第6話 まず犯人捜しよりもしないといけない事があるかもしれません
そんな風に造花や装飾、時に本物が交ざって花咲き乱れる屋敷内部を歩いていると、使用人のトールが声をかけてきた。
「お嬢様? もう具合はよろしいのでしょうか」
「ええ、大丈夫よ。心配をかけてごめんなさい」
トールは、私の身の周りの世話を多く任されている人間で、この屋敷にいる誰よりも共にいる時間が長い。
五つ年上の男性で、短い黒髪に茶色の瞳をした、素朴な顔つきをした男性だ。
彼とは幼い頃から世話をしてもらっている付き合いだが、表面を取り繕うのが上手で、内心では何を思っているのかさっぱり分からなかった。
だが、それはゲームの主人公の話で、途中まで内容を進めていた私には分かる。
彼はまぎれもなく、私を憎んでいるのだ……と。
幼い頃から愛情をもって接していた彼は、その思いの分だけ私を憎んでいる。
ゲームのところどころにある分岐点で失敗すれば、「私を突き落とした犯人か犯人でないか」に関わらず、即バッドエンドで殺されていたのでよく分かった。
そんな彼が口を開いた。
表向きの丁寧な口調で。
「リンガス地方のフラクト茶の茶葉が届いたので、お知らせしようと思ったのですが……」
そういえば数週間前に、町で飲んだお茶が美味しかったので取り寄せるように頼んだ事を思い出した。
用事を伝え終わったトールはこちらを見て、心配そうに言葉をかけてくる。
「病み上がりなのですから、あまり部屋を出てはいけませんよ。お体に触ります。部屋にお戻りください」
その様子からは敵意は感じられないのだが、油断してはいけない事は分かっていた。
トールは忠義深く、愛情深い人間なのだが、それゆえに裏切られた時はその感情が全て憎悪に裏返ってしまうのだ。
すっかり悪人となってしまった私に愛想もつかさずにまだ使えているのは、幼い頃に両親が死んで、故郷が疫病で無くなってしまったところ、彼をウナトゥーラ家が引き取ったという恩があるから。
彼の内心をゲームで知っている身としては、身近にいる分余計に気を引き締めて接しなければならない。
「何かあれば、マクギリス様やリオナ様達にも怒られてしまいますからね」
やんわりとした口調でわたしのお父様とお母様の名前を出されて窘めてくるのだが、内心では舌打ちしたい気分なのだろう。
笑顔すら浮かべている目の前の人物が、裏でこちらを嫌っている。
最初からそんな事実を知っているというのは、辛かった。
「ねぇ、トール……」
私はつい、彼の口から自分に対する評価を聞きたくなるのだが、結局は口をつむぐ事にした。
トールから恨まれる理由は、子供の頃に私が贈った似顔絵を、贈り主である私自身が破いた事だ。
自分であげた事も忘れて、その時腹が立っていた私は、彼の大事にしていたその品物を破ってしまった。
送った本人に破かれるなんて相当ショックだっただろう。
その時ばかりは、普段は声を荒げないトールも一言だけ怒鳴っていたのでよく分かる。
きっと彼は、その時に私自身へ見切りをつけてしまったのだろう。
注意深く接していれば、彼と私との間に薄い壁の様な物がある様に思えてきた。
そんな事を考えていた私の沈黙が気にかかったのだろう。
トールは不思議そうな顔をして、こちらの様子を窺う。
「どうされましたか、お嬢様。今日は随分大人しいですね」
言外に普段は喧しくて仕方がないと言われているが、それに対して何かを言う気力はなかった。
まずは犯人捜しよりも、自分の仕出かした事のフォローをしていくのが先かもしれないと、思ったからだ。