続編-予約済み・16-
「だけど、どうしてこんな写メを大伴さんが持ってるの?」
「しかも、これ、隠し撮り?」
「もしかして、前園さんを尾行したの?」
だが、三人はすぐにそこに気が付いた。
相変わらずこういう事には鋭い。
「え……」
焦る大伴さん。
“これじゃ、まるでストーカーじゃない?”
そんな声が周りから聞こえ始める。
「……ち、違うのっ、私と佐緒里の共通の友達が一夜さんのマンションの近くに住んでて、
それでその友達の家に行く途中に偶然、彼を見掛けて……、それで……、
佐緒里は好奇心が旺盛だから……っ」
大伴さんを庇うように慌てて千莉が口を開く。
「……その話、俺も聞いた事があるなぁー」
すると、その大芝居に林田が乗っかった。
ハッと顔を上げる大伴さん。
千莉も驚いた表情で林田に視線を移す。
だから俺も二人の大芝居に乗っかる事にした。
「……大伴さんは、千莉の事を思っての事なんでしょ?
もしも、俺が本当に二股を掛けてるなら“親友として”千莉を守りたかった。
だから、この写メを撮った……違う?」
「……」
黙ったままの大伴さん。
「でも、心配しないで。少なくとも俺は千莉とは真剣に付き合っているから」
「……佐緒里、心配掛けてごめんね?」
本当はそんなつもりで彼女が写メを撮った訳じゃない事は誰よりも千莉が一番よくわかっていた。
それでも大伴さんを庇っている。
それは、やっぱり“友達”だからだろう。
「……」
申し訳なさそう顔をする大伴さん。
「てか、そんな事よりさ、釣りの続きをしようよ?」
林田が空気を変えるべく再び口を開く。
「大伴さんも釣りやってみる?」
三人組と一緒にバーベキューの準備は流石に気まずいと思ったのか、林田が切り出した。
「う、うん」
その提案を素直に受け入れる大伴さん。
「じゃあ、高本さんと“絶賛釣り対決中”だから、俺の味方になってね?」
「えー、二対一なんてズルい!」
冗談ぽく言って大伴さんと一緒に川縁に向かって歩き始めた林田の後を慌てて追う千莉。
「千莉、負けんなよ~?」
俺は千莉の背中に向かってエールを送った――。
◆ ◆ ◆
数日後――、
六月の末、俺は経理部の部長・伊藤部長に呼び出された。
「大伴さんの事なんだが……」
俺がミーティングルームに入ったところで慎重な口ぶりで伊藤部長が話し始める。
「次の契約は更新しないそうだ」
「それは……どうしてですか?」
基本的にうちに入っている派遣社員は三ヶ月毎の更新だ。
五月からの契約だった冴子の代わりに大伴さんが来たから七月いっぱいまでの契約のはずだ。
それが更新しないとなると――。
「あの後も社員達の間で大伴さんはやはり君のストーカーだったんじゃないかって噂が広まってね。
それで居辛くなったんだと思う。次期の更新はしないと本人から申し出があったんだ」
「……」
「君を責めている訳じゃないんだ。ただ、もう派遣は入れない。それだけ言っておきたくてね」
「はぁ……」
そんな事を言われてもやっぱりそれは、俺を責めているんじゃないかと言いたくなる。
だが、それは同時に俺に“決断”を迫っているようにも思えた――。
そして、翌日の七月一日。
フロアミーティングで大伴さんの後任になる向井さんが紹介された。
営業一課から急遽異動してきた女性で新婚ホヤホヤの既婚者だ。
◆ ◆ ◆
更に数日後の金曜日の夜――。
「千莉、少し飲んで帰らない?」
賢の店で一緒に食事をした後、俺はとある事を実行する為、千莉を誘った。
「……? うん」
彼女は不思議そうな顔をしながら頷いた。
場所は最近オープンしたばかりの話題のダイニングバー。
「わぁ……すごい……」
そこのVIPルームに千莉を連れて行くと天井から床まである大きな窓から見える夜景と
ライトアップされた東京タワーに彼女は目を輝かせた。
「それにしても……VIPルームって……いつの間に予約してたのー?
てゆうか、ここ今すごい人気なのによく予約出来たね?」
「そこはちょいと伝を使ってね♪」
実はこのダイニングバー、賢の修行時代の後輩の店なんだとか。
『たまにでいいから顔を出してやってくれ』と頼まれていたから、それならさっそく……と、
賢に裏から手を回して貰ったのだ。
カップル専用のVIPルームの中には、夜景が最大限に楽しめるよう窓の外に向かって
真っ白な皮のソファーとガラステーブルが置かれていて、夜景を邪魔しない程度の間接照明が灯っていた。
「また二日酔いになるといけないから軽めのお酒にする?」
ソファーに腰を下ろしながら少し意地悪に言ってみる。
「ドライマティーニにする」
すると、千莉は拗ねたように言った。
ドライマティーニはカクテルの中でもわりと強いお酒だ。
それをチョイスするとは……、
「自ら酔い潰れる事を選択するって事は、千莉が寝てる間に俺が何をしてもいいって事?」
「え……ち、違うもんっ、一夜さんが意地悪な事言うから……」
「ははは、わかってるよ」
笑いながら千莉の頭を撫でる。
すると、彼女が少しはにかむように笑みを浮かべた。
「ジンジャーミストは? アルコール少なめで作って貰うとか」
「うん、そうする。一夜さんは?」
「俺はギムレットにしようかな」
そして、オーダーしたギムレットとジンジャーミストが運ばれて来て、俺と千莉の目の前に置かれた。
間接照明の灯りと外の夜景がカクテルに映り込み、それを彼女が楽しそうに見つめる。
俺はそんな千莉の横顔をしばらく見つめてギムレットに口をつけた後、
「千莉……」
今夜彼女をここへ連れて来た目的を果たす為、話を切り出した――。