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第32話 心の支えが凶器になってしまったようです



 次いでトールが口にしたのはプラネタリア・スコールについて。


「屋敷の花飾りが増えていったのは、お嬢様もご存知ですよね。最近はそれが特にひどくなっていると……。あれには精神を安定させる作用があるんですよ。さすがにあそこまで増やすのは異常ですけれど、思えばマクギリス様達も少しおかしくなられていたのかもしれません。イシュタル様の事も目に入れてもいたくないという程に愛しておられましたから」


 彼の話を聞いて、この一か月近く前にトールの事でお母様に相談した時の事を思い出した。


 あの時私の両親は、こちらの事をどんな風に見ていたのだろうか。


 変わったと喜んでくれたのか、それとも現実を見なければならない時が近づいたのだと嘆いたのか。


 対面しているトールの姿を見つめる。

 相変わらずこちらと視線を合わせようとはしてくれないが、向き合おうと思ったからここまで来て話をしてくれているのだろう。

 それとも、まだ私を殺そうと思っているのだろうか。


 彼は唐突に呟いた。


「汝、常に愛を持って隣人に答えよ」


 それはイオニス教のもっとも有名な教え。

 彼は他にもいくつかの教えを並べて見せた。


 私には分かった。

 それが、トールの読んだ本の内容の順番通りだという事が。

 彼の読む本に興味を覚えて、目を通したからだ。


 トールが使用人頭から借りたというその本を、彼はきっと何度も読み返したのだろう。

 辛く変わってしまった現実でやっていく為の力を得るために。

 それが分かる程、目の前で彼が本の内容をそらんじる声に迷いはなかった。


 家族と故郷を失った彼がこの屋敷でちゃんと働いて行けるようになったのは、もしかしたらウナトゥーラ家への恩とそして、その教えがあったからなのかもしれない。


 言葉を止めた、彼は素早く動いて私の首に手をかけてきた。


「いつまた昔の貴方に戻るか分からない、だからせめてイシュタル様と同じ場所で安らかに……」

「うっ、トー……ル」


 強い力で首を絞められる。

 息が出来ない。


「お嬢に何やってるんだよ、トール!」


 だが、すぐに苦しみからは解放された。

 アリオがトールの腕を掴んで引きはがしてくれたからだ。

 そして、倒れかけた私を駆け寄ったウルベス様が支えてくれた。


「アリオ、邪魔をするな! お前だってあんなお嬢様を見るのは嫌だろう!」

「そうだよ! でもだからって殺すのはやり過ぎだよ」

「お前は人殺しの罪をかぶされたというのにか!」

「っ、それでも、お嬢は謝ってくれた! 前のお嬢はヤな感じだったけど、今のお嬢には絶対に死んでほしくないんだ!」

「このっ!」


 もみあう二人の意見は平行線だ。

 アリオの方が力が強いのに圧倒できていないのは、トールの思いがそれだけ強く火事場の馬鹿力が発揮されているからなのか。

 それとも知り合いであるトールを傷つける事にアリオが躊躇っているからか。

 どちらもあるかもしれない。


「ふむ、トール殿は元婚約者殿の心変わりが何よりも恐ろしいのだな、だから、犯行の理由がなくなっても、命を狙ったと」


 そんな二人に対してウルベス様は冷静だ。

 この中では一番、私達と関係が薄く、知り合ってからの時間が短いからだろう。




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