な生命反応……残り10人は既に事切れている。


 残念である。


 俺はヤツらのステータスを子供並みに設定した上で……

 人食い鮫がウヨウヨいる大洋に転送で放り込んでやろうか……とか……、

 魔物の森の最深部に素っ裸にして転送してやろうか……とか……、

 狩られる側の恐怖をいかに味わわせようかとずっと考えていたんだが……徒労に終わった。


 まぁ、サメに喰われるのもミミズのお化けに喰われるのも大差ないか……。

 ただ…狩られる側の恐怖がヤツらの魂に刻み込まれているといいんだがな……。

 ヤツらの魂を回収するのも面倒だし……

 ヤツらの魂を"輪廻転生システム"が門前払いして"奈落システム"へと放り込めるように、ブラックリストに載せておくか……。


 すべての魂はシーケンスナンバーが生成時に自動的に付けられている。

 その番号とその他諸々の項目値を併せて"プライマリーキー"として、魂のデータベースでは管理されている。

 マップ上でヤツらをマーキングする際に、このキーの値が取得できているので、それをブラックリストに登録するのだ。


『ああ、あの修正案件はどうしたんだろうなぁ……。

 SQL文を書き換えただけじゃ対応できないんだけど……

 部長…じゃ、修正は無理だろうなぁ……』


 プライマリーキーの事を考えた瞬間、嫌なことを思い出してしまった……。


 俺は日本人として死ぬ前に、ある企業に導入した生産管理システムの修正をやっていた。

 やっていたというよりも……

 俺の忠告を散散無視して、俺の忠告がしゃくに障ったのか、俺を排除してまでも強引に仕様を決めていった部長の尻ぬぐいをさせられていたのだが…。


 部品管理上、重要なデータベース・テーブルに致命的な設計ミスがあり、頻繁にデッドロックが発生してしまう。

 辛抱強いユーザーだったが業務に支障が出るので、さすがにクレームが来た。

 そのクレーム対応からも部長は逃げた。

 客が信頼し"窓口"だと思っているのはヤツなのに…だ。逃げやがったのだ。

 それで……ヤツの代わりに俺が客先へ出向いて対応することになった。かなりの遠方である。

 もちろん修正作業も俺がやることになっている……どう修正すれば良いのかは、初めっから分かっているだけに時間のロスが痛い。


 お客様が製造業であったことは幸いであった。

 自身が技術者であることから物作りの難しさをよく理解されており、トラブルに対しても寛大だからだ。

 誠意を持って対応すればまず間違いなく理解してもらえる。同情されることさえある……。そうなるとこちらも先方の要望を超えるものを作ってやろうという気になってくる。


 俺が死んだことで社内には対応できる技術者はいないだろうな……。

 ユーザーに迷惑をかけてしまうことだけが非常に気掛かりである。俺の心残りの1つである。


 おっと、いかんな……日本のことを考えてもしょうがないのに……。



 闇奴隷商人を自ら処断できなかったことはちょっとだけ残念だが、手間が省けたと思えばいいか。



 ◇◇◇◇◇◇◆



 俺はノルムの町、神殿前広場に転移して戻ってきた。

 まず最初に、シオリに事の次第を話した。

 そして、シオリと相談して、これから中央神殿へ向かうのはやめて、今夜はこの神殿前で野営することにした。

 そろそろ日が暮れ始める……今日も色んな事があったものだ。


 シオリと話した後、キャルとシャルのことが気になって自分の部屋へと向かう。

 部屋の入り口のドアは開け放たれており、中から声が聞こえてきた。


「……でぇ、神ちゃまが『俺と一緒に暮らそう!』って、"ぷろぽーず"してくれたのぉ。きゃ!なのぉ。

 キャルもシャルも神ちゃまの"およめさん"になるのぉ~。

 いいでしょ~。えへへぇ」

「へぇ~、そうなんだぁ。いいなぁ~」


 ん?妙なことになっているな?

 まぁ……こんなことを言っているのも思春期までだろうから…まぁいいっかぁ!


 俺はドアをノックしてから返事を待たず部屋の中に入った。


「ただいま」

「あ、キャルちゃん、シャルちゃん、ダーリンがお帰りよ!」

「だ~りん、おかえりなのー!」

(にっこり!)


 だ、だだだ、ダーリン!?をゐをゐ!

 うーーん……あんなこともあったしな……キャルとシャルの好きなようにさせておくか……。

 所詮は思春期までだろうからな!ははは!……だ・よ・ね?


「ラフ、ありがとうな!助かったぜ!」

「いえいえ、また何かありましたら仰って下さい。

 うちにできることでしたらなんでもしますから」

「ああ!ありがとう。助かるよ」


「それじゃぁ…うちはちょっと行くところがあるんで失礼します」

「どこへ行くんだ?差し支えなけりゃ教えてくれ?」


「今日、うちらが滞在していた宿をチェックアウトしてきたんですが……、そこでお世話になっていた女将さんが腰を痛めて寝込んでいたんですよ。

 今日はここで野営すると聞いて…それで、お世話になっていたお礼に修復神術の練習がてら女将さんを治療してこようかと思いまして……」

「なるほどな。それじゃあ、俺もついて行こう。

 ……まぁお前さんも強くなってるから心配ねぇとは思うが、用心のためだ」

「キャルもいくぅー!」

(こくこく!)

「よし!じゃあ散歩がてら4人で行ってこようか?」

「わーい!わーいなの!」

(にっこり!)

「うちに付き合ってもらってもいいんですか?」

「ああ、キャルとシャルを見てくれていたお礼だと思ってくれ」

「はい。では、お言葉に甘えます。お願いします」

「さぁ~、それでは行こうか!」

「「は~い!」」

(はーい!)


 おっ、シャルも笑顔で手を上げてる。



 ◇◇◇◇◇◆◇



「まぁ~かわいい!お父さんとお母さんと一緒にお散歩なの?」


 俺たち4人で街を宿屋へと向かって歩いていると30代くらいの女性がキャルとシャルに向かって声をかけてきた。


「ちがうのー!わたしたちはみんな"およめさん"なのぉー!」

(こくこく!)


「あらあらそうなの。かわいらしいお嫁さんだこと。

 3人もかわいいお嫁さんがいるの?す・て・き・ね!うふふ」


 最後は俺に何とも形容しがたい視線を向けて会釈して女性は去って行った。


 ん?隣でラフが頬を染め"もじもじ"している?


 犬族の女性、ラフと、犬族の子供たちキャルとシャルと一緒だからな……。

 親子に見えても不思議ではないかもしれないな。

 しかし、キャルとシャルが"嫁さん"ってのは……ないよなぁ~。



 ◇◇◇◇◇◆◆



「ラフ!キャルとシャルを頼む!」


 前方から、道の真ん中を"歩きたばこ"をしながら歩いてくるふたりの男に気が付いた。

 そいつらは、火のついたたばこを持った手を身体の横に下ろし、時折手を口元に寄せてはたばこを吸う……。

 それを繰り返している。

 身体横に下ろされた手、人差し指と中指の間にあるたばこは、ちょうどキャルやシャルの顔くらいの高さにある。


 俺はその男らのもとへ高速移動し……。


「歩きたばこはやめてくんねぇかな?あそこの看板に歩きたばこは罰金だと書いてあるだろう?」

「なんだ?てめぇは?ふざけたことを言ってるとぶん殴るぞ!

 罰金なんて知るか!」


「いや、その火のついた"たばこ"がな、ちょうど小さい子供たちの顔の位置くらいにあるんだ。すれ違う際に顔にでもあたったら危ねぇからやめて欲しいんだよ」

「うるせえ!危なけりゃ、そっちが勝手に避けりゃいいんだよ!避けりゃぁな!」


「小さな子供だぜ?うまく避けられるとは限らねぇじゃねぇか?

 それに煙も身体にゃ毒だ。子供たちには吸わせたくねぇ。

 だからやめてくれねぇか?」

「うるせえ小僧!俺はやりたいようにやる!てめぇの指図は受けねぇ!

 俺のたばこの火を避けられねぇのはそっちの責任だ!たとえ子供であろうとな!

 避けられねぇドンくせぇやつが悪い!

 煙が毒だぁ?息を止めてろや、ボケ!」


 そう言うと手に持っていたたばこを道に投げ捨て、新たなたばこをくわえて火をつける。


「あ、ポイ捨てはいけねぇなぁ…ポイ捨ては。ちゃんと拾って持ち帰りな!」

「うるせえんだよっ!」


 男のひとりがたばこを持っていない方の右手で俺に殴りかかってきた。

 俺はそれを左手で受け止め、ねじり上げる。


「痛ぇ!痛ぇ!痛ぇ!放しやがれ!クソ野郎!」


 これ以上は子供たちに見せられない……。


「ラフ、ちょっと先に行っててくれ。すぐに追いつくから」

「はい。さ、キャルちゃんシャルちゃん先に行こうか」


 ラフがキャルとシャルを連れてこの場を離れていくのを確認する。

 3人の姿が見えなくなったので、男を地面にねじ伏せて、男が捨てた、まだ火がついているたばこを男の口の中に無理矢理押し込んでやった。


「あひぃ!あひぃ!……」


 熱いと言いたいようだな……。


「ポイ捨てはダメだろう?分かったか?」


 その途中でもうひとりの男が殴りかかってきたので、裏拳で"かる~く"そいつの顔面を払う……。


 ウゲッ!グヘッ!ブベッ!……


 裏拳で、"かる~く"払われた男は、ものすごい勢いで地面をバウンドしながら、俺たちが来た方向へふっ飛んで行った。

 俺は拘束している男に言う……。


「ゴミはちゃんと持ち帰ろうな。街を汚しちゃいけねぇだろう?それと……」


 男の右手をねじ上げたまま起こして立ち上がらせると、男をねじ伏せる際に男が落とした、新しく着火したたばこを俺はおもむろに拾い上げる……。

 俺は男の拘束を解き……


「避けられねぇヤツが悪ぃんだよなぁ?それじゃぁうまく避けて見せてくれや!」


 と言い、男の額にたばこの火がついている方を押し当てる。


「ぎゃあー!あつ、熱いーっ!」


 次々に火のついたたばこを生成しては男の顔に押し当ててやる。


「どうした?てめぇの理屈じゃあ、避けられねぇ方が悪ぃんだよな?そうだろう?これはてめぇが悪いんだよなぁ?」

「お、おお、俺が悪かった!も、もう勘弁してくれ!

 あ、ああ、歩きたばこはもうしねぇから……ゆ、許してくれよぉ」

「約束するか?」

「ああ、約束する……だ、だから勘弁してくれぇ、頼む」


 <<全知師、こいつが約束を違えた場合に、灰のように消滅させられるか?

 >>はい。可能です。

  まず、この男の血液中にナノプローブを注入しておきます。

  そして、何らかの動作をした際に呼び出されるイベントを使用します。

  歩きたばこ行動をフックさせて、それが公共の場で行われた場合には、体内のナノプローブに細胞破壊命令を出すようにプログラミングして下さい。

 <<ナノプローブ!ナノプローブって、ナノレベルの小型マシンのことか?

 >>はい、マスターの仰る通りです。

 <<そうか……分かった。ありがとう。


 まさか…この世界にもスタート○ックに出てくる"機械生命体の集合体、ボ○グ"が使うような【ナノプローブ】があるとはな……驚いた。


 ナノプローブの設計データは、レプリケータにセット済らしい。

 "ナノプローブ生成"と念じることで生成できるということだった。


 俺はナノプローブを生成すると同時にそれを男の体内、血液中に転送しておく。

 次に、開発画面を起動し、この男をターゲット指定して、約束を違えた場合には身体が灰のようになって消滅するようにイベントハンドラをプログラミングした。


 この間数秒のことである。


「ほう?約束するとな?じゃぁ約束を違えたら殺されても文句は言わねぇな?」

「あ、ああ、もちろんだとも!や、約束する!」

「よぉし分かった!リブート!」


 男が一瞬意識を失う。


「はっ!なんだ?一瞬目の前が真っ暗になった……なにしやがった?」

「てめぇが約束を違えたら、灰になって消滅するようにしただけだよ。

 ちゃんと約束は守れよ?じゃねぇと……死ぬぜ」

「ああ、絶対に約束は守る。だから放してくれ!」


 男と一緒にいた、もうひとりの男も全身傷だらけでよろよろしながら、こちらに近づいてくる。

 そいつにも"歩きたばこ禁止"を同意させ、約束を違えたら灰になって死ぬようにプログラミングしてやった。


 それでは、ふたりを解放してやるかぁ……


「いいか?嘘じゃねぇんだからな、公の場で歩きたばこをすると本当に死ぬぜ。

 分かったな?念を押しておくぞ!いいな!?」

「ああ、分かった!分かった!約束は守るって言ってるだろ!じゃあな!」


 俺は男たちの後ろ姿を見送る。

 ヤツらの魂の色はふたりとも"赤"だった。自分の欲望のために人を何人か殺しているヤツらだった。


 男たちは俺からかなり離れると……


「ばーか!誰がてめぇとの約束なんか守るかってんだ!ははははははは!」

「お、おいっ!やめておけよぉ。もしも本当だったらどうするよぉ」


 最初、俺に殴りかかってきたヤツが捨て台詞を言った。

 もうひとりの男は(たしな)めている。

 すると『約束を破ることなんざ"へ"でもねぇ』とでも言わんばかりにバカな男はたばこを取り出し火をつけ、俺に手を振りながら立ち去ろうとする。

 その瞬間! "ボシュッ!"という音を立て男は、灰になりながら消えた!

 もうひとりの男は腰をぬかしたのか、その場にへたり込む。


 だからあれほど言ったのになぁ……バカなヤツだ。


 ちなみに役割を終えたナノプローブは自壊し、空気中に霧散した。



 ◇◇◇◇◆◇◇



 俺はラフ、キャル、シャルにすぐに追いついた。

 みんなで会話を楽しみながら歩いていると、前方から何やら怒鳴る声が聞こえてくる。


「じじぃ!邪魔なんだよ!どけよ!道路の端を小っちゃくなって歩けボケ!

 トボトボ歩きやがって!クソが!」


 見ると若造が80歳くらいの男性に暴言を吐き、殴ろうとしている!

 俺は咄嗟に若造の後ろに高速移動し、振り上げられた男の右腕を掴む。


「やめねぇか小僧!人生の大先輩に何しやがる!」

「小僧って、お前の方が若いじゃないか?その手を放せ!」


「お前なぁ……年寄りってバカにしてるけどな、ずっとこの国を支えてきてくれた人たちなんだぜ? 年を取ったからって、そう邪険にしていいわけがねぇだろ。

 人生の大先輩だぜ?敬意を払おうぜ。

 お前がちょっと避ければすむことじゃねぇか?違うか?

 それに……お前もこれから"行く道"だぜ! いずれお前も年を取るんだぞ?

 そのことをちゃんと考えてみろや」


「小僧が説教たれてんじゃねぇ!」


 チャッチャとこの男のプロパティを修正して、目の前の老齢男性のステータスとほとんど同じにしてやったのだ!


 そうしておいて、男のシステムをリブートする……


「な、なんだ?急に身体が重くなったぞ。

 め、目もかすんで見づらい……。一体何しやがった?」

「お前のステータスを老齢男性のレベルにしておいてやったんだよ。

 年を取るってことがどういうことか身を以て体験してみろ!じゃぁな!」


 そう言うと俺たちはその場を離れる。

 老齢男性の横を通り過ぎようとした時、その老齢男性は俺の顔を見上げて、意味ありげに『はぁ~』とため息をひとつついた。何だったのだろう?


「まて小僧!元に戻せ!こら!まて!」


 若く見える男は走って俺たちに追いつこうとするが思うようには走れない。

 日付が変わる際に起動されるイベントに、10日でステータスが元に戻るようにイベントハンドラを記述し割り当ててある。

 だから、10日経てばもとに戻ることを男に伝えて俺たちは去った。

 年を取るということがどういうことかを体験して、心を入れ替えてくれることを期待する。


 若い内は身体は思うように動くが、年を取ると色々と思うように動かなくなる。

 だれもがいずれ辿る道なのである。



 ◇◇◇◇◆◇◆



 俺たちはラフたちが泊まっていた宿屋の前にやって来た。

 すると…赤ん坊の泣く声と、男が、その赤ん坊の声を上回る大きな声で怒鳴っている。

 キャルもシャルも俺の後ろに隠れて、男の声にびくびくしている。


「ぎゃぁぎゃぁ!ぎゃぁぎゃぁ!と、うるせえぞ!

 お前、母親なんだろう?静かにさせろや!酒が不味くならぁ!」

「申し訳ありません。申し訳ありません」

「口を塞いでしまえよ!うるせえなぁ!

 これだから赤ん坊はきれえなんだよ!うるせえなぁ、ったくよぉ!」

「すみません、すみません。坊や泣かないで……ママも悲しくなっちゃう……」


 ラフにキャルとシャルを任せて、取り敢えず、様子見で俺だけが宿屋に入ると、男がまだ何か罵声を浴びせようとする。


「お前さん、やめな!相手は赤ん坊だ!許してやれよ!

 お前さんも赤ん坊だったことがあるんだ。

 ああやってみんなに迷惑をかけてきたんだよ。お互い様さ。

 そう考えてみろよ、なっ!?」


「小僧が黙ってろ!俺は赤ん坊が大っ嫌いなんだ!

 あの泣き声を聞くとイライラする!

 ……ええぇいっ、うるさい!黙らせろと言ってるだろ!」


「お前さんも通ってきた道じゃねぇか……心は広く、気は長く……だぜ!

 イライラしていると寿命が縮むぜ」


 グガッ!ブヘッ!ズドン!


 まだ男が何か言おうとしたので、俺がデコピンを喰らわせてやったのだ。

 男は強制バック転をさせられながら飛んで行くと宿屋のフロント横に併設されている食堂の壁にぶち当たり意識を失った。


「赤ん坊よりてめぇの方がうるさいっつぅの!これで静かになるぜ」


 ラフ、キャル、シャルも宿屋の入り口から入ってきた。

 俺たちは赤ん坊をあやしている母親のところへ行き……。


「どうした?赤ちゃんの具合でも悪ぃのか?」

「いえ、私のお乳の出が悪くて……お腹を空かして泣いているんですが……。

 どうしたらいいのか……」

「そうか、それじゃぁ……」


 俺はまず哺乳瓶を生成し、念のために浄化神術を施した。

 そして、哺乳瓶に粉ミルクを入れ、一度沸騰させ、ちょっとだけ冷ましたお湯でよく溶かしてから、氷属性の神術を使って人肌くらいまで冷やす。


「さぁ、これを飲ませてやりな!」


 母親はびっくりしていた。

 母親は初めは躊躇していたのだが……俺の側で赤ん坊を見ているラフとキャル、シャルを見て俺たちが子連れの夫婦だとでも思ったようで安心したのか、哺乳瓶を受け取り赤ん坊に飲ませ始めた。


 俺だけだったら受け取らなかったかも知れないな……。3人がいて良かった。


 赤ん坊はミルクをゴクゴクという音でもしそうな勢いで飲み干した。

 俺は飲み干した哺乳瓶をすぐに回収して消す。

 母親はそれを不思議そうに見ながら赤ん坊にげっぷをさせようとしている。


 げっぷの出た赤ん坊は、大きなあくびをするとスヤスヤと眠り始めた。

 かわいい寝顔だ。


「ありがとうございました。お礼を……」

「気にするな。お礼なんか要らないよ。

 子育ては大変だよなぁ。初めての子かい?」

「はい。そうです。なんかどうするのが正しいのか分からなくて……」


「子育てに正解はねぇよ。だってさぁ~同じ子供なんてひとりもいやしねぇよ。

 他を参考にするのはいいが、同じようにする必要はねぇよ。

 あんまり考えすぎねぇようにな」

「やはり経験された方の意見は勉強になります。ありがとうございます」


 俺とラフはお互いに顔を見合わせた。

 ラフが何か言おうとしたので、俺は手をラフの口の前に持って行き『ダメだ!』という意味を込めて首を左右に振った。

 これだけ俺は偉そうなことを言ったのに……未婚で子育て経験ゼロだとはとても言えなかったのだ。

 目の前にいる母親の気持ちが少しでも楽になればそれでいいのだ!


「子育てで不安を感じることがあったら、ひとりで抱え込まねぇようにな。

 誰かに不安なことを聞いてもらうだけでもチィーとは気が楽になるからな」

「はい。そうします」

「あ、そうそう、また母乳の出が悪くなった時にでも使ってくれ……」


 そう言って俺は、新品の殺菌済哺乳瓶と、缶入りの粉ミルクを適量、母親の前に生成して出してやり……。


「……ということで、ちゃんと沸騰させた湯を使うこと。殺菌が大切だからな」

「さっきん?」

「ああ……目に見えない悪いモノを殺すことだ。

 知らないうちに哺乳瓶の中に入り込んでいたりするから、沸騰させた湯で殺してやらないといけねぇんだよ」


 哺乳瓶の消毒の仕方や粉ミルクの溶かし方等々、説明し、念のために紙に書いて母親に渡した。

 ついでに紙おむつもたくさん生成して渡しておいた。

 もちろん装着の仕方も説明済みだ。


「何から何までお世話になってしまい、すみません」

「いやいや、気にするな。困った時はお互い様だぜ。ははは」



 ◇◇◇◇◆◆◇



 赤ん坊の母親と別れた俺たちは、宿の女将が寝ている部屋へと向かっている。


「……それでねぇ、キャルはねぇ~、赤ちゃん…5人欲しいのぉ。

 神ちゃまぁ、がんばりましょうね~。うふふ」


 が、『がんばりましょうね~』って、をゐをゐ、言っている意味は分かってねぇよなぁ?多分……。

 ん?シャルが右手の指を4本立ててにっこりと笑っている?

 シャルは4人赤ちゃんが欲しいってことなのか??


 ラフは汗をかいている。俺も汗がじっとりと出てきた。


 まぁこんなことを言うのも思春期までだ!きっと……??





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