第34話 決着
「トール、心配かけてごめんなさい」
アリオに組み敷かれるようにして、地面に押さえつけられながらも暴れていたトールだが、私の声を聞いて身動きを止めた。
私は彼に近づいていきその頬に触れる。
土汚れがついていて、夜の冷えもあってか冷たかった。
「お嬢」
心配そうにアリオが見つめてくるが、私は彼にこのままでいさせてほしいと懇願した。
「ごめんなさいアリオ、でもお願い」
「ん、分かった」
拘束するままだが、近づく事は許してくれたらしい。
彼は、トールの行動に注意を向けながらも、私が話しやすいようにと自分の位置を変えてくれた。
私はトールの瞳を覗き込むようにして、じっと顔を見つめる。
疲れ切っている、と思った。
彼のその顔は、長い間眠っていないような、ずっと働き続けて来た人の様なそんな顔だった。
「貴方の心をこの僅かなひとときで変えられるとは思わないわ。だって貴方は私が駄目だった全部の時間を見てきて、きっとたくさんの時間を悩んでくれたんでしょう? そんな貴方の苦労を、こんな短い時間で台無しになんてできるわけはないもの」
「お、お嬢……様」
苦し気に言葉をこぼし、顔を歪めるトールの瞳からは涙が溢れてきた。
彼は意外に涙もろい所がある。
私の傍にいる時は特にそうだった。
最近はそうでもないが、子供の頃はそうだったのだ。
特に似顔絵を上げた時などは。
「だから、せめてチャンスを頂戴。そしてその時間で、ずっと私の事を見ていて。私はもう大丈夫だから。お父様もお母様も、私が励ますから。使用人達も友達も、皆も力になってくれるから。だから、もう貴方が頑張らないで良いの。背負おうとしなくても。私の為に頑張ろうとしてくれてありがとう。罪を被ろうとしてくれて、手を汚そうとしてくれてありがとう」
「お嬢様……私は……っ」
アリオに視線を向けると彼は分かってくれたようだ。
拘束していたトールの体を解放した。
私はその場に膝をついたトールの頭を抱えて抱きしめる。
「優しい幻想をくれてありがとう」
「っ!」
「今度は私が貴方を助ける番だから」
「ごめんなさい、お嬢様……」
彼とはしばらく会えなくなるだろう。
協力者がいる。
関わった人間が多すぎた。
この事件を完全に誤魔化すなんて事は、きっとできない。
罪を明らかにすればトールはきっと、何らかの贖罪の為に時間を費やなくてはならなくなる。
けれど、それでも良いのだ。
まだ。
だって、決定的な過ちは起きていない。
誰も死ななかった。
私達はここに生きているのだから。
どんなに辛くても、生きていればまた歩き出せる可能性が残っているはずだ。
私の様に現実から逃げても、トールの様に歩くべき道を間違えていても、死ななかったから、最悪の事態にだけはならなかったから。
だから、明日の事を考えることができるのだ。
私達は過ちに気づき、さらなる災いを防ぐ事ができる。
きっと気付けたなら、やり直す事が出来るだろう。




