続編-予約済み・4-
翌日――。
俺は朝一で人事部に怒鳴り込んだ。
「浅沼っ!」
「おう、前園、どうしたんだ?」
「どうしたじゃねぇよっ! 人事部のデータベースの管理は一体、どうなっているんだっ?」
「へっ?」
「社員のデータベースのパスワードはどのくらいで変えているんだっ?」
「そういえば……俺がここに配属されて以来一度も変わってないなぁー」
「……」
浅沼が人事部に移ったのは、かれこれもう五年も前の事だ。
俺は呆れて声も出なかった。
「どうかしたのかぁ~?」
しかも、能天気な声で訊く浅沼に余計イラ立つ。
「どうかしたじゃねぇっ! 今すぐ社員の個人情報データベースのパスワードを変更しろ!
つーか、普通こういう重要なデータベースは定期的にパスワードを変えるだろっ!」
「前園くん? どうしたんだ?」
俺が人事部に乗り込み、声を荒げていると人事部の石井部長が出て来た。
声がした方に向くと、その部長のデスクの前に千莉ちゃんが立っていた。
おそらく何かの書類を届けに来たか、受け取りに来たのだろう。
「……」
千莉ちゃんは驚いた顔で俺を見つめていた。
「君がそんな風に取り乱すなんて珍しいな?」
至って冷静な石井部長。
「当たり前です。昨日、ある人物に不法侵入されたんですから」
「っ!? どういう事だね?」
俺の言葉に流石に動揺する石井部長。
「……個人的な事なので詳しくは話せませんが、以前、人事部にいた人間が昨日、
社員のデータベースにアクセスして俺の住所を調べて家に押しかけて来たんですよ。
幸い家に上がり込んで勝手に料理をしていただけで妹には危害はありませんでしたが……」
「料理をしていたって……女性か?」
「……はい」
俺は石井部長の問いに素直に頷いた。
「……まさか……いや、そうか……わかった。
パスワードは今すぐ変更して定期的にも変えるようにする。
データベースの管理も徹底させよう。
イントラだからと思って油断をしていたが……すまなかったな」
「おい、料理してた女って……」
俺と冴子が付き合っていた事を知っている浅沼は怪訝な顔をした。
「お騒がせして申し訳ありませんでした。この事はどうか内密にお願いします」
「……」
冴子の名前を口にしそうな浅沼を遮るように俺が頭を下げると浅沼は言葉を飲み込んだ。
「いや、こちらこそ申し訳ない……この事は私と浅沼くんの胸の中だけに仕舞っておく。
浅沼くんもいいな? それと、パスワードの変更の件も頼むよ」
「は、はい、わかりました」
浅沼が頷くと、石井部長はデスクに戻って再び千莉ちゃんと話し始めた。
(マズイところを見られちゃったなー……)
◆ ◆ ◆
そして、昼休憩――。
「一夜、一緒にお昼食べない? 話があるの」
冴子が誘ってきた。
(ここで断ったら次は何を仕掛けて来るかわかんないしな……)
「……今日だけだからな?」
俺がそう言って立ち上がると、視界の端に千莉ちゃんの不安そうな顔が見えた。
対照的に笑みを浮かべる冴子。
「それで? 話って?」
俺と冴子は会社の近くにある静かな喫茶店に入った。
「昨日のハンバーグどうだった? 美味しかった?」
『話がある』と言ったくせに冴子はそんな他愛もない事を話し始めた。
「一夜、ハンバーグ好きだったでしょ? だから頑張って……」
「話はなんだ?」
冴子の言葉を遮るように言うと、彼女が顔を歪ませた。
「……昨日言った事、私は本気よ」
「だとしても無理だ」
「あなたの恋人には私から手切れ金でもなんでも渡すから」
「そうじゃない。たとえ俺に恋人がいなくても俺にそんな気はないし、
おまえだって結婚しているだろ?」
「離婚するわ」
「本気で言ってるのか?」
「本気よ、そう言ってるじゃない」
その言葉のとおり、確かに冴子は真剣な顔をしていた。
「……旦那さんはともかく、子供はどうするんだ?」
「あなたが嫌なら……主人に引き取ってもらうわ」
「子供が可愛くないのか?」
「……」
無言になったいう事は、子供を手放すのは辛いという事か。
「……俺とおまえは、もう終わってるんだ。
おまえが今の旦那さんを選んだ時から……それに、俺は今、失いたくない女性がいる」
「でも、その人が私と同じ様に一人っ子だとしたら?
私の時と同じ様に両方の親から反対されたらどうするの?
あの時と違う決断が出来るとあなたは言える?」
「あぁ、言える。反対されたなら解決策を探せばいい。
跡取りの問題だと言うなら、みちるに婿を取ってもらうか、
子供を二人以上作ってどちらかを養子にするっていう手だってある」
「なら……どうしてあの時にそう言ってくれなかったの?」
「あの時は……みちるはまだ高校生で、いきなり『おまえに婿を取ってもらう』なんて話は
出来なかったし……知らない家じゃないにしても、子供が生まれる前からそんな簡単に
養子に出すなんて事も言えなかった……」
「……そういえば、あなたってそういう人だったわね……大事な時にいつも優柔不断だった」
ふっと溜め息を吐く冴子。
「おまえは俺のそういうところが嫌になったから、俺じゃなくて旦那さんの方を選んだんだろ?」
「……」
「とにかく、おまえとの関係はもう終わってるんだ」
俺はそう言うと、冴子を残して立ち去った――。