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第9話 トールの心境



 一日の勤めが終わった後に、トール・ゼルティアス……俺は使用人用に用意された部屋で、日記を書いていた。


 机に座って、己の給料で買ったノートに今日一日の出来事を記しておく。


 この振り返りの作業は、俺の日課だった。


 過去を正確に振り返り、己の悪い所を見つめて、次はどう改善するかちゃんと考える。


 それは今よりずっと前から続いている作業だ。

 その癖がついたのは昔の事が理由にある。

 かつては……、この屋敷に勤めたばかりの頃は失敗ばかりだったので、精一杯役に立とうと必死だったからその時の影響なのだろう。


 同時に思い出すのは、自分が仕えるている屋敷の人間、彼女の事について。


 ほんの数年前までの、この屋敷の令嬢アリシャ・ウナトゥーラは、まだ今ほどではなかった。


『トール、ねぇ今日はどうする? 家庭教師の人が用事で来れないみたいだから、どうやって時間を潰しそう』

『私に聞いてどうするんですか。お嬢様に仕えるのが使用人ですよ』

『そうだけど、ずっと一緒にいるから私にとってトールは家族みたいなものだもの。だからトールがやりたい事で良いわ』

『困った事を言いますねお嬢様は……』


 明るくて、少しだけ茶目っ気があって、優しくて。

 それでいて素直で、思いやりがあり、我が儘があってもほどほどで……他人の嫌がる事などほとんどしない人間だった。


 良いか悪いかで言えば、良い方。紛れもなく善人だと評する事が出来る少女だっただろう。

 だというのに、いつからか彼女は変わってしまった。


 恩ある屋敷の娘だという事もあって、ずっと傍に居続けたからかほのかな恋心を抱いたりもしていたが、彼女が変わると同時にその熱も冷めてしまった。


 ここの所の彼女は、横暴で残酷で善人とは程遠い人間だったのだ。


 やつあたりに近い感情だが、俺は自分をこんな残酷な場所に縛り付ける「恩」の存在を恨んだほどだ。

 ここはまるで出られない牢獄の中だ。

 鉄枷をはめられた囚人と何が違うのだろうか。


 けれど、そんな思いも今日はあまり湧いてこなかった。

 今日一日だけだか彼女の様子だけは違っていた。


 熱のせいで調子が出ないだけなのかもしれないが、ほんの少しだけ以前の彼女に戻ったように感じられたのだ。


 所詮ただの気のせいに過ぎないだろう。

 だが、それでも……。


 昔の彼女に戻って欲しいと、そう思わずにはいられない自分が恨めしかった。

 希望を持つ自分の甘さが。



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