不安を軽くする為に
「す、すみません……」
「いらっしゃいませ、大野さんですね? お待ちしておりました」
午前十時、店の扉を開けながら不安そうに入ってきた女性に俺は声をかける。彼女は礼儀正しく頭を下げてきた。
「急なお電話にもかかわらず、早い対応をありがとうございます……」
「いえいえ、不安な気持ちを持つのは当たり前ですから。その"気持ち"が少しでも軽くなれば良いです」
そう話をし、俺は奥の部屋へと案内する。受付も兼ねているこの広いホールを真っ直ぐ歩くと、目の前に三つの扉が見えてきた。
一つは事前相談ができる応接室、残りの二つが安置室としてご遺体とご遺族が対面できる専用のスペースとなっている。俺は左側にある扉をノックし、中へとお客さんを案内した。
「どうぞ、相談員を呼んできますのでしばしお待ちください……」
「はい……」
椅子へ座るよう案内してから、俺は応接室の扉を閉めた。
そして急ぎ足で二階へと向かう。二階には、さっき朝食を食べたキッチンも兼ねたリビングと聖堂さんや俺の寝室があるのだ。
「聖堂さん、お客さんを応接室に通しましたよー」
「ご苦労さ~ん。さぁて、私はお客さんの対応に入るからコーヒー二つ用意して持ってくるんだよ~」
今朝見たラフな恰好から一転して、黒いスーツに白のワイシャツを着た美青年が立っていた。長い髪は頭の上で束ねているようだ。
俺が用意した資料を手に、ヒラヒラを手を振ってお客さんの待つ応接室へと目指して歩きだした。その後姿を見送り、俺は早歩きでキッチンへ向かってコーヒーの準備を始める。
「今思えば、今日で五年か……」
俺がこの"仲介屋"に住み込みで働くようになってから……と小さくぼやく。
ドイツにある実家から飛び出して、この日本に来て……右を見ても左を見ても分からなかった事を昨日の事のように思い出せる。
日本語も話せなくて、すっげー困ったんだよな。そんな俺に声をかけてくれたのが、聖堂さんだった。なんで声をかけてくれたのか、今でも不思議で仕方がないけど……一から日本語を教えてくれたし、仕事もくれた偉大な人。
そして行く宛てもない俺をここに置いてくれた人だから、俺はあの人に頭が上がらないのだ。
「――っと、コーヒーが出来上がったな」
物思いにふけっていると、丁度コーヒーメーカーから音が発せられた。
事前に用意したカップにコーヒーを入れ、砂糖とミルクを忘れずにお盆に乗せて運ぶ。
階段を下りる時、気を付けながらゆっくりと歩いて……応接室の前へと向かった。
―コンコンッ
「失礼します……」
小さくノックをしてから、少しだけ扉を開いて声をかける。
話しているお客さんと聖堂さんの横へ、俺は邪魔にならないようにコーヒーを置いた。
「わざわざありがとうございます」
「いえいえ」
「――それじゃ、今伺った話の通りに見積書を作成しておきますねぇ~。葬儀社も、最適な場所を私が選択しますが……宜しいでしょうか?」
カタン、と持っているペンを置きながら聖堂さんはそう話を続けた。
「はい、お願いします。葬儀社も何処を選べばいいのか分からなかったので、とても助かります」
「費用の目安はお幾らくらいで考えてますか?」
「実は手持ちが少ないので……20万までと考えてます……」
「成程、それでしたら近所にサービスの良い葬儀社がありますので話をしてみましょう」
見積書が出来上がりましたら、またご連絡します。そう話をしている横で、俺は再度頭を下げてから退室した。
ここから先は、俺が聞いても不便ではないとは思うけど……一対一で話しているからね、邪魔しちゃいけないでしょ。お盆をリビングへ置いてから、ホールの簡単な清掃をし始めて約一時間……応接室からお客さんが出てきた。
「本日はありがとうございました、また何かありましたらお電話します」
「私たちはいつでも待ってますので、気軽にお電話してくださいねぇ~」
ヒラヒラを手を振る聖堂さんに深くお辞儀をして、お客さんであり依頼人でもある大野さんはこの建物を後にした。
「さぁ~て、思ってたよりも時間が掛ったねぇ~。霊安室からご遺体運ぶよ、レーベン手伝ってくれ」
「はいっ」
懐から白手袋を取り、マスクを着用しながら歩きだす。俺も慌てながら白手袋にマスク、そしてこの家の裏口に置いてある青いジャケットを着て外へと出た。
おの家に設置されている裏口は、ご遺体が安置している『安置所』がすぐ傍にある。そこからご遺体を運び、安置室へとご安置するのだ。
今日来るもう一人のお客さんは、13時くらいにここに到着予定となっているのだ。早めに来ても大丈夫なように、焼香できるよう準備を進める。
「線香と蝋燭の準備はできてるようだねぇ~」
「準備オッケーです。また削らないと予備の蝋燭はないですけど……」
「ヒッヒッヒ、じゃあ私がお客さんの対応している間に削っておくんだよぉ~」
ストレッチャーに上向きで安置しているご遺体に、変化がないか確認をしながら焼香台を設置する。
ふと時計を見ると、12時半を回っていた。
「丁度キリがいいから、先にお昼を食べに行きな。お客さんの対応は私がするから」
「了解ッス」
この時間帯に食べられるなら食べておいたほうが良い、というのが聖堂さんの中で決めた流れの一つなのだろう。忙しい時なんか、夕方にお昼ご飯を食べるなんて……ザラにあるからな。
お昼の時間に、お昼ご飯を食べる。食べられる時に食べないと体が持たない、なんせ人間も"生き物"だから。以前に聖堂さんが話してくれた言葉を思い出す。
「さーてと、ちゃっちゃと昼食作って食べなきゃ……!」
この後も絶対仕事が溜まっているに違いない。仕事を溜めるのが大好きな聖堂さんの事だから……!!
そう思いながら、俺は早歩きでジャケットを元の場所に置いてから二階へと向かった。
「時間ないからパンでいいよなっ!」
パタパタと早歩きで昼食の準備をし、パクッと食パンを銜えながら準備を進める。とりあえず聖堂さんの分も準備してから、自室へと向かった。
俺の部屋は、寝室兼作業部屋となっている。使用済みの蝋燭を削ったり、線香や必要な機材の発注をかけたり、電話の受け答えをしたり。主に事務処理的な部分を俺が行い、事前相談といったお客さんの対応を聖堂さんが担当している感じだ。
たまーに人手が足りずに二人揃って慌てる時もあるから、近いうちにもう一人雇おうかなんて話をしてたけど、雇う気あるのかは定か。
「ま、"仲介屋"って言っても契約している先が全部葬儀社だもんな。差別される部分あって当たり前だ……」
ゴクン、と銜えていた食パンを食べ終え、デスク横に置いてある使用済みの蝋燭とカッターへ手を伸ばした。
蝋燭を削るのは凄く簡単で、炭と化している蝋燭の先端を切ってから蝋の部分を削るだけ。着火点である紐がライターで火をつけても大丈夫なくらいまで出てくれば完成だ。
蝋を削るだけでも時間と労力がかかるので、暇な時間を見つけてはコツコツと進めているのが現実だ。
―ピンポーン♪
「ん? お客さん来たのかな?」
俺は振り向きながら呟いた。
聖堂さんの部屋・俺の部屋・リビング。この三ヶ所にはモニターが設置されているのだ。丁度ホールの出入り口に設置されている監視カメラの映像が映し出されている。ずっとホールの方にいるわけにもいかないから、こうして離れていてもお客さんが来たらすぐ対応できるように、聖堂さんが独自の判断で設置したのだ。
モニターには、お客さんと聖堂さんが何かを話してから応接室へと向かう映像が映っている。
「もう少ししたらコーヒー持って行かなきゃ……」
パンパンッと蝋まみれになっている手を払いながら、俺はリビングへと向かった。