第35話 その後の日常
遥か古代の世界、広がってしまった争いの火を消す為に、女神ユスティーナは他の神々を倒し、そして愛していた音楽の神ミュートレスすらもその手にかけた。
けれど、新しく生まれて来た反魂の女神ライフライルの力によって奇跡は起き、死した神々達は再びその身を蘇らせた。
争いあった彼らは我に返り、それぞれを許し合い、そしてもう二度とこのような事を起こすまいと固く誓い合った。
そして、ユスティーナは、自らが手にかけたミュートレスに贖罪の花を贈り赦され、彼との間にできた子供と共に幸せに暮らしながら、いつまでも地上の命達を見守っていった。
来客を出迎える為の屋敷のホール。
その場所はいつにもまして賑やかで、いつもより見目好くしようと、盛んに飾り立てられている最中だった。
「ほら、アリオ。もうちょっと急いで。間に合わないわ」
「うう、ごめんねお嬢。さっきから上手くやろうとしてるんだけど……、なんでか俺が手に持った飾り、全部破れちゃうんだよね」
「綺麗に破れているな。これはアリオ殿の運が悪いという問題ではなく、耐久性の問題ではないだろうか。造花の方も手に取ったら、崩れた。日が大分経っているようなので、壊れやすくなっているのだろう」
「困ったわね、もう少しで帰って来ちゃうのに」
私はその中で、アリオやウルベス様、他の使用人の人達に手伝ってもらい、玄関ホールを飾り付けている最中だ。
だが、なかなかうまくいかない。
その大部分はアリオの体質のせいなのだが、捨てようとした造花などの飾りを勿体ないと思って使用した事にあるらしい。
劣化してしまったそれらは脆く壊れやすくなって作業には向いていない様だった。
朽ちかけたそれは飾り立てるには鮮やかさに欠けている。
過去の事など気にせず前に進む、という証明の為に、せめて綺麗に再利用してやろうと思ったのが裏目に出たようだ。
大人しく処分する事に方がいいだろう。
「あっ、うわっ! 危ないお嬢!」
「えっ。きゃああっ」
そうやって歩き回っていると、アリオが踏み台にしていた台が壊れて、上から降って来た。
慌てて受け止めようとするものの、試みは失敗。
重いものなどあまり持った事のない貴族の女性に体力有り余る平民男性を支えられるわけもなく、一緒に倒れ込んでしまった。
それでも、こちらに衝撃が行かないように、とっさに体勢を整えたアリオはさすがだろう。
「うわっ、お嬢本当にごめん! 大丈夫?」
「いたた、大丈夫よ、一応は……」
目を開けると予想外にアリオの顔が近くにあって驚く。
身を逸らそうとしたら、床に頭をぶつけて痛い思いをしてしまった。。
「いたっ」
「え、どうしたの?」
不思議そうにこちらの様子を尋ねてくる彼が恨めしい。
だが、一応こちらを案じて来てくれているのだから、アリオが心配で覗き込んでいたせい、とはさすがに言えなかった。
そんなこちらの様子をみたウルベス様が、嘆息しながら言葉をかけてくる。
「あまり淑女の顔を不躾に眺める物ではないだろうアリオ殿。早く起き上がりたまえ」
それに、今気が付いたようにアリオが慌てて私の上から退いた。
「あ、そうだよね。お嬢って、相変わらず可愛いなーとかそんな事思ってたら、ずっと見つめちゃいそうになちゃったよ」
だが、彼は退いたにもかかわらずその場から起き上がれないのか、そんな相手の率直すぎる物言いのせいだろう。
せめてもの抵抗に意地悪く言葉をぶつけてみるのだが……。
「アリオって、言葉だけで人を落とせそうよね」
「ん、それどういう意味? お嬢」
「何でもないわ」
効いていない様だった。
言葉の意味が分からなかったアリオの無邪気さが、私には眩しすぎる。




