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続編-予約済み・10-

――数日後の金曜日。




五月末日、本日をもって西川さんが退職。


その日の終業後は経理部と総務部で西川さんの送別会と大伴さんの歓迎会が行われる事になっていて、


みんな十八時三十分で仕事を切り上げた。




今日の会場は全国の銘酒が数多く置いてある料理も美味しい少し高級志向の居酒屋。


西川さんの希望だ。




「西川さん、今まで本当にお疲れ様でしたっ」


経理部の後輩・松本が西川さんに大きな花束と寄せ書きを、


「大伴さん、ようこそ我が経理部へっ」


そして、大伴さんに満面の笑みを向けた。






俺は西川さんや大伴さん、いつもの三人組に囲まれながら千莉の様子を気にしていた。




千莉の周りには相変わらず男共が群がってやがった。


特に林田。


ずっと、千莉の隣をキープしている。


だが、幸いにも俺の向かい側に林田、左斜め前に千莉が座っているから


この距離なら千莉と林田の会話が丸聞こえだ。




「高本さんて、最近なんか雰囲気変わったよね?」


――と、千莉のグラスにビールを注ぐ林田。




「え?」




「表情が豊かになって雰囲気も柔らかくなってきた……それは彼氏の影響?」


林田の言うとおり、社内で無表情だった千莉は俺と付き合い始めて徐々に表情だけでなく雰囲気も変わってきた。




「……そうかも」


一瞬だけ俺に視線を移して恥ずかしそうに答える千莉。




「へぇ? ここまで高本さんを変えた彼氏ってどんな人なんだろ? 会ってみたいかも」


そんな事を言いながら、林田はまだ一口程しか減っていない千莉のグラスにまたビールを注いだ。




(はーやーしーだー……千莉を潰す気かぁー?)






しばらくして――、


「高本さんていつもあんまり飲まないし、ほとんどビールだけど日本酒は嫌い?」


そう言ってメニューを開く林田。


次は何をする気だ?




「『利き酒セット』っていうのがあるよ?」


少しゆっくりと瞬きをした千莉にメニューを見せた林田。




「これ全部当てたら、今度俺がいいお店に連れて行ってあげる」




誰がどう見ても口説いているように見える。




「は……」


「前園さぁ~ん、私、酔っちゃったぁ~♪」


林田を止めようとしていると隣に座っている大伴さんが寄り掛かって来た。




(あぁっ、もう! やっかいだな!)


そんな事を思っている間にも店員を呼んで『利き酒セット』をオーダーする林田。




「少し外の風に当たってくれば?」


俺がそう言うと、


「じゃあ、前園さんもついて来て~♪」


大伴さんに腕を掴まれた。




「俺、トイレに行って来るから」


そう言ってとりあえず掴まれていた腕を解放させる。






(さて……どうしようか?)


トイレの中でしばし考える。


このままでは千莉を林田から救い出せない上、俺も大伴さんと三人組に捕まったままだ。


千莉の意識がまだはっきりしているなら、俺が先に帰ると言えば何かピンと来て自分も帰ると言うかもしれない。






だが……、


「……」


非難していたトイレから戻った俺は絶句した。




千莉が林田に体を預けるようにして目を閉じていた。


『利き酒セット』だかなんだかをオーダーして林田が千莉に飲ませたらしく潰れたのだ。




(まずったなぁ……もっと早く林田から離せばよかった……)


『後悔先に立たず』とはよく言ったもので、俺はどうして強引にでも千莉の隣に座らなかったのか後悔した。


千莉は酒に弱いという訳ではないが、そんなに強い訳でもない。


だから、歓送迎会が終わって店を出る頃には誰かの支え無しでは歩けない程になっていた。






     ◆  ◆  ◆






「林田!」


店を出て、二次会に行こうと騒ぐ大伴さんと例の総務部三人娘の腕を振り払った俺は、


タクシーを止めて千莉を乗せている林田に駆け寄った。




「前園さん、どうしたんですか?」


涼しい顔で言う林田。




(千莉を潰しておいて『どうした?』はねぇだろっ)




「高本さんは俺が送って帰るよ」


そう言った直後、


「前園さぁ~ん、もう帰るんですかぁ~? だったら一緒に帰りましょ~?」


大伴さんが追い掛けて来た。




「高本さんの事はご心配なく。俺が責任持って送りますから」


林田はそう言うが……、


「……高本さんの家、知ってるのか?」


俺は大伴さんを無視して林田に訊ねた。




「……いえ、それはー……」




「なら、高本さんがこんな状態なのに、どこへ連れて帰る気だ?」


千莉は歩くのもやっとの状態で林田の支えでタクシーに乗せられ、後部座席で完全に正体をなくしていた。




「前園さぁ~ん、千莉なんかより私を送って帰って下さぁ~い♪」


大伴さんは俺の背後で相変わらずそんな事を言っている。




「俺は高本さんの家も知ってる。林田は大伴さんを送って帰ってくれ」




「でも……」




「家の場所を知らないんじゃ、送りようがないだろ?」


俺がそう言うと、林田は怪訝な顔をしながらタクシーを降りた。




「……」


さっきまで騒いでいた大伴さんが無言になり、何か気付いたんだと察した。




(つーか、酔ったフリをしてたのかよ……)


だいたいの予測はしていた。


大伴さんは酒も飲んでいたが途中、ウーロン茶なんかのソフトドリンクで調整していたのを


俺は目にしていたからそんなに酔っていないとわかっていた。




「高本さんとは方角が同じだし、前にどの辺りなのか聞いた事があるから」


言い訳程度にそんな事を言ってみるが林田と大伴さんの二人は完全に何か気付いたようだった。




「運転手さん、出してください」


俺は逃げるようにタクシーを発車させた――。

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