続編 -初めての… 4-
―――翌日。
今日は仕事納め。
昨日とは打って変わって激ヒマだ。
全ての締め処理は昨日で終わっているし、
年末のご挨拶に見えたお客様の応対とか、
後は自分の身の回りの整理とか。
それにしたって、何時間もかかるものじゃない。
一夜さん達経理部の男性社員も午後から
昨日と同じ様に「引越の準備で何か手伝う事ある?」と、
総務部に様子を見に来てくれたけれど、
既にやる事はなく、総務部の男性社員と共に
休憩室へ煙草を吹かしに行った後、そのまま経理部に
戻っていった。
そして定時になり、今日は忘年会を兼ねた納会がある為、
みんなで近くの居酒屋に移動した。
いつもなら私達総務部と一夜さん達の経理部は
一緒にやる事はないのだけど、年明けから
同じフロアになるという事もあって、
一夜さん達の経理部と一緒に納会をやる事になった。
一夜さんは案の定、あの総務部の女子社員達に捕まっていた。
居酒屋に移動する時からすでに一夜さんの両脇に張り付いていた。
もちろん、忘年会でもずっと一夜さんの両側をキープしている。
「・・・。」
一夜さん、楽しそう・・・。
あの様子だと今日はあの子達と一緒に帰るつもりなのかも。
むー。
「あれ?高本さん、全然飲んでないじゃん。」
チラチラと一夜さんの方を見ていると、隣に座っている
私と同じ総務部で同期の林田くんがいつの間にか
私のグラスにビールをなみなみと注いでいた。
「・・・あっ!林田くん、私、こんなに飲めないよ?」
そう言った時には既に遅く、林田くんは
「まぁまぁ、グィッといっちゃって♪」と
にんまり笑った。
「う・・・、じゃあ・・・ちょっとだけ。」
一応、注いで貰ったからには一口くらい飲まないとね・・・。
「ホントにちょっとだけだね。」
林田くんは中身がほとんど減っていない私のグラスを見て
クスっと笑った。
「高本さんて、あんまり飲めないの?」
「そういうワケじゃないんだけど、
今日はもうそろそろ帰らないといけないから。」
「え、もう帰っちゃうの?」
「うん、明日から帰省するから帰って準備しないと。」
・・・なんて、本当はこれ以上、一夜さんが
あの子達と楽しそうにしているのを見たくないから。
―――しばらくして私がお店を出ようとコートとバッグを持って
立ち上がると、
「あれ?高本さん、もう帰っちゃうの?」
と、少し離れた席から声が聞こえた。
一夜さんだ。
「はい。明日、朝から帰省するのでお先に失礼します。」
「じゃあ、ちょうどよかった。」
一夜さんはそう言うと、
「俺も明日帰省するからそろそろ帰ろうと思ってたんだよ。
大通りまで一緒に帰ろう。」
と、立ち上がった。
え・・・。
「やだぁー、前園さん、もう帰っちゃうんですかぁー?」
「もう少しくらいいいじゃないですかぁー。」
「せめて、後30分くらいー。」
一夜さんに張り付いていた女の子達は甘えた声を出した。
うわぁ・・・、あの子達完璧に酔ってる・・・。
「じゃあ、みんなお先にー、よいお年を♪」
一夜さんは私の真横に並んで、経理部と総務部のみんなに手を振った。
そして、お店から出て少し歩いたところで、
「千莉ちゃん、コーヒーでも飲んで帰らない?」
と、言った。
「うん?でも、一夜さん、時間大丈夫なの?」
「俺は平気。千莉ちゃんは時間ない?」
「ううん、大丈夫。」
私が返事をすると一夜さんは「じゃあ、こっち。」と、
私の肩に手を回して細い路地に入った。
「一夜さん、酔ってる?」
「うん、ちょっとだけね。」
やっぱりね・・・だって、こんな風に肩に手を回すことなんて
今までなかったもん。
「千莉ちゃんは?」
「私もちょっとだけ。」
「なーんか、林田と楽しそうに飲んでたみたいだけど?」
見てたんだ?
「そういう一夜さんも随分楽しそうだったじゃない?」
「あれぇ〜?もしかして千莉ちゃん、ヤキモチ?」
「・・・。」
意地悪な言い方・・・。
「楽しくなんかないもん・・・」
「え・・・?」
「林田くんと飲んでたからって、どこが楽しそうに見えたの?」
「せ、千莉ちゃん・・・?」
「一夜さんのバカッ。」
「千莉ちゃん・・・やっぱり、結構酔ってる?」
一夜さんは顔を引き攣らせながら私の顔を覗き込んだ。
「だから・・・酔ってないってば・・・」
でも・・・こんな風に感情をぶつけちゃうのは
自分でも酔ってるのかな?って、思った。
「・・・ごめん。」
すると、一夜さんは私をギュッと抱きしめて呟くように言った。
「ホントはヤキモチ焼いてたのは俺の方。」
「え・・・?」
「だって、千莉ちゃんの傍に行きたかったのに
三人も鬱陶しいのがぴったりくっ付いてて、
気が付いたら林田が千莉ちゃんに飲ませてたから・・・」
「じゃあ、一夜さんは全然楽しくなかったの?」
「当たり前だろ?」
一夜さんはそう言うと私に触れるだけの軽いキスをした。
それが私と一夜さんの初めてのキスだった―――。