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「へぇー・・・結婚、するんだ?」
その男は俺が高本さんの“婚約者”だと聞いて
顔色を変えた。
「うん。・・・あ、それじゃ。」
高本さんは顔をちょっと引き攣らせ、
その男にそう言うと俺に「行きましょう。」と言った。
「あ?・・・あぁ。」
なんだかよくわからないけれど
とりあえず俺はその男に軽く会釈して
彼女が歩き出した方向について行った。
「こっちになんかあんの?」
そして、ツリーからかなり離れても
歩く速度が落ちない彼女にそう聞くと、
「あ。」と、ようやく足を止めた。
「ご、ごめんなさいっ。」
「ん?何が?」
「勝手に婚約者なんて言っちゃって・・・。」
「あー、いいよ、別に。
そう言った方が都合がいい相手だったんでしょ?」
「・・・。」
「まぁ、上手く誤魔化せたみたいだから
よかったじゃん?」
「・・・元カレなんです。」
「・・・。」
なんとなく、なんとなーくだけど・・・
そんな気はしてたんだよなー。
「さっきの人が昨日言ってた・・・」
「高本さんがずっとあのツリーの下で待ってた人?」
「はい・・・。」
「じゃあ、戻ったほうが・・・
今ならまだ間に合うかもよ?
まだそんなに遠くに行ってないだろうし。」
俺って意外とお人好しなのかもしれない。
自分でそう思った。
「いえ、もういいんです。」
「でも、ずっと待ってた人なんだろ?」
だって、せっかくのデートなのに。
他の男の所へなんかに行かせようとしているんだから。
「彼は私と会う為にあそこに来た訳じゃないんです。
たまたま通りかかっただけで・・・それに、
さっき、彼の顔を見てわかったんです。」
「?」
「やっぱり、彼はあの約束の事も憶えてないって。」
「そうだとしても、彼は君と話したがってたみたいだし、
まだ君の事好きなんじゃないかな?」
・・・というより、元カノを目の前にして
振った事を後悔したってトコかな。
だって俺が婚約者だって聞いた時のあの反応は・・・
「でも、私はもう彼の事、好きじゃありませんから。」
そんなはずはないだろ?
「じゃ、どうして今でもあの約束を忘れずに
昨日もあのツリーの下で待ってたの?」
「・・・ただ、ハッキリさせたかっただけかもしれません。
ちゃんと彼の口から“さよなら”って言葉を聞きたかった。」
「それだけの為に待ってたって言うの?」
「私もさっきまでは彼の事、まだ好きなんだと思ってました。
でも、実際に彼の顔を見たら違うって思ったんです。」
「・・・。」
「彼が佐緒里と別れたって言った時も・・・
あ、佐緒里っていうのが私の友達だった子で、
彼、その子とも別れたらしくて。」
そういえば、そんなような会話が聞こえたな。
「それで、佐緒里と別れたって聞いても
今、彼女がいないって聞いても彼の所に
戻りたいって思いませんでした。
二人で飲みに行こうって言われても、
全然そんな気になれなくて。」
「じゃ、そいつの事はもうきれいさっぱり?」
「はい。」
高本さんは笑って返事をした。
「そっか。・・・ところで、婚約会見の会場はここでいい?」
俺は目の前の店を指差した。
「へ?」
「実は、ちょうど予約してたんだよねー。」
そこは賢のスープ専門店だった。
「ま、前園さんっ、あ、あのっ・・・さっきのは、
その・・・っ・・・」
「急にデートになっちゃったから
クリスマスで予約が取れないと思ってね。
賢に電話してスープ以外も作ってもらう事にしたんだ。
てか、今日の『本日のスープ』なんだろ?」
慌てている彼女を他所に俺は店のドアを開けた。