第33話 後悔を残さないために
トールはアリオに抑えられていてもなお諦めていない様だった。
彼は本気だった。
本気で私の為に私を殺そうとしている。
「トール……」
その事に私は複雑な心境になる。
足りなかった。
似顔絵を描いて渡したくらいでは、彼の心を変える事はできなかったのだ。
目の前のやり取りに心を痛めているとウルベス様が話しかけて来た。
「沈んでいる場合ではない。君がやるべき事はまだ残っているだろう。元婚約者殿、君はどうしたい」
「え?」
「このまま気絶させて然るべきところに届けても良いが、あれは君の使用人だろう。君の意思を尊重しよう」
「ウルベス様……」
辛く言いつつもその言葉は励ましてもいる様だった。
問答無用でトールの意識を落として、何もかもを進めてしまっても良いはずなのに、彼等は私の思いを組んでくれているようだった。
その事に、度重なるショックな事実を目の当たりにして冷えていた己の心が、少しだけ温かくなった。
私は大きく息を吸って考える。
探していた犯人は分かった。
けれど、それでハッピーエンドとはならない。
私もしたくはない。
ゲームでは、一体どんな風にしてこの場を治めたというのだろう。
想像もつかなかった。
けれど、私はトールを失いたくなかった。
アリオにもウルベス様にも、最悪の事態になった時に手を汚してほしくない。
これからも、彼等には日常を生きていて欲しいのだ。
なら、どうすれば良いだろうか。
何が最善だろうか。
ヒントを与える様に、ウルベス様がゆっくりとこちらに言葉を述べて来た。
「私の今の婚約者殿が言っていた。どのような判断を下そうとも、後悔だけはしないようにしたいと、君もそうすると良い」
「彼女が、ですか?」
「ああ」
それあ、私を表舞台から蹴落とし、こちらがやった分を盛大にやり返した人物で、乙女ゲームの主人公らしい逞しく優しい女性の言葉だった。
記憶の中でも何度か聞いた事がある。
彼女はどんな困難や難題があっても諦めなかった。
以前の私はそれが眩しくて、彼女が嫌いなところもあったのだ。
「機会があるにもかかわらず、やれる事でもしないのは惜しい……ともよく言ってましたわよね」
「ああ、そうだ。会えなくなってからでは、どんな努力も意味をなさなくなってしまう」
墓守として様々な魂を見送って来ただろうウルベス様は、自分の経験からもそう考えているのだろう。
他の誰が言うよりもその言葉は重かった。
そうだった。難しい事を考えている場合ではない。
言いたい事をできるだけ伝えるのだ。
したい事も、できるだけすればいい。
あってるかどうか考えるよりも前に、尽くせるだけの手を尽くす時間が無くなってしまったら意味がないのだ。
私は決意して、トールへと近づいていく。




