第31話 犯人が現場にやってきました
夢を見ているのではないのだと何度もこの現実を確かめながら、私は崖を上り続けた。
急な斜面になっているほうではなく、ゆるやかになっている迂回の道から、ゆっくりと時間をかけて。
そうして途中で躓きそうになってアリオやウルベス様に支えてもらいながら、崖の上まで登って来ると、こちらの行動が分かっていたかのようにトールが立っていた。
「トール?」
「気づいてしまわれたんですね」
トールの様子がおかしかった。
彼はこちらと目を合わせようとはしなかった
俯いたまま。
彼はそのままの体勢で、私と言葉を交わし続ける。
「貴方はお兄様がお亡くなられて以来おかしくなられてしまった。無理もないです。仕方のない事でした。貴方はイシュタル様にとても懐いておられていたのですから。だから見ていて辛かった、変わられた貴方を憎むよりも哀れに思えて……」
「やっぱり、わたしを突き落としたのはトールなの?」
憎しみではなく愛情故に、親しい人の不幸な姿を見ていられなくなって。
そういう事なのだろうか。
「はい、「故人の墓を暴いた」という証拠を掴んだ第三者を装って、貴方を突き落としたのはこの私です」
彼は頷いてそう肯定した。
呼び出した人間は第三者ではなく身内だった。だから、それは幸いにも元から私でも分かっていた事だ。
犯人は攻略対象三人の中にいるのだと決まっていたから。
そのトールは、愛情ゆえに私を殺そうとした。
やはり、犯行の動機となりえるのは何も憎しみや敵意だけではない。
愛情だってそのまま、悲劇の引き金に十分なりえるのだ。
「貴方のアリバイは嘘なのね……」
使用人と共に部屋にいたはずだがそれは真っ赤な嘘。
彼は口裏を合わせたのだ。
「ええ、おそらくお嬢様が今考えられた通りでしょう。新人の使用人に犯行時のアリバイ作りに協力してもらいました。名のある屋敷でやっていくのには、上下関係が大事ですからね。強気で言えば逆らえませんよ」
やはり、犯人は全部一人で犯行を成し遂げたわけではなかった。
協力者がいた場合。
私は当初、一人で全てをやったと思い込んでいたから、分からなかったのだ。
考えてみれば、攻略対象者が絶対に屋敷内部にいないタイミングで花瓶が落ちてくるなどした時に、おかしいと思うべきだった。
ワイヤーなどで仕掛けるにしても距離があり過ぎる。
誰かに助けてもらわなければ成しえなかったのだ。
まさに盲点。
ヒントがなければ私には分からなかっただろう。
こういうのは苦手だ。
私に細かい事を考えさせるのはやはり向いていない。
そんな私に構うことなくトールは、「そういえば」と別の話題に映っていく。




