続編 -初めての… 1-
「ね、経理の前園さんて、彼女いるのかな?」
朝、会社のロッカールームで制服に着替えていると
そんな会話が聞こえてきた。
噂をしているのは私と同じ総務部の女子社員達。
普段、他人が話している会話なんて
気にならないのだけど・・・
“前園さん”
その名前に思わず私は聞き耳を立てた。
そしてその彼女達の話題に上っている
“前園さん”とは経理部の前園一夜さん。
背が高くて、笑顔が可愛くて、愛想も良い人。
だから女性からの人気はもちろん、
男性からの人気も高く、いつも周りに誰かいる。
私とは正反対の人物だ。
「いそうだけど、前園さんイブの日に経理の人達と
飲みに行ってたよね?」
「うんうん、てことはいないのかな?」
ブブーッ。
彼女達のすぐ近くで会話を聞いていた私は
心の中で言った。
その答えは“ノー”だ。
だって、その前園さんの彼女というのは私だから。
私と一夜さんが付き合うようになったのは
クリスマスからだ。
確かに彼女達が言っているように一夜さんは
イブの日、飲み会に行った。
そして、その帰りに私と偶然会って、
彼の親友がやっているお店に連れて行ってくれた。
温かくてとてもおいしいスープの専門店。
次の日、私と一夜さんはもう一度同じ場所で待ち合わせをして
またあのお店に行った。
一夜さんと付き合う事になったのはその時からだ。
「前園さん、優しいから大事にしてくれそうだよね。」
「そーだけど、誰にでも優しいから
それはそれで不安にならない?」
「あー、それは言える。」
その通り。
一夜さんは誰にでも優しい。
男性女性関係なく。
「それにちょっと軽そうだし。」
そうそう。
一夜さんは見た目ちょっと軽そうなんだよね。
髪もちょっと茶色で長めだし。
それに付き合う事になった切欠だって・・・
「浮気とかしそう。」
その事についても実は私もそう思っている。
一夜さんとは同じ会社にいるとは言え、
ほとんど顔を合わせることはなかった。
一夜さんがいる経理部は三階、私がいる
総務部は二階。
だからまともに話したこともなかった。
それでも彼と付き合ってみようと思ったのは
彼と一緒にいると自分を作らずにいられるから。
イブの夜、来るはずのない相手を待っていた私の前に
現れたのは一夜さんだった。
温かい手で頬に触れられた瞬間、私は
溶けていくような感覚を覚えた。
冷え切っていた体の中で何かが溶けていった。
私は昔の恋愛で受けた傷を引き摺って
自分と人との間にずっと壁を作ってきた。
“もう誰も好きにならない”
好きだった人に裏切られて、
そして同時に友達にも裏切られた。
“もう誰も信じない”
また傷つくのが怖くて一人でいる事を選んだ。
だけど彼はその壁をすり抜けるように私の中に入ってきた。
一体、どうやって入ってきたのかわからないけれど、
私は彼に興味を持った。
あれだけ壁を作ってきた私だけど
“この人は絶対に私を裏切らない”と、
その時なぜか思った。
まだ確信できていないけれど・・・。