一日の始まり
大都会の一角に、小さな三階建ての一軒家がある。
何処にでもある、ごくごく普通の家の扉には『OPEN』と描かれたプレートが、風に揺られてカタカタと音を立てていた。
その音に気付いた俺は、ドアを開いてプレートを手に取る。元々押さえで設置していた留め金具が消えている……恐らく取れてしまい、何処かに転がって行ってしまったのだろう。
「このプレート、そろそろ代え時か……?」
そんなことを呟きながら、俺はプレートを持っていた手を放して室内へと入って行く。
この家……『仲介屋-UnderTaker-』の一日は、こうして朝日に照らされながら始まりを迎えた。
「ふあ……」
小さくあくびをしながら、二階にあるリビングへと向かい朝食を作るべくエプロンを身につけた。
あ、皆さん初めまして。俺はレーベン・ジャナーザと言います。この家に住み込みで働いている、一応助手みたいなことをしています。主にこの家の主人の身の回りと、仕事の手伝いを中心に動いている。
今朝の気分はパンだけど、あの人のことだから……
「おいレーベン、今日の朝は米にしろよ~」
「やっぱそう言ってくると思いました」
昨日炊飯器セットしておいて良かった、と内心呟きながら振り返る。
ボサボサの銀髪長髪をかきながら、大きなあくびをする大人に「さっさと着替えてください」と声をかけた。
この人こそ、この家の主である聖堂 清介だ。パッと見は何処にでもいそうなイケメンで、朝日に照らされたスカイブルーの瞳がキラキラと輝いている。
「今日の予定は、どうなってんだ?」
「えーと、午前中と午後の早い時間に事前相談が一件ずつ、夕方は先日来た依頼人の通夜式があるので行く予定になってますが……」
「あー、そうだったなー。事前相談に来るお客さんの情報をファイリングした資料持って来いよ。朝飯食べ終えたらな」
「はーい」
話しながら炊けたばかりご飯を置き、その横にお味噌汁を並べる。そして椅子に座ってから聖堂さんと一緒に手を合わせた。
「「いただきます」」
まあ、今日は比較的ゆっくりとした朝食が取れて内心ホッとしている。
毎朝決まった時間にご飯が食べれない事がほとんどで、この前なんかやっと飯にありつけれたのが夕方だった時もあるんだ。一応軽食でおにぎり一つ食べる時間があったとはいえ、あの時はマジで大変だったなー。
「午前中は大野さん、午後は鶴見さんの事前相談でしたね。どういう内容の話をするんですか?」
「そうだなー、一応一通りの流れを説明してやる。頭に叩き込んどけよー」
まだ寝ぼけているようで、箸を銜えながら新聞を広げだした。
午前中に来る大野さんという人は、入院生活を続けている父親の死期を医者から宣告されたのだそうだ。父親の死後、どうやって"お葬式"を行えばいいのか分からないから早めに相談したいとのこと。昨日の電話で切羽詰まりながらそう話をしていたのを思い出す。
午後に来る鶴見さんという人は、今日の明け方に電話をしてきた人だ。旦那さんが急に亡くなり、途方に暮れているのだそうだ。ご遺体は俺らで運び、家のすぐ隣に建てられている安置所に搬送した。
一応聖堂さんは、車の免許も持ってるしストレッチャーって言う機材が乗っている搬送専用の車も持っている。俺はその付き添いで一緒に動いたものだから、すっげー眠い……でもあまり顔には出さないようにしている。
お客さんの前で眠そうな顔したり、あくびなんかしたら癇に障るヒトだっているかもしれないからな。
「そんじゃ、早速大野さんの事前相談の準備をしようかねぇ~」
「ハイハイ、俺は朝食の片付けをしてから資料持ってきますねー」
「ヒッヒッヒ、頼んだよぉ~」
あ、不気味な笑い声を発しているということは……完全に目が覚めたんだろうな。
聖堂さん……俺が言うのもなんだけど、かなり変な人だからさ。まだ寝ぼけている時の方が普通で話しやすいのに……
まあ、アレがあの人のキャラだから仕方がないと言えば仕方がないのだが……
「ヤベッ! もうお客さん来るじゃん!!」
時計をみて我に返った俺は、急いで朝食の片付けをしに台所へと走るのだった。