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知り合いのスープ専門店はツリーの場所から
歩いて5分もかからないところにある。
一緒に歩いている間も俺は高本さんと手を繋いでいた。
最初は嫌がるかな?と思っていたけど
意外にもそのまま大人しくついて来ている。
「ちぃーす。」
店の扉を開けて中に入ると
すぐに知り合いの顔が目に入った。
寺田賢、高校の時からの親友・・・いや、悪友だ。
「いらっしゃい。
お?珍しいな、おまえがここに
女の子連れてくるなんて、雨が降る。」
そいつは高本さんの姿を目にすると
ちょっと意地悪そうな顔をした。
「ばーか、雨どころか雪が降ってるよ。」
「え、マジで?」
「マジ。ところで奥のテーブル空いてる?」
「あぁ、ちょうど今、空いたトコ。」
賢はそう言うと意外そうな顔をした。
それはそうだろう。
いつもはカウンターに座る俺が
今日はカップルが座るような他の席からは
ちょっと死角になっていて隔離されている
ところに座ろうとしているんだから。
「今日の『本日のスープ』はスープカレーだよ。」
賢はいつも俺が『本日のスープ』を
オーダーするのがわかっているからか、
俺が聞く前に言った。
「てか、なんでイブなのにスープカレーなんだ?
普通はクリームシチューとかビーフシチューとか
チキンコンソメスープとかもうちょとなんかあるだろ。」
「ちっちっちっ。わかってないねぇー、おまえは。
それじゃ“普通”のスープ専門店になっちゃうだろ?
それに今日のスープカレーはチキンが入ってる
クリスマス・バージョンなんだよ。」
賢は人差し指を立て、左右に動かしながら言った。
「まぁ、いいけど。じゃあ、俺はそれで。」
「ははは、やっぱ、結局『本日のスープ』にするんじゃん。
なんならナンもつけようか?」
「なんなんだよ。クリスマスにナンて・・・。
ナンはいいや。おまえの場合、“難”を付けてきそうだからな。
ところで、高本さんは何にする?」
「あ、じゃあ私も『本日のスープ』で。」
「・・・そういえば、メシ食った?」
俺はふと気になった。
まさかと思うけど2,3時間くらいあそこに
いたみたいだから何も食べてないって事も有り得る。
すると、案の定高本さんは首を横に振った。
やっぱな。
「じゃあ、ナンも付けようか。」
その会話を聞いた賢は高本さんに
にこっと笑いながら言った。
相変わらず女にはいい顔しやがる。
「・・・おいしい。」
熱々のスープカレーをスプーンで掬い、
ふぅふぅと冷ましてから彼女は一口食べた。
そして、小さく笑いながら言った。
無表情と噂の彼女が少しだけだけど
笑っているのがとても意外だった。
ホントにあの高本さんなのか?
「そういえば、普段はメガネしてないんだね。」
彼女はいつも縁なしのメガネをかけている。
しかし、ツリーの下で声を掛けた時はもうしていなかった。
「はい、メガネは仕事の時だけなんです。」
あー、なるほど。
だから余計別人に感じるのかなぁ?
「・・・で?あんなトコで何してたの?」
スープを食べ終わった後、それとなく、
さらりと聞いたつもりだった。
「・・・。」
けど、彼女は気まずそうに黙り込んでしまった。
「あ、いや、別にたいした問題じゃないんだけどさ、
ただちょっと気になったというか・・・」
やっぱ、聞くべきじゃなかった・・・よなぁ?
俺はちょっと後悔した。
すると、彼女は思い切ったように
「・・・人を待ってたんです。」
と、口を開いた。
「え・・・じゃあ、もしかして
勝手にここに連れてきちゃまずかった?」
やば・・・。
「あ、いえ・・・私が勝手に待ってただけですから。」
高本さんは違う違うという風に手を振って苦笑いした。
「彼が来ない事、わかってて待ってたんです。」
「?」
「・・・高校生の時に付き合ってた彼がいて、
その彼が他県の大学へ進学する事になって
遠距離恋愛になっちゃったんです。
最初は連絡も取り合ってたんですけど
そのうち段々、音信不通になっていって・・・
でも、イブの日に会おうって約束してたんです。
・・・さっきのツリーの下で。」
「それで・・・その彼とは会ったの?」
なんとなく答えはわかっていた。
「いいえ・・・彼、来なかったんです。」
だろうなぁ・・・。
来てたらこんな話にならないよな。
「その後、友達から彼が二股かけてたみたいだって聞いたんです。
しかも相手の女の子、私とも仲が良かった子で、
私と彼が付き合ってたのも知ってたし、
よく一緒に遊んでたのに私、全然気がつかなくて。」
要するに彼とその相手の女の両方に裏切られたって事か。
「彼にしてみれば上手く乗り換えたつもりなんでしょうね。」
「でも、高本さんはその約束を忘れていなかった。」
「・・・はい。」
だから毎年イブの日にあそこで何時間も来るはずのない相手を待ってたのか―――。