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第36話 おかえり



「さて、昼過ぎになれば私の現婚約者殿も来る予定だが、一応確認のために聞いておこう。今日で良かったのだろうかアリシャ殿」


 念のために、とそう言ってウルベス様が訪ねてきたその内容は、避けては通れない問題だった。


「ええ、はい。大丈夫ですわ。こちらの準備は整っております。いつまでも後に回せませんもの」


 ホールを見れば分かる通り、今日は「彼」が帰って来る日であったのだが、同時に私が後回しにしていた一つのケジメもつけなければいけない日でもあった。


 本日が偶然にも婚約破棄されて仕返しされた日が重なったという事もあり、これから厳しい立場でやり直すだろう彼……この屋敷の使用人である男性トールの励みになれば、と思ったのだ


 そうでなくとも、本来彼女にも早急に謝罪しなければならないのだが、なかなか踏ん切りがつかなくて、日にちが延びてしまったのだ。


 特に彼女は今回の事件には関わりが泣く、犯人候補でなかった。

 だからその為に、後回しにしてしまっていたのだから余計気まずかった。


 だが、それも今日で終わりだ。


 私はこれからずっと、トールを勇気づけて支えて、そしてこちらの態度を彼にずっと見てもらわなければならない身なのだから、いつまでも往生際の悪い真似は出来ない。


 せっかく仕出かした事に比べて罰が軽くなっって早めにトールが帰ってこれるようになったのだから、それ以上の幸いを望んだら罰が当たるだろう。


「緊張する事は無い、今のアリシャ殿なら、トール殿ともうまくやっていけるだろう。おそらく大丈夫だ」

「ありがとうございます」


 そんな私を見かねてか、励ましの言葉をかけてくれるウルベス様に礼を言う。


 ゲームではうまくやって好感度をあげれば、彼が私の婚約者にまた戻るという展開もあったが、見る限りは良い友達以上の関係はなさそうだった。


 私は別にそれでいいと思う。

 恋愛とか考えるのは、もう少し身辺状況が整った時に、やるべき事をこなしていった後で良いだろう。


 たぶん今の状況はいわゆる「皆仲良し」のノーマルエンドに到達した状況なのだろうが、文句はなかった。

 例の通りエンディングまでいってないので、そんなエンディングがあるのかは知らないが。


 今の私は別に人の男性を取ってまで、見栄を張ろうとは思えないし、幸福になりたいとも思っていないのだから。


 手に入らない空の星を掴もうと苦しみ必要はないのだ。

 身の丈にあった、手元にある幸福を掴むだけで良い。


 きっとそれが、亡くなったお兄様の安息にも繋がるだろうから。


『アリシャ、この花の花言葉は「優しい幻想」ともう一つ、あまり有名でない「身近な場所にある幸福」という言葉がある。覚えておくと良い』


 いつか昔お兄様に教えられた、流れ星を思わせる花……プラネタリア・スコールの花言葉を思い出しながら、私はそう思った。


「お、お嬢様、予定より早いですが……」


 そんな事を考えていると、使用人達が慌てた様にこちらにやって来て、来訪者の存在を告げて来た。


 思いがけないタイミングだった。

 予定より大分早くて少し焦ってしまう。


「え、もう? どうしようまだ準備途中なのに」


 他に何かできる事は無いかと屋敷のホールを無駄にウロウロしてみるが、焼け石に水だろう。

 中途半端に飾り付けられたホールの状況が、なにもかもまだまだこれからの状況にぴったりすぎて、逆にふさわしく思えてくるから不思議だった。


 仕方がない。


「ウルベス様、わざわざ時間を作ってもらっておいて、アリオもごめんなさい」

「私は別に構わない。アリシャ殿たちが満足できるならそれが一番だろう」

「俺は大丈夫だよ。早くあいつを出迎えてやろうよお嬢」


 彼らの心遣いに頭を下げた後は、皆で玄関の前に並んで立つ。

 改めて他の場所でもない、この場所でトールを迎えられる事に感謝した。 

 彼の引き続いての雇用には、両親がかなり渋い顔をしたがどうにか頑張って説得したのだ。


「じゃあ、お願い」


 持て成す人間を外で延々と待たすわけにもいかないので、私は使用人にそう告げる。


 少しして、来訪者がホールへと訪れれば、懐かしい顔が見えて胸が温かくなった。


 彼の視線はまっすぐこちらに向けられている。


「お嬢様?」


 屋敷に帰って来た彼が、最初に目に入った人間が私でありますように。

 というそんな試みはどうやら、成功した様だ。


 私は彼のこれからが幸せな物になるように願いながら、精一杯の笑顔で出迎えた。


「お帰りなさい。トール」




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