表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/43

続編-予約済み・1-

明日から五月、今夜も賢の店で千莉ちゃんとデートの真っ最中――。




「えっ!? 結婚っ?」


賢の素っ頓狂な声がカウンター席に響いた。




「とうとう、おまえも身を固める決心をしたか」




「こら、早まるな。俺と千莉ちゃんじゃなくて、経理部にいる女の子の話だから」


五月いっぱいでうちの経理部の西川さんが寿退社をする。


その事を千莉ちゃんに話していると、傍らで話を聞き齧っていた賢が早とちりをしたのだ。




「なぁんだ……おまえと千莉ちゃんじゃないのかー」


残念そうに言う賢。


俺としては彼女と結婚する気は満々なのだが……当のご本人、千莉ちゃんは


可愛らしい笑みを浮かべてクスクス笑っている。




千莉ちゃん的にはどうなんだろう――?






     ◆  ◆  ◆






翌日、五月一日――。




月初めのフロアミーティングで西川さんが今月末をもって結婚退職する事が告げられ、


後任の派遣社員の女性が紹介された。




「……っ!?」


俺はその派遣社員の女性の顔を見た途端、驚きの余り息が止まった――。




(冴子……っ)


それは、四年前まで俺と付き合っていた一つ年上の女性・水沢冴子みずさわ さえこだった。




「水沢冴子です。宜しくお願いします」


彼女は俺の顔を見ても顔色一つ変えず、にこやかな顔で挨拶をした。


とりあえず俺も平静を装う。




“水沢”は彼女の旧姓。


一人っ子の冴子は婿養子を取ったから結婚をしても苗字が変わらなかったのだ――。






フロアミーティングが終わり、俺の目の前の西川さんのデスクでさっそく引き継ぎが始まった。




「水沢さん、四年前はどこの部署だったんですか?」


デスクに並んで座ると、西川さんが冴子に訊ねた。




「人事部よ」


彼女が笑みを浮かべて答えた通り、冴子は四年前までうちの会社の人事部にいた。


俺とは所謂、社内恋愛というヤツだった。


しかし、俺と別れた直後に冴子は会社を辞めて結婚をした。




「ずっと人事部だったんですか?」




「最初、総務に三年いて、その後はずっと人事にいたの」




「じゃあ、知ってる方も大勢いるから気が楽ですね」




「ふふ、そうね。特に一夜とはね?」


冴子はそう言うと意味深な笑みを浮かべながら俺に視線を移した。




「え……前園さんと水沢さんて、親しかったんですか?」


冴子が“一夜”と呼んだ事で西川さんが不思議そうな顔をした。




「水沢さんは俺の一年先輩だからね」


とりあえずそう答えておく。




「……そうですか」


だが、西川さんは『それだけじゃないですよね?』という顔をしている。


それはそうだろう。




(つーか、冴子のヤツ……一体、何を考えているんだ?


 俺達が付き合っていた事がバレたら、自分だって居辛くなるのに……)






     ◆  ◆  ◆






――午後五時過ぎ。




誰もいない休憩室でコーヒーを飲んでいると、


「久しぶり」


後ろから冴子が近付いて来た。




「……」


振り向かなくても声でわかる。




「ね、今夜食事でも一緒にどう?」


冴子はそう言いながら俺の隣に腰を下ろした。




「……」




「二人だけで」




「無理」




「冷た~い」




「忙しいんだ」




「少しくらい、いいじゃない? それとも……彼女でもいるの?」




「あぁ……今、付き合ってる子がいる。彼女に誤解されるような事はしたくないんだ」




「だけど、真剣に付き合ってる訳じゃないんでしょ? 聞いてるわよ? あなたの噂はいろいろと。


 なのに、そんな綺麗事……」


そう言って軽く笑う冴子。




「俺は真剣だ。おまえの時よりもな」




「……」


やや顔を顰める冴子。




だが――、


「ごめんね、定時前になって資料作成なんか頼んで」


「ううん、そんなの気にしないで?」


林田と千莉ちゃんの二人が話しながら休憩室に入って来た。


それで冴子も平静を装う。




「「お疲れ様です」」


千莉ちゃんと林田が俺と冴子の姿を認めて口を開く。




「お疲れ様」


俺が千莉ちゃんに笑みを向けながら言うと、千莉ちゃんは少しだけ表情を崩した。




「……お疲れ様です」


冴子もなんでもない顔で言う。




コーヒーをとっくに飲み終えていた俺は千莉ちゃんと林田の事が気になったが、


とりあえずその場を後にした――。






冴子もその後、すぐに戻って来て引き継ぎの続きを始めた。


千莉ちゃんも休憩室の自販機でコーヒーを買った後、林田と共にすぐにデスクに戻って来た。




(林田の後頭部が邪魔なんだよなー)


林田は千莉ちゃんの真向かいの席。


だが、俺の席も千莉ちゃんとちょうど向き合う位置だ。


だから俺の席からだと目の前の西川さんとその向こうにいる林田が邪魔で彼女の顔がよく見えないのだ。


美人系の西川さんはともかく、林田は長身で体もデカイから余計にムカつくのだ。


しかも、西川さんが退社した後は冴子が俺の目の前に座る。


俺が顔を上げる度に冴子の顔と林田の後頭部……。




あぁ……休憩室に行く回数が増えそうだ――。






そして定時になり――、




「今日は初日だし、引き継ぎはここまでにして、もう帰っていいよ」


朝から引き継ぎをしていた冴子に経理部の伊藤部長が声を掛けた。




「そうですね、水沢さん、お家で旦那さんとお子さんが待ってますもんね?」


西川さんが手を止める。




しかし……、


「主人と子供の事は気にしなくていいの。義母に任せてるから」


冴子は顔を上げる事無く手を動かし続けていた。




「「……」」


伊藤部長と西川さんが顔を見合わせる。




「あ、でも……西川さんは旦那様になる方が待ってらっしゃるわね? 結婚式の準備で忙しいでしょうし」


冴子は手を止めると作り笑顔を浮かべ、デスクの上を片付け始めた。






「「お先に失礼しまーす」」


それから間もなくして冴子と西川さんが退社。




(はぁ……長い一日だった……)


これがこの先ずっと続くのか……。




そう思うとなんだか胃が痛くなってきた……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ