続編-予約済み・14-
――翌日。
「おはようございます」
朝、私が席に座ると目の前の席に座っている林田くんが怪訝な顔でパソコンを見つめていた。
しばらくして眉間に皺を寄せたままキーボードを打ち始める。
(何かトラブルでも起きたのかな?)
だが、トラブルがあったのなら私の方にも何らかの情報が入るはずだ。
例えば手配した名刺の発注ミスや備品の手配ミス。
それにしたって、彼がこんなに険しい顔をしているのは珍しい事だけれど。
「林田くん、何かあったの?」
私で何か手伝える事があるかもしれないと思い、声を掛けてみる。
「えっ? あぁ……いや、大丈夫。仕事の事じゃないから」
すると、林田くんはすぐになんでもない顔を私に向けた。
「そう……?」
(個人的な事だったのかな?)
そして、昼休憩の直前、佐緒里から私に社内メールが届いた。
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添付画像を見て。
千莉、二股を掛けられているわよ?
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(え……?)
私はすぐに添付された二枚の画像を開いて見た。
(これは……)
画像に写っていたのは一夜さんのマンションの前、彼と彼の妹・みちるちゃんの姿だった。
ちょうど会社から帰って来たところなのか、一夜さんがお買い物をして帰って来たらしいみちるちゃんの手から
買い物袋を受け取っているところと、もう一枚は一夜さんの部屋から出て来たみちるちゃんが
玄関で宅配の荷物を受け取っているところだった。
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彼女は前園さんの妹さんよ。
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そんな訳ないでしょ?
私に前園さんを取られたくないからってデタラメ言わないで
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本当よ。
大学生の妹さんと同居しているの。
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千莉は騙されてるのよ!
でも、私は騙されないからね!
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佐緒里は全然私の言う事なんて信じていないようだ。
(それにしても……どうして、佐緒里がこんな画像を持っているんだろう?)
◆ ◆ ◆
――数日後。
「えぇーっ、私も前園さんと一緒がいいーっ!」
翌日の土曜日、社内行事で大きなキャンプ場を借りてバーベキュー大会が行われる事になっていた。
それで一夜さんと家の方角が同じ私が彼の車で一緒に行く事になり、佐緒里が『私も一緒に連れて行け』と
騒いでいるのだ。
「大伴さんの家は前園さんの家の方角と全然違うでしょ? 君は家の方角が同じ俺の車」
佐緒里を途中で拾って行く予定の林田くんが苦笑いで宥める。
「私は林田さんより、前園さんがいいっ」
佐緒里は相変わらずそんな事を言っている。
「はいはい、そんな我が侭はなしね。
だいたい君は派遣だから今回のバーベキューも参加しなくていいんだからね?」
「う……」
言葉を詰まらせた佐緒里。
「……ごめん、言い過ぎた。参加は一人でも多い方が楽しいしね。
けど、みんなで効率よく現地集合するには逆方向の人を乗せて行くよりは
同じ方角の人を乗せて行く方がいいだろ?」
「……うん」
林田くんの言葉に素直に頷く佐緒里。
(案外、この二人って合ってるのかも?)
ふと、そんな事を思った。
◆ ◆ ◆
翌日、一夜さんが車で私のアパートまで迎えに来てくれた。
「おはよう」
今日は山の中にある大きなキャンプ場でのバーベキュー大会という事もあって、
黒のキャップに黒いポロシャツ、暗めの色のジーンズという、いつもよりラフな格好で一夜さんが現れた。
「おはよう」
かく言う私も淡いブルーのキャップに白いパーカーとブルージーンズというラフな格好をしている。
「千莉がジーンズ穿いてるトコ、初めて見たかも」
「今日は川もあるキャンプ場だってプリントに書いてあったから、この格好なら何でも出来るかな~? って」
「川釣りでもするつもり?」
「私、結構そういうの好きよ?」
「へぇ? それは知らなかったな?」
「意外?」
「うん、“新たな一面を発見”って感じ♪」
一夜さんはそう言うと、いつものように助手席のドアを開けてくれた。
「そういえば、去年までは経理と総務って別フロアだったから全然顔を合わせる事もなかったよな?」
一夜さんが車を走らせながら思い出したように笑った。
バーベキュー大会は毎年この時期にある。
全部署が参加と言っても、だいたい同じフロアの部署同士で固まるから、
違うフロアにいる社員と顔を合わせる事はあまりないのだ。
「うん、去年の今頃は一夜さんの顔と名前しか知らなかった」
「でも、俺は知ってたよ? 千莉の事」
「え……」
そんな事を言われ、驚いた。
だって……、
「俺は千莉の事、知ってた。いつも無表情で感情もまったく表に出さないって有名だった」
あの頃の私は誰とも関わりを持とうともしないで、ただただその日その日を過ごしていた。
周りの事なんてまるで関心がなかったのだ。
だから、まさか一夜さんが当時別フロアにいる私なんかの事を知っているなんて思いもしなかった――。
「イブの夜、あの場所で千莉を見かけた時……一瞬“運命”を感じた……」
言いながらハンドルを切っている彼の横顔を見つめる。
「声を掛けたのも、きっと思いつきや気まぐれなんかじゃないと思う」
「……それって?」
「“必然的”に引き寄せられたんだと思う」
「……」
私はあの時、“誰か”に声を掛けて貰うのを待っていたのかもしれない。
“もう来ない”ってわかっている相手を待っているつもりで、私を救ってくれる誰かを待っていたのかもしれない――。
◆ ◆ ◆
キャンプ場に着いて――、
私は林田くんと川釣り、一夜さんはバーベキューの準備をそれぞれ始めた。
佐緒里と三人組はもちろん一夜さんと一緒だ。
今日は社員の家族も同伴していた。
私と林田くんの周りでも、川のほとりや浅瀬で別の部署の社員の子供達が遊んでいる。
男の子は川の中の魚や蟹を追いかけたり、女の子は川のほとりにある綺麗な貝や石を探している。
「あ、掛かったかも!」
釣りを始めて約十五分。
私の竿にヒットした感触があった。
「お?」
隣にいる林田くんがこちらに視線を向ける。
リールを巻いて糸を手繰り寄せると二十センチくらいのイワナが釣れた。
「絶対俺の方が先に釣り上げてやろうと思ってたのに、先越されちゃったなぁー。
フライは難しいのによく釣れたね? もしかして、高本さん、やった事あるの?」
林田くんは言いながらイワナの口から針を外してくれた。
「ううん、全然。だから釣れたんだと思う」
「ビギナーズラックってやつ?」
「うん」
「よしっ、勝負はまだまだこれからだ! これよりも大きいの、もしくは数で勝負だっ。
なんなら、ここにいる全員が塩焼きを食えるぐらい釣ってやる!」
妙な対抗心を燃やしながら再び自分の釣竿が置いてある位置まで戻る林田くん。
「ふふ、そんなに燃えなくても」
笑いながら再び竿を投げようとしていると、浅瀬で遊んでいた小さな男の子が
川の中にじゃぶじゃぶと入って行くのが見えた。
(あれ?)
川の中は浅いように見えて意外と深い場所もあるし、流れは緩くても苔で滑ったり、
石に躓いて転んだりしたら危ない。
(大丈夫かな?)
そして、私が気を揉んでいると……、
「あ――っ!?」