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「そんな男の事なんて、きれいさっぱり忘れちゃえ。」
「・・・簡単に言わないで下さい。」
「簡単だよ。新しい恋をすればね。」
「・・・。」
「また、裏切られるのが怖い?」
「・・・。」
「それで、そんな性格になっちゃったんだ?」
「・・・。」
彼女は否定もしないで黙っていた。
肯定もしないがおそらく俺が言った事は図星なんだろう。
だから、自分と人との間に壁を作ってたのか?
「高本さんならもっといい男がみつかると思うけどなー?
くだらない嘘つかないで、約束をちゃんと守る男がさ。」
「そんな人、どこに・・・」
つーか、フツーにいるだろ。
そのへんに。
「たとえば、俺とか。」
「・・・。」
高本さんはちらりと俺を見た。
まるで信じていないといった顔だ。
まぁ、今までこれだけ壁を作ってたんだから
俺ごときが言ったところですぐに信じてもらえるはずはない。
「じゃあさ、明日の夜7時にまたあのツリーの下で待っててよ。」
「え・・・。」
「約束、指切りげんまん。」
俺はそう言って小指を立てた。
すると、高本さんも戸惑いながら小指を立て、
俺の小指と絡ませると、クスッと笑った。
30過ぎの大の男が子供みたいに指切りするのが
可笑しかったんだろうか。
―――翌日。
社内で高本さんを見かけた。
いつものように縁なしのメガネをかけいて無表情だ。
昨夜のあの笑顔が嘘みたいだな・・・。
でも、この社内で彼女の笑顔を知っているのは俺だけ。
なんか優越感。
そして、夜―――。
俺は約束の7時よりも前にツリーの下に着いた。
時計を見ると6時55分。
5分前か。
高本さん、来るかなぁー?
例の元カレとの約束ならともかく、
俺との約束だしな。
彼女が平気で約束を破る人だとは思えないけれど
やっぱりちょっと不安だ。
そうして、時計の針がちょうど7時を差した時、
俺の真後ろで男の声がした。
「千莉っ。」
セリ?
俺はもしやと思い、振り返った。
すると俺の目の前に男、さらにその男と向き合うように
高本さんが立っていた。
高本さんは、その男の後ろにいる俺には
まったく気付いていないみたいだ。
完全に意識が男の方にいっている。
「久しぶりだな、元気だった?」
その男はそう言うと高本さんに近づいた。
なんだ?
知り合いか?
それなら少し話が終わるまで待つかな。
俺は再び前方に視線を戻した。
この距離だと会話が聞こえてしまうけど、
ま、いっか。
「何年ぶりかなー。なぁ、今から時間あるなら
飲みに行かないか?ゆっくり話がしたいんだ。」
え、おいおい。
高本さんは今から俺とデートだぞ?
俺は思わずその男に心の声で突っ込みを入れた。
「・・・。」
しかし、高本さんは黙っている。
あれ?
高本さん、断らないの?
「・・・私なんかと行ったら、佐緒里に怒られるんじゃない?」
「え?知ってたんだ?てか、佐緒里とはもう別れたよ。」
「・・・そ、そう、なんだ。」
「俺、今フリーだし。」
男はそう言うと、「だから、二人きりで飲みに行くのも全然有り。」
と、続けた。
あらぁ〜?
これは俺との約束すっぽかして、
この男と飲みに行っちゃうパターン?
そう思っていると、
「私、約束あるから。」とようやく高本さんが言った。
「ふーん、誰と?」
「それは・・・」
誰と?と、聞かれ、高本さんは返事に困ったのか
言葉を詰まらせた。
そろそろ俺は登場した方がいいんだろうか?
それとなく、ちょっとだけ振り返る。
すると、高本さんとばっちり目が合ってしまった。
「あ・・・。」
こうなるともう登場するしかない。
「お待たせー。」
・・・て、俺のほうが早く来てた気もするが、
まぁ、細かいことはこの際どうでもいい。
「誰?」
男は俺が高本さんに近寄るとちょっと怪訝そうな顔をした。
「あ・・・えっと・・・」
そして、高本さんは俺と腕を組むと、
意外な言葉を口にした。
「こ・・・婚約者っ。」
んんっ?
俺は思わず高本さんの顔をじっと見た。
「・・・。」
なんだか、無言で何かを訴えている。
ここは・・・一芝居打っとくか?