続編-予約済み・12-
週が明けた月曜日の昼休憩――、
「ねぇ、千莉の彼氏って前園さんなの?」
社員食堂の二人掛けテーブルでさっそく佐緒里の尋問が始まった。
「……」
「違うの?」
私は素直に認めてしまうと、佐緒里が一夜さんを私から奪うのにより一層必死になるような気がして
ハッキリとは認めたくなかった。
「付き合ってないなら、私、アタックしちゃおっかな~?」
(やっぱり……)
「……そうよ、彼が私の恋人」
私は仕方なく白状した。
「ふぅ~ん……でも、私、前園さんの事が好きになっちゃった♪」
しれっとした顔で言う佐緒里。
「……」
「ねぇ、千莉、もし、彼が私を選んでも恨まないでね?」
そして、佐緒里は私へ“宣戦布告”をした――。
◆ ◆ ◆
その日の夕方――、
定時を三十分程過ぎた頃、仕事を切り上げてみんなに挨拶をして部署を出ると、
林田くんが追い掛けて来た。
「高本さん、ちょっといい?」
「うん」
私がそう返事をすると、彼はあまり人目につかない廊下の隅に移動した。
「……あの……高本さんが付き合ってる人って……前園さん?」
佐緒里と同じ事を小声で訊ねてきた林田くん。
「……」
(やっぱりその事なんだ……)
一夜さんから『二人に気付かれたかも』って聞いていたから佐緒里から訊かれる事も、
林田くんから訊かれる事も予測はしていた。
けれど、やはり答え辛い。
「違うなら違うでいいんだ……だけど……」
……と、林田くんが何かを言い掛けたその時――、
「どうして私達が経理部に来たお客様のお茶を入れなくちゃいけないのよ!」
「そうよ! 総務部の私達に押し付けないでよ!」
「それに私達も帰るところなんだから!」
例の三人組の声が廊下に響いてこちらに向かって歩いて来ていた。
その先頭には佐緒里がいる。
私と林田くんは思わず顔を見合わせた。
「君達、何を騒いでいるんだ? ここはお客様も通る場所なんだぞ?」
慌てて林田くんが三人組に駆け寄る。
私もその後に続いた。
「だって、大伴さんが……」
「経理部に来たお客様なのに『お茶くみは業務内容に含まれていないから』って……」
「私達に押し付けるんですよー?」
そう林田くんに訴える三人組。
その横を「お疲れ様」と佐緒里が涼しい顔で通り過ぎて行った。
「「「ちょっと、大伴さんっ」」」
三人が同時に佐緒里を呼び止める。
しかし、彼女が足を止める事はなかった。
「お茶は私が淹れるからいいよ。
お客様が何人なのか、経理部の人が何人なのか聞いてる?」
「お客様は二人で経理部の人が二人だそうです」
「ミーティングルームでいいのかな?」
「はい」
私が三人組に訊くと、一応そういった事はしっかり聞いていたようで三人組のリーダー格の鈴木さんが答えた。
コン、コン――、
「失礼致します」
四人分のお茶を淹れてミーティングルームのドアを開けると伊藤部長と一緒に一夜さんもいた。
伊藤部長と一夜さんはつい先程退社したはずの、しかも経理部ではない私がお茶を持って来た事で
一瞬驚いた表情を浮かべた。
(一夜さんがいるとは思わなかった)
しかし、一夜さんも『部長代理』という肩書きを持っているから重要なお客様の場合、
伊藤部長と共に応対する事も珍しくはない。
実際、伊藤部長が忙しい時等は一夜さんが応対もしているから。
◆ ◆ ◆
――翌朝。
「高本さん、昨日はすまなかったね」
経理部の伊藤部長が朝一で私の席へやって来た。
昨日のお茶くみの件だ。
「いえ、気にしないで下さい」
「派遣の契約書に『その他雑務』って書いておいたはずなんだが……本人は『来客応対』とは書いてないから、
お茶くみは含まれないなんて言うんだ……やはり派遣を使うのは難しいのかねぇ?」
小声で少し愚痴っぽく言った伊藤部長。
「佐緒里は前の会社で『その他雑務』っていう口実で散々都合よく使われてた派遣の子を
目にしているみたいですから、余計に線引きしておきたいんだと思います」
実際、佐緒里からそんな話は聞いていた。
「なるほど、そう言う訳か……。じゃあ、次の契約更新の時にそういう細かい業務内容も書き足して
契約書を作り直すとして……、それまでは総務部に来客の応対なんかをお願いしてもいいかな?
一応、長谷川部長にはもう話をして了承も得てあるから」
「はい、いつでも声を掛けてください」
「ありがとう、助かるよ」
そう言って伊藤部長がデスクへと戻った直後――、
社内メールが来た。
(誰かな?)
もしかして、一夜さんかと思って少しだけ期待してメールを開くと……、
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部長と何を話したのか知らないけど、前園さんの恋人だからって
ある事ない事告げ口するのはやめてよね。
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佐緒里からそんなメールが来ていた。
(???)
佐緒里は私が部長に何か告げ口をしたと思ったようだ。
(告げ口のつもりじゃないんだけどなぁ)
しかし、私が伊藤部長と話した内容を素直に言っても佐緒里は信じてくれないだろう。
私は佐緒里からのメールには何も返さず、しばらく様子を見る事にした――。