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続編-予約済み・3-

――その日の夕方。




冴子と西川さんが定時退社をした後、千莉ちゃんの方に顔を向けると、


目が合ったにも拘わらず、なんとなく彼女が視線を外した。




(え……)


いつもはそんな事ないのに――。




だが、千莉ちゃんがそんな態度を取った理由に一つだけ心当たりがあった。


きっと昼間の“アレ”だ。


俺と冴子の後ろを歩いていた千莉ちゃんにもあのやり取りは聞こえていたはず。


それにおそらく昔、俺と冴子が付き合っていたという噂も耳にしているだろう。




(まずいな……何とかしないと)


かと言って冴子があんな調子じゃ、今は千莉ちゃんに何を言っても、どんな言葉を掛けても無駄な気がした。






     ◆  ◆  ◆






「おぃーす、いらっしゃい」


賢の店に顔を出すといつも通りの笑顔で賢が迎えてくれた。




「ん? おまえの方が先に来るなんて珍しいな?」


賢がそう言ったのは、いつも千莉ちゃんの方が先に来て待っているから。




「今日は千莉ちゃん、来ないよ」


そう、彼女は来ない。


さっきの彼女の様子で下手に会うよりも冴子の事が片付くまで俺から『会おう』とは言わない方がいいと思ったのだ。


だから“賢の店で待ってて”とは言えなかった。




「なんだ? ケンカでもしたのか?」




「いや……ケンカじゃない」




「まさか、フラれたか?」


賢が軽く笑いながら言う。




「……」




「……て、え……? マジ?」


否定しない俺に賢が焦ったように言う。




「まだ辛うじてフラれてはないけど……このままじゃ俺、ヤバいかも……」




「どうしたんだ?」




「実はうちの部署の女の子が、今月末で寿退社をする事になったって言ってただろ?


 その後任として派遣社員の女性が今月の初めから来てるんだけど……」




「ふんふん?」




「それが……冴子だったんだ」




「え……まさか、おまえと付き合ってたあの冴子さん?」


冴子の事は賢も知っていた。


当時、賢もまだ店を持っていなくて、たまにダブルデートなんかをしていたから面識はあるのだ。




「そう、そのまさか……」




「嘘だろ……?」




「俺も最初は自分の目を疑ったよ……けど、冴子だった。


 しかも、アイツ……なんか企んでるらしくて……今日の昼間、二人でいるところを


 千莉ちゃんに見られちゃったんだ……それ以来、彼女の様子がおかしくなって……」




「おまえがそこまで落ち込んでるって事はもちろん、冴子さんと今更どうこうってのは考えてないんだろ?


 それなら早いうちに千莉ちゃんの誤解を解いておいた方がいいんじゃないか?」




「かと言って、冴子の目的も何もわかんねぇし……」




「冴子さんからは何も言って来ないのか?」




「話があるから時間を作ってくれとは言われてる」




「なら、その話を一度聞いてみたらどうだ?」




「……」




「『今更何を言われても……』って顔してるけど、おまえが冴子さんから逃げてる限り、


 千莉ちゃんの誤解も解けないし、下手をするとますます悪化するぞ?」




「あぁ……わかってる……」




「まぁ、わかってるから『このままじゃ俺、ヤバいかも』って言ったんだと思うけど。


 冴子さんの時のように千莉ちゃんを失いたくないなら、ちゃんとハッキリしろよ?」




「あぁ……」


俺は賢の言葉を深く受け止めて頷いた――。






     ◆  ◆  ◆






だが――、




事件はその翌日に起きた。




『もしもしっ、お兄ちゃん? すぐに帰って来てっ』


定時が過ぎて冴子が退社した約一時間後、みちるがただならぬ様子で携帯に電話してきた。




「どうしたんだ?」




『なんかよくわかんないけど、女の人が勝手にうちに上がり込んで来ちゃったのっ』




「は?」




『私が帰ってくださいって言っても全然聞かないし、その上、料理まで始めちゃって……、


 包丁持ってるから怖くて……とにかく、お兄ちゃん、すぐに帰って来て!』




「わ、わかった」


それはすぐに冴子だと確信した。


昨日は『家に押しかける』とか言っていたけれど、俺は冴子と付き合っていた頃は


今とは違う場所に住んでいたから家がバレる事はないと思っていた。




しかし、今日になってバレたという事は、昨日なんらかの手段で突き止めたのだろう。




(くそ……っ)






     ◆  ◆  ◆






「あら、おかえりなさい♪」


俺が家に戻ると涼しい顔の冴子がキッチンにいた。


みちるはというと、自分の部屋に篭ってドアを少しだけ開けて様子を窺っている。




「ちょうど今、出来たところよ」




「どういうつもりだ?」


まさか、ここに冴子がいるなんて……。




「言ったでしょ? 『家に押しかける』って。そうしたら一夜も『勝手にしろ』って言ったじゃない?」




「どうして、ここがわかったんだ?」




「私が人事部だったのを忘れたの? 人事部が管理している社員のデータベースを見れば一発でわかったわ。


 あの頃とパスワードが変わってなかったから簡単だった」




「……そうまでして、俺に一体、何の話があるって言うんだっ?」




「私、もう一度一夜とやり直したいの」




「ふざけるな!」




「ふざけてなんてないわ」


確かにふざけていたらこんな不法侵入まがいの事など正気で出来ないだろう。




「帰れ」




「一夜がちゃんと私の話を聞いてくれたらね」




「……こんな事までして、聞ける訳がないだろうっ?」




「でも、私は本気なのっ」




「だとしても、今は冷静には聞けない……とにかく、今夜は帰ってくれっ!」




「……わかった」




「それと、今度こんな事をしたら警察に突き出すからなっ」




「……っ」


俺がそう言うと冴子は顔を歪ませた後、静かに部屋を出て行った。




「お兄ちゃん、今の人、何っ?」


直後、みちるが自分の部屋から出て来た。




「……」




「あの人……『もう一度やり直したい』って言ってたけど……もしかして、昔付き合ってた人?」




「……あぁ」




「ねぇ、お兄ちゃん……前から訊きたかったんだけど……」




「……」




「このマンション買ったのって……今の人と……住むつもりだったから?」




「……あぁ」


俺がこの部屋を買った理由――、それは当時、冴子が俺のプロポーズを受けてくれた直後に


早まって購入したのだ。




「でも……別れた後、私が転がり込んできちゃったから……手放すに手放せなかった……とか?」




「まぁ、正直に言えばそうだが……今はそれでよかったと思ってる。


 だから、みちるが気にする事はないよ」




「……」




「それより……今日は外で食べよう」




「え……あの人が作った物は?」


冴子は味噌汁とサラダ、それにハンバーグを作っていた。




「おまえが食べられるなら食べていいけど……俺は無理」




「私だって……気持ち悪くて食べられないよ……」




「じゃあ、ポイだな」




「うん……」




「「ごめんなさい」」


俺とみちるは食べ物を粗末にする事に聊か罪悪感を感じながら、冴子が作った料理を


全て三角コーナーに捨てた――。

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